「やっぱりキッチンは狭いのね」

「そうですね。ワンルームだとどこも似たり寄ったりでしょうか」


 敷島が恐縮するとマダムはそれを見て肩をすくめた。


「いえまあ、ウチの息子が料理に目覚めるとは思えないから十分なんだけど」


 二人が顔は見合わせて軽く笑い合う。


 

 謹慎二日目、俺は支店を見張っていた。

 どうしても許せなかった。

 目をかけて育ててやろうとしただけなのに、それを告発という仇で返した彼女へ反駁と不服をぶちまけてやりたかった。


 いいか、他のスタッフ以上にノルマを課したのはお前に早く仕事を覚えてもらうためだ。仕事を教えるときにたまに肩や背中に触れたりしたことは認めるが、わざとじゃない。指導に熱が入りすぎて無意識にそうなってしまっただけだ。

 残業の後で食事に誘ったりしたのも別に他意はなかった。

 上司が部下に奢ってやるのは当然のことで、そういうコミュニケーションもたまには必要だろう。

 もちろんその後でホテルに誘ったのはさすがに良くなかった。

 それについては少しばかり度が過ぎたかもしれないと反省している。

 流れでつい言ってしまったんだ。

 けれどすぐに謝ったし、しつこく迫ったわけでもなかった。

 そこにどれほどの瑕疵があったというんだ。

 こんな風に密告される覚えなど微塵もない。


 その真っ当な見解を敷島に直に伝えるため俺は斜向かいのコインパーキングにレンタカーを停めて支店の出入り口を見張っていた。

 昼過ぎになってようやく彼女が出てきた。

 独りであるところを見ると目的は物件の下見かもしれない。

 俺は急いで駐車料金を払い、ゆっくりと車を発進させた。

 思った通り、敷島はすぐ近くの駐車スペースに置かれたワンボックスの社用車に乗り込み発車させると小刻みに街路を曲がって幹線道路に入り、その道を北に向かった。

 追跡を悟られないように俺は慎重に距離を取って尾行した。

 意外と離れたところにある物件なのか、それなりに長い時間が掛かったと思う。

 何度か赤信号で止まり、二回ほど右折を繰り返した後、やがて社用車は住宅街の狭い道に入り込んだ。しかし距離を取ることに気を取られ過ぎたのか、しばらくして現れた三叉路で彼女の車を見失ってしまった。

 俺はほぞを噛み、ひとり悔しさに奇声を上げながらその辺りをグルグルと徘徊した。そして諦めて引き返そうとしたそのとき、ふと目線を向けた古い木造アパートのそばの路肩に停車した社用車を発見したのだった。

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