第4話 羨望と痛み

 湿気たカビ臭い風が、どこからか流れてくる。

 地下二階の風景も、上の階と大差はない。


「いつも通り、この階も最短で抜けて良さそうだね」

「新米のお嬢ちゃんが、罠を踏み抜いたり、バックアタックを食らったりしない限りは……な」

「聞き分けの良い子だし、あたしが指示を間違えなきゃ、何とかなりそうだよ」


 いつもの狩り場は、地下三階だと聞く。

 三階を彷徨うろつけるが、まだ階層ボスに挑める程ではないとの自己評価。

 今は鍛錬しつつ、資金稼ぎという所らしい。


「この娘が三階まで降りられるのは、当分先だろう? 初期は金がかかるし、良い娘だから、少し余計に稼がせてやるのも悪くないでしょ?」

「俺たちも、その方が稼ぎになるしな」


 方針が決まれば、またネリーが先に立つ。

 この所は落ち着いているけれど、年に数度は勝手にダンジョンの構成が変わってしまうらしい。

 宝箱や、モンスターなども自動復活する『生きた』ダンジョンだけに、突然罠が出来ないとも限らない。

 斥候は気を張り詰めて、皆を先導することになる。

 そのネリーが、悲鳴を上げて飛び退いた。


「ヒッ! ルナ、焼いちゃって!」

「またなの、ネリー……」


 やれやれと言わんばかりに、ルナが詠唱に入る。

 戦士たちの盾の後ろに隠れるようにして、ネリーは顔を背けてる。

 何だろう? と背伸びして見た私も、全身が総毛立った。

 ゴキブリの大群! それも私の円盾よりも大きなのが七匹くらい、カサカサと……。


「女は大概ローチが苦手だけど、ネリーは酷すぎるぞ」

「アレに伸し掛かられて、体中這いずられてから言って! ……思い出すのも嫌っ!」


 珍しく饒舌に言って、身を震わせる。

 そんなのは、私も嫌だ……。


「【熱波ヒート・ウェーブ】!」


 カッと顔が熱くなる。

 戦士たちの構える盾の前から生じた高熱の波が通り過ぎ、壁や床を這い回る不快な黒い昆虫を一気に焼き払った。


「全く、こんな雑魚相手には、勿体ない魔法なんだけど……」

「悪いと思うけど……誰にだって苦手は有るだろう?」


 半泣きでネリーが抗弁するけど、意見を求められたら私も同意する。

 触るのすら、嫌みたい。全く食欲は唆らないけど、香ばしい匂いのする中、ケネスが仕方なく素材を回収した。

 何に使うんだろう? 防具とかに使うなら、そんなのは装備したく無いなぁ……。

 男性陣が残骸を蹴散らし、道を作ってから、おっかなびっくりネリーがやっと前に出た。


 少し進むと、前方から灯りが近づいて来る。

 身構えたけど、同業者らしい。

 両手や、背負い袋いっぱいに荷物を抱えている。


「どうした、スコット? 凄えお宝じゃないか……どこで見つけた?」

「悪いな……両手が塞がってるから、通してくれ……」


 スコットと呼ばれた男を先頭とした六人組は、答えることもなく擦れ違って行く。よほど荷物が重いのか、疲れたような足取りだ。


「ありゃあ、魔導機じゃないか? あれ全部がそうなら、とんでもないお宝だぜ」

「ちっこいのを一つ見つけるだけで、金貨千枚は下らないっていう話だからなぁ……」

「羨ましい話だよ、全く」


 彼らが去った闇を見つめながら、ヒソヒソと話し合う。

 私は、ルナさんに訊いてみた。


「あの……魔動機って何ですか?」

「何って訊かれても困るんだけど……マジックアイテムの一種だよ。ちょっとした道具のようなものらしいけど、お貴族様たちが高値で買い取るものだから、ダンジョン産の物の中でも、一番のお宝さ。……あたしたちには、その程度の知識で充分だ」

「そんな凄いお宝を六人が両手いっぱい……」


 考えただけでも、腰が抜けそうになる。

 あれだけ全部が、そんなに凄いお宝だとしたら……お城が買えそうだよ!

 でも、アベルは訝しんでる。


「あいつらも、俺たちと大して変わらない実力のはず……。そんな階層で、あんなお宝が出るかよ?」

「不思議は不思議だけど……俺達は俺達で稼ごう。奴らの顛末は、稼いで帰ってから確かめればいいって。どっちに転んでも、今日は噂の主役だろうから」

「違いない。……俺たちも、お宝を手にできるかも知れないって事だよな?」


 他人のお宝を羨んでる場合じゃないと、みんなが先に目を向ける。

 ちなみに……魔導機は動いてこそで、壊れていたらただのゴミ。と、ルナが耳打ちしてくれた。

 とってもシビア。


「あんた、守りの魔法は使えるの?」


 ルナがそう訊いてきたのは、フロアボスの扉の手前だ。

 ここに辿り着くまでに私は一度、ケネスは三度回復魔法を使った。ルナの攻撃魔法は、まだゴキブリたちを焼いた一度だけ。

 二度三度と出会でくわさなかったのは、ネリーにとっても、私たちのとっても幸いだろう。


「【聖壁ホーリー・シールド】を二回くらい。そうすると、回復はあと二度になっちゃいますけど……」

「となると、まだここでは使わせたくないわね……。ネリーには、弓でグレムリンの集中を切らせてもらうか」

「早めに落として、ネリーも前に回してもらえないとキツイぜ。長くは保たない」

「解ってるよ、ケネス。でも今日は、いつもより後衛を守らなきゃいけないだろう? あたしも出し惜しみせずにいかないと」


 ルナの言葉にドキリとする。

 今回は、後衛も安心していられないということか。


「ああ、グレムリンは魔法を使ってくるからね」


 そう説明しながら、ボス部屋に飛び込んでいく。

 もう見慣れたゴブリンが四つと、宝箱に腰掛けた小柄なコウモリのような毛むくじゃらの妖魔が、その羽根を忙しなく動かして飛び上がる。

 牙を剥き出しにしたゴブリンの嘲笑に、アベルたちが剣を叩き込んでいく。


「ネリー、トワ! あたしの後ろへ!」


 飛び回る妖魔……グレムリンの生み出した、火球が放たれる。だが、それはルナの【魔法障壁マジック・シールド】に阻まれて、火の粉を撒き散らしただけだ。

 次の魔法に集中するゴブリンの左腿に、ネリーの矢が刺さる。集まりかけた淡く赤黒い魔力の光が、その痛みに霧散した。

 逆に、ルナの杖に収束されたほのかな緑色の光は、一迅の疾風となる。風の有無かまいたちを避けきれず、グレムリンの左脚が切り飛ばされた。

 吊り上がった赤い目を剥いて、妖魔が吠える。


「ネリー、済まねえ!」


 尻餅をついたケネスが、怒鳴るように詫びた。

 ケネスを突破したゴブリンが、錆びた剣を振り上げて、ルナに襲いかかろうとしている。慌てて、ネリーが弓を捨てて、短剣で切り結んだ。


「肝心な所で、ドジなんだから!」


 危機を凌げた……。その筈が、目線を外した隙にグレムリンは、真っすぐにルナに飛びかかろうとしていた!

【魔法障壁】では、魔法は防げても、物理攻撃は防げない。

 ルナの舌打ちが聞こえた時、身体が勝手に動いていた。

 左手の小さな円盾をかざして、グレムリンとルナの間に飛び込む! とたんに、右腕に激痛が走った。


「ひぃっ……!」


 盾を躱したグレムリンの爪が切り裂いた痕から、真っ赤な血が吹き出した。

 右手が熱く、重くなる。色褪せて黄土色になったローブが、私の血で汚れてゆく。左手で傷口を押さえても、血が止まってくれない……。


「……よくもやってくれたね。【火花スパーク】!」


 使い慣れているのか、ルナは単語のみの詠唱で火花を生み出し、グレムリンの醜い顔にぶち当てた。


「ギャウ!」


 バランスを崩し、カビた石壁に激突したグレムリンに、再び【疾風斬ウィンド・カッター】の魔法が飛ぶ。避けようもなく、真空のつむじ風に囚えられたグレムリンは、ズタズタに切り裂かれて、地に墜ちた。


「済まねえ、ネリー……」

「それより、先にトワだろ!」

「お、おう……」


 眼の前が……ううん? 私が黄金色の光に包まれている。

 痛みと、傷を受けた事への恐怖が消えてゆく。暖かな光が、傷ついた右腕に集まり、おsの輝きが消えた時には、もう傷口はどこにもなかった。

 ローブに染み付いた赤黒い血の跡だけが、私の受けた傷の名残だ。


「この野郎どもめ! せっかくの生娘を傷物にしやがって!」


 受けに専念しているネリーに挑発されたゴブリンの頭を、復帰したケネスが後ろから殴りつける。

 お願いだから、人聞きの悪い事は言わないで欲しい。特にゴブリンは、そういう評判のある妖魔なのだから……。


「……最初から苦痛ばかりじゃ、嫌悪感を持たれて逆効果だろう。痛いのはしょうがないにしても、前戯や後戯でフォローしてやらないと次の時が面倒だぞ、下手くそ共」


 ゴブリンを蹴倒して、ジェラールが侮蔑する。

 もう、何の話をしてるのよ!

 二匹のゴブリンを相手にしていたアベルが、まず一匹の首を斬り飛ばし、返す刀でもう一匹の腹を割く。

 溢れ出る腸を腹の中に戻そうとした、ゴブリンの泣き顔を真っ二つに叩き割った。

 ネリーの短剣が一匹の喉を掻き切り、ジェラールも倒れたゴブリンの心臓を一突きして、戦いを終わらせる。


「トワ、大丈夫かい? ……助かったけど、ど素人が余り無茶するんじゃないよ!」

「もう回復してもらったから、大丈夫です。ローブは……捨てなきゃダメそうですけど」


 袖と裾が血に汚れて、見た目はちょっと酷い感じになってしまった。

 盾に傷が付いていないのが、ヘッポコ過ぎる。

 そして、私の目を覗き込むようにして、確認する。


「……ここで帰るかい? それとも先に進める?」

「まだ、回復魔法を二度しか使っていません。お邪魔でないなら、使い切るまで頑張りますよ」

「……馬鹿。帰りの分を残して、頑張るものだよ」


 コツンと、軽く頭を小突かれる。

 素直に、「はい」と答えられた。

 宝箱からは、いくつかの宝石とサーベルが出た。


「このサーベルは、僕が使っちゃって良いかな?」


 ジェラールの戦い方を見て、それに反対する者はいない。刺突を得意とする彼には、何よりの得物だろう。

 皆の様子を見て、アベルが呟いた。


「下のフロアには降りるが、今日は余り奥まで行かない方が良さそうだな……」


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姉妹編として、書いております連作短編集

『ドルチェ商会へようこそ!~魔導機の修理、販売承ります~』

https://kakuyomu.jp/works/16818023214157863954

の方も、よろしくお願いします(^_^;)

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