第3話 ダンジョンへ

 台座の上でぼんやり青く光る、人の頭ほどのクリスタルが転移石と教えられた。

 三階から四階に降りる階段の前に居座るエリアボスを倒すと、キーストーンと呼ばれるアイテムをドロップする。

 それを用いると直接、次の階層に転移できるらしい。


「あたしらも、まだ持ってないからね。確かなことは言えないよ」


 自嘲するルナも、その部屋を抜けると顔を引き締めた。

 先導するネリーの持つ松明が、頼りなく闇の中に石壁を浮かび上がらせる。その先は、光さえ吸い込むような、闇だ。

 ルナが持つランタンにも、火が入れられる。


「気を抜くなと言いたいが、お前さんはさっきから緊張しっぱなしだな」


 ケネスの笑い声さえ、控えめに感じられた。

 彼らの主な探索場所は、地下三階であると聞いている。それでも、地下一階を舐めてかかれるほどには、余裕を持てないのだろう。

 目配りも、真剣そのものだ。


「来たよ。……コウモリ共だ」


 角を曲がった途端、低く叫んだネリーが、バックステップで場所を替わる。

 前衛たちが盾を掲げるようにして、迎え撃った。

 大きな羽音と、キイキイ騒ぐ声。を見たトワは思わず後ずさってしまった。


(こんなの、コウモリじゃないよ……)


 トワの知るコウモリは、小鳥のような大きさだ。

 夕闇の空を飛び回る姿は不気味だけれど、そんなモノなら怯えはしない。だが、目の前で戦士たちに襲いかかっているのは、小型犬くらいのサイズであり、それに似合う羽根をバタつかせて襲いかかって来るのだ。

 戦士たちは鉄の盾で押し返し、剣を叩きつける。コウモリの血が飛び散るのが、揺らぐ炎の灯りの中でも見て取れた。


「トワ、余計なことをせずに見ていな。あの程度じゃあ、生き死ににはならないからね」

「で、でも……」

「気持ちはわかるけど……限りある魔法だろう? 必要な時に使えば、初心者でも役に立てるんだよ」


 ルナ自身も、戦況を見るに留めている。

 何もしないのは落ち着かないが、指示には従うべきだ。ネリーも矢を番えていながら、弓を引く気配がない。


「無駄に出て来やがって!」


 ジェラールの剣が口の中に突き込まれ、最後のコウモリが地に落ちた。

 合計三匹。ネリーがナイフで器用に牙と羽根を切り取る。これは素材として売れる。

 安いとはいえ、貴重な戦利品だ。ルナが戦利品用の革袋に放り込んで、背負う。


「トワ、あんたは初めての戦利品だろう? 記念に牙をやるよ」

「い、いえ……何もしてなかったから」

「馬鹿言わないの。その細腕の神官が戦闘に参加する時点で、ダメダメだよ。癒し手ヒーラーは求められるものが違うんだからさ」


 押し付けられた牙は、まだ血がついたままで、恐ろしげに見える。

 マジマジと牙を見つめるトワを、懐かしそうにみんなが笑った。


「そんな牙が、珍しかった頃を思い出すね……」

「今じゃあ、すっかりスレちまって」

「お互い様だろうが!」


 ルナに背を押されて、牙をポケットに仕舞って歩き出す。

 まだ、探索は始まったばかりだ。

 アベルたちにとって、一階は面白味が無いのだろう。最短ルートを選び、他に寄り道はしない。


「駆け出し連中にも、お宝を残してやらないと……」

「こんな浅い所で消耗しても、割に合わないからだろう? 格好つけるんじゃないよ」


 遭遇してしまった、運の悪い敵だけを屠る。

 犬の顔をした下級妖魔のコボルドなど、問題にしない。

 アベルたちの強さに、舌を巻いてしまう。


「あたしらなんて、まだひよっこだよ。本当に強い連中は、転移石を使って、もっと下の階層へ行ってるさ」


 想像もつかない。

 アベルたちに混ぜて貰ってるとはいえ、トワはまだ、何もしていないというのに!

 を素通りしかけたネリーに、ルナが声をかけて足を止めさせた。


「待ちなって、ネリー。そこを素通りしちゃあダメだろう?」

「……もう、寄るの?」

「まさか……でも、この娘に教えておかなきゃね」

「知らずに、そこらでされても困るか……」

「ネリー、男ども……特にジェラールを見張ってて」


 ネリーが片手を上げて、応える。

 何だか解らないまま、ルナに促されて道を外れた。


「他の人から、離れちゃって良いんですか?」

「なぜか……ここは大丈夫なのよ」


 細い道を右に左にと三度ほど曲がると、小さな部屋に出た。

 何というか……ここ、臭くない?


「で、あんたは『ウォーターボトル』や懐紙は持ってるの?」

「……何ですか、それ?」

「やっぱり……最初に確認して正解だわ」


 ルナが呆れて、天を仰ぐ。

 そして、背負い袋から取り出して、見せてくれた。二の腕ほどの大きさの、陶器っぽい材質の円筒が『ウォーターボトル』だろうか?


「こいつはマジックアイテムだけど、どこでも売ってる安いものさ。この懐紙もそう、これは水に溶けるんだ。……ダンジョンの中に、何箇所かこういう場所があるから……ここはトイレだと言えば解るかい?」

「あっ……」


 便器は無いが、代わりに小部屋の奥の壁際の床に、肩幅ほどの浅い溝がある。

 ……あれを跨いでのか。

 ルナが跨いでローブを手繰り、スルッと下穿きの紐を解く。

 私も慌てて真似をするけど、ドロワースを下ろすのに、ちょっと苦労した。


未通女おぼこなら、恥じらいが有るのは解るけど、下着は紐のにしておきな。さっと脱いで、さっと履けないと、いざという時に困るよ」


 さすがに気不味くて、背中合わせにしゃがんだ。すぐに、後ろから水の跳ねる音が聞こえて、私も何とか……出た。

 渡された懐紙で拭い、モゾモゾとドロワーズを履く。懐紙は溝に捨てて良いそうな。


「で……済んだら、これを使う」


 しゃがんで溝のキレイな部分に『ウォーターボトル』を斜めに立て、小さく呟く。

 急な奔流が、排泄跡を洗い流した。懐紙も一瞬で溶け、水は壁に消えてゆく。


「どこに流れるのか知らないが、便利に出来てるよ……このダンジョンは」

「こんな風に処理するんですね……」

「あとは、生理の軽い時用の『無限吸収綿布』ってのも有ると、便利だよ。下着との間に挟んでおけば、一日保つから」

「無限なのに、一日なんですか?」

「馬鹿……女なら解るだろう? 漏れるのは、血だけじゃないって」


 なるほどと、納得した。

 最初は、武器防具屋の隣のお婆さんがやっている道具屋で、『女の子セット』と言えば、三点セットで売ってくれると教えてもらった。

 値段も、お小遣い程度だ。……無いと困るものだし。

 男性陣は、綿布が必要ない分、ちょっとお得で羨ましい。

 生理が重い時は? と訊いてみたら、休め! と、尤もな事を言われた。

 トイレの場所は、臭いで探せとも教えてもらえる。

 ちょっと抵抗が有るけど、紐の下穿きも用意した方が良さそう。

 仕方ないとはいえ、お金がかかる。

 今日の探索で稼げないと、辛くなりそうだよ。


「そんな顔をするなって。……そのくらいの初期投資はできるくらいに、今日は稼がせてやるからさ」


 ルナの言葉が頼もしい。

 それを信じて、仲間と合流する。興味津々の目つきのジェラールに


「なかなか、可愛い尻をしていたよ」


 なんて意地悪なことを言って、私を慌てさせるし……。


 慎重に進むと、しっかりした作りの扉が見えて来た。。

 鍵は無いはずと言いながら、一応、ネリーが調べる。オーケー、鍵も罠も無い。

 前衛が前に立ち、扉を蹴り開けて踊り込む。

 宝箱を開けようとしていたのか、まとわりついいていた妖魔が三匹。醜悪な顔で振り向いた。

 子供くらいの背丈で、青味がかった肌。尖った耳、鷲鼻。皮の腰巻きを身に着け、手には錆びた剣と、木製の粗末な円盾を握っている。


「ゴブリン相手でも、気を抜くなよ! これでもフロアボスだ!」

「解ってるって、アベル。一人一匹……抑えておきなよ」


 このパーティーの司令塔は、ルナなのだろう。

 その声を合図に、隊列が替わる。


「ネリーとあたしは、ケネスを援護する。あんたもスリングを持ってるなら、適当に石をぶつけてやりな」


 神官兼任な分、守りの薄いケネスを援護すべく、ネリーの矢と、ルナの投石が翔ぶ。

 ネリーの矢に右目を貫かれ、怯んだゴブリンの頭をケネスのメイスが殴りつけた。

 私もスリングで石を投げてみたのだけど、石はあらぬ方向に飛んで壁にぶつかって転がった。


「あんたね……ただ持ってるだけじゃなくて、しっかり練習しときな。どこに飛んでいくか解らないんじゃあ、危なくてしょうがない。今日は、大人しく見学してなよ!」


 叱られてしまった……。本当に役立たずだ、私。

 生きて戻れたら、やるべき事がどんどん増えていく。

 それが出来ないと、誰も私に命を預けてくれないいだろうから、やるしかないんだ。


「今日は回復に専念してくれれば充分さ。ルナ姐さんの言う事をよく訊いて、余計なことをしなけりゃあ、役に立つ場面もあるさ」


 ゴブリンの喉笛を貫いて、ジェラールが笑う。

 青い返り血が、端正な頬に飛び散るのを拭いもせず、苦悶するゴブリンを蹴倒した。

 アベルも負けじと、ゴブリンの脳天に剣を叩きつけて頭蓋を割る。噴水のように吹き出す青い血と脳漿が壁に飛び散って、凄惨な染みとなった。。

 ケネスとは一進一退だったゴブリンも、三対一ではどうしようもない。仲間の後を追うように、血の海に沈められる。


「トワ、ケネスを癒やしてやりな。治癒魔法は自分にかけると、効率が悪いんだろう?」

「あ、はい……」


 トワが祈ると、ケネスの身体を豊穣神様の色、実りの黄金色の光がぼんやり包み、身体に負ったいくつかの傷を癒やしてくれる。

 さすが、豊穣神様の御力。


「ふむ……信心深い娘らしいな。回復の力が強い」

「へえ……取り柄は有るんだ」


 ルナは酷いことを言いながらも、私の頭を撫でてくれた。

 初めて、仲間のお役に立てて、ちょっと嬉しかったりする。

 その間にも、ネリーは宝箱にの鍵穴を覗き、慎重にピックを操っていた。

 やがて、罠は解除されて、宝箱が開かれる。

 ゴミに混じって、価値の有りそうな物は大粒のサファイアが三つと、両手剣が一振り。

 まずまずといった所らしい。


「この宝箱も、ボスも、私たちが行っちまうと、すぐに復活するんだよ」

「どうしてそんな……」

「あたしらみたいな、欲の深い人間を奥に引き込む為だろう。より良いものを求めて先に進めば、いつかはダンジョンの塵になるからね」


 自嘲気味の乾いた笑いが、ボスのいなくなった部屋に響いた。

 宝箱の先にある扉を開く。

 そこには、地下二階へ降りる石段があった。


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姉妹編として、書いております連作短編集

『ドルチェ商会へようこそ!~魔導機の修理、販売承ります~』

https://kakuyomu.jp/works/16818023214157863954

の方も、よろしくお願いします(^_^;)

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