第2話 初めてのパーティー
神殿暮らしの良い所は、寝床と食事には困らないこと。
ただ寝られて、空腹を免れれば良いという諦めは必要だけれど……。
一人、朝の礼拝を済ませたトワは、明るくなりかけた空を背に、ダンジョンへ向かう。
(良いグループに恵まれますように……)
緊張で、心臓が飛び出しそうだ。
そもそも新米神官の自分を、誘ってくれる人達がいるのか、疑問だよ。
豊穣神様から賜った魔法は『
出たとこ任せの、正真正銘のデビュー戦なのだから。
「生きて帰れるかも解らないし……」
呟いて、紫とオレンジのグラデーションの空を見る。
これが空の見納めになるかも知れない。
深く息を吸い込んで、ダンジョンのサロンのドアを潜った。
そんな新米の姿を見る間も無いほど、もう酒場はごった返していた。
小走りに酒場の仲間に加わろうとするが、流儀が解らない。
まごまごしていると、扇情的なドレスの女性が声をかけてくれた。
「新人さん? 神官の女の子なんて、珍しいわね?」
「あの……メンバー募集のやり方とか、加わり方とか……どうすれば?」
「しばらく見ていなさいな。 まず決まっていくのは、二階層以上に潜れる連中よ。一階層……それも一階で探索するようなのが決まるのは、もっと後だから」
周りからアンナと呼ばれている女性が、教えてくれる。
ダンジョンは、三フロアで一階層。それぞれにフロアボスと、エリアボスがいる。倒さないと、先には進めないらしい。
新人にはサービスと、皮の水袋に飲み水代わりの薄めたワインを満たしてくれた。
笑顔が少しあどけない。化粧は濃いけど、思ったよりも年若いのかも……。
「今日はアリアが月の物でいねえんだ! 誰か代わりの魔道士はいねえか?」
「俺で良ければ、手伝うぞ」
「ディーンか? 他の連中はどうした?」
「昨日……五階のフロアボスに、こっぴどくやられちまって、まだ怪我で唸ってるよ」
「俺たちはまだ四階だが、それで良いなら行くか?」
「ギリギリでのレベルでやれる程、信頼できるわけねえだろう?」
「チッ! そりゃあ、お互い様だ」
話が纏まったのか、一つのパーティーができて席を立つ。
傷だらけの旧びた装備が、いかにも歴戦の雰囲気で気圧されてしまう。次々と声をかけたり、かけられたりしながら、メンバーが決まってダンジョンへ旅立った。
酒場を離れる者が増えるに連れて、歴戦の雰囲気が薄れていく。
どこか腰の座っていない顔ぶれが増えてきて、何となくそろそろかなぁと解ってしまう。
「カウンターに座った神官の娘っ子は、見ない顔だな? 新入りか?」
「は、はいっ。豊穣神神殿のトワと言いますっ」
慌てて立ち上がる。声が裏返ってしまった。
爆笑を浴びて、頬が熱い。ドジッちゃったよ……。
声をかけてくれた髭面のベテラン戦士は、今日はダンジョンに潜る気は無いのだろう。さっきから、強めの蒸留酒を煽っている。
笑いながら……出立準備をしているグループに声をかけてくれた。
「アドルよ……お前の所なら、もう一人くらい連れて行けるだろう? 貴重な神官の嬢ちゃんだ。レクチャーしてやってくれないか?」
「オッサンに言われたんじゃあ、しょうがない。右も左も解らないまま放り出して、余計なことをされても困るからなぁ」
アドルと呼ばれた、戦士らしい青年に呼ばれた。
冒険者タグを、言われるままに重ね合う。これで今日はパーティーとして登録されるらしい。装備からは、戦士二人、前衛風の神官一人、弓を持った斥候一人、魔道士一人の五人パーティーと伺えた。
「よろしくね、トワちゃん。あたしはルナ。ご覧の通りの魔道士よ。……ヒーラーが二人なら、今日はそう簡単に死なないわね」
「トワです。呼び捨てで構いません。……初めてなので、何も解りませんので、いろいろ教えてください」
「そう固くならないの。誰でも最初はそうさ! ……ベッドの上でも同じだったろう?」
小声で付け加え、すみれ色の髪と瞳で豪快に笑う。
そ、そんな事を言われても……。
真っ赤になって俯いたら、更に笑われた。
「何だい、そっちもまだなのかい?」
「ルナよぉ……。神官ってのは神に仕える身だぜ? この年頃じゃあ、
分厚い革鎧を着込んだ、ずんぐりとした神官が呆れる。
そんな事を大声で言わないで欲しい……。
「確かめただけさ、ケネス。それで扱い方が違うもの」
「違いない。優しく、なるべく痛くないようにな」
二人の際どい会話に苦笑しながら、アドルが入場管理カウンターに話しかける。
いよいよ、入場登録だ。手順をちゃんと覚えなきゃ。
「アドルのパーティーだ。依頼は受けていない。鍛錬とお宝目当て」
そう告げて、受付嬢が差し出す水晶球にタグを押し付ける。
淡い光が浮かぶのを見て、受付嬢が笑顔を作った。
「どうか、ご武運を……」
「そう願ってるよ」
片手を上げて応え、ケネスが洞窟の入口へ向かう。
左右を騎士が護る石造りの回廊へと、足を向ける。
いよいよ『欲望の
「トワ……あんたの持ち金は今、入場料の分だけマイナスだ。しっかり稼がなきゃね」
「マイナスのままだと……どうなるのでしょう?」
「額にもよるね。ひと月経ってマイナスのままなら、強制労働。……あんまり借金が嵩んでると、あんたなら娼館に売られちまいそうだ」
「そうなりそうなら、声をかけてくれよ。初物には目がなくてな」
もう一人の金髪の戦士、ジェラールが厭らしく笑う。
それが嫌で逃げてきたのに、まだそうなる可能性があるのか……。
思わずため息を吐いてしまう。
ルナは、そんなトワを豪快に笑い飛ばした。
「なあに、今日稼いでおけば良いのさ。月に一度でも、口座が稼ぎでプラスになれば、その月は見逃してもらえるからね」
「無駄口はそこまでだ。……扉を開けるぞ」
アドルの声に、ピリッと緊張が走る。
無口な斥候の女、ネリーが
扉が開かれると、黴臭い風に松明の炎が揺らぐ。苔生した石壁、石畳の回廊が、僅かな炎に照らされて不気味に浮かんだ。
===============================
姉妹編として、書いております連作短編集
『ドルチェ商会へようこそ!~魔導機の修理、販売承ります~』
(https://kakuyomu.jp/works/16818023214157863954)
の方も、よろしくお願いします(^_^;)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます