野望と欲望の迷宮

ミストーン

第1話 トワ、冒険者になる

(大きな街だなぁ……)


 遠くからでも解る、特徴的な五本の塔。昔の名残の高い石壁をもつ、城塞都市。

 乗合馬車から身を乗り出すようにして、トワは夕焼けの学術都市を眺めた。

 胸の聖印を握り、豊穣神様に御加護を祈る。


(もしもの死が、私に訪れませんように……)


 神に仕える身だから、街に入るにも身分証明はいらない。本物の神官なら、門番小屋に置かれた神像に祈りを捧げれば、神様が応えてくれる……はず。

 神様に言葉をかけていただいたとはいえ、まだ神殿に入って一ヶ月だから……ちょっと心配……。

 良かったぁ……ドキドキしたけど、ちゃんと応えてくれた。

 神様が認めてくれる、最高の身分証明。私、トワは本物の神官です。


 石畳の道を行く人の多さに驚きながら、門番さんに教わった通りの道をゆく。

 道具屋に薬草屋、武器屋に防具屋……怪しげな店が増えていく。

 魔王が討伐されて、数百年経つそうな。十五歳の私に、記憶があるはずもなく……。

 こんな店を見るのも、初めてと言って良い。

 『ダンジョン』のある街でしか、成り立たないお店だ。


(と、とりあえず防具屋さんを覗いてみようかな……)


 自分の守りが最優先。でも入ってみたら、中で隣の武器屋さんと繋がっている。

 どっちも鍛冶屋仕事が主だから、そうなるのか。

 筋肉質のおじさんに睨まれて、ビクッとする。怖いよ……。


「器量はイマイチだが、小娘が稼ぐなら娼館の方が楽だぞ?」


 訝しむように、おじさんが睨めつける。

 ……私は、それが嫌で家を逃げ出した娘だよ?


 小さな村の農家の長女として産まれた。でも、母を早くに亡くして、父が再婚。その父も亡くなり、義母が再婚。その夫婦に子供が三人。

 その家の娘なのに、誰とも血が繋がっていない私は、父と呼ばねばならない人の酒代の為に、あっさりと女衒に売られそうになった。

 気の毒に思った村の人の助けもあって、王都の豊穣神神殿に家出して出家した。

 なのに先に金だけ受け取って、ツケの支払いに使ってしまったらしい。親とされる人たちが、そこにまで追いかけてきて大騒ぎ……。

 神殿は当然も守ってくれたけど、居づらくなるのは当たり前だ。

 私は自分の道を選ぶことになった。

 自死は神様が許してくれないので、それなら生か、死か……。殺されて魂が自由になるか? 稼いだ金貨を叩きつけてやって、自由を手に入れるか?

 十五歳の小娘が、そんな二択の人生を選ばねばならないなんてね!

 うんざりしちゃうよ……。


「売られたくなくて、逃げ出してきたの。……この銀貨の分で、防具と武器を見繕って」

「それっぽっちか……まあ、覚悟があるなら構わないが」


 それっぽっちで悪かったね。少ないけど、司祭様からの餞別だもん。

 手招きされて、カウンターの途切れた場所に招かれる。


「細い腕だ……これじゃあ、殴った所でダメージは出ねえな」


 腕を掴んでおいて、うんざりと首を振る。

 肩、腰、腿と確かめて……ついでに胸を触るな!


「顔はともかく、体つきは絶対に娼館向きだ……もったいねえ。そう怖い顔で睨むな! 女の場合は、そこのサイズがまちまちだから、調べないと鎧は選べねえんだよ」


 筋は通ってるけど、だったら撫でるだけでいいじゃない。何で揉むのよ!

 苦笑しながら、「役得くらいは許せ」と言うけど、こちとら神に使える身だよ? 自分で言うのも何だけど、清らかな乙女なんだからね?

 その分、安くしてくれる? ……だったら、不問にしてあげるよ。


「お前さんの場合は、娘サイズじゃ苦しそうだ。……訳あり品だが、このブレストプレートならしっくり来るだろう?」

「訳あり品って何?」

「……誰もが生還するわけじゃない。不快でも……神官だろう? 自分でお祓いしとけ」


 ……遺体から回収した装備、っていうことか。

 血とかはキレイに洗ったというけど……神官として、断りづらい言い方をされた。

 青銅板の裏に、棒材を溶接して補強したものを被り、両脇の金具で固定する。胸が緩いと文句を言ったら、「お前の歳なら、すぐに育つ」と決めつけられた。

 喜ぶべきか、怒るべきか悩むが、セクハラ発言には違いない。……更なる値引きを勝ち取った。

 同じ訳あり品の皮の円盾を買い、皮のタオルのようなスリングはオマケで貰った。


「神官といえば、メイス鎚鉾だが、お前の細腕じゃあヒーラーとして、回復に専念した方が良いだろう。回復魔法がもったいない時は、それで石でも投げとけ」


 何となく締まらないけど、おじさんの見立ては、きっと正しい。

 筋肉がどうにも付かない体質なのか、畑仕事からは戦力外にされていた私だもの。それ故、躊躇せずに売られかけたのだと思うし……。

 学校とか通えるお金があれば、きっと魔法使いの類の方が向いてると思う。


「余った金で、回復役か毒消しでも買っておけ。……これはお節介だと思うが、この平和なご時世でダンジョンに潜ろうと考えるような神官は、貴重だからな。まして、顔はイマイチでも女の子だ」


 そこはあまり、強調しないで欲しい。

 器量が人並みくらい(自惚れ込み)なのは、自分でも良くわかってるよ。

 麦藁色の髪も、パサパサだから三つ編みにするしか無いわけだし。


「誘いは多いだろうから、最初っからパーティメンバーを決めない方が良い。生きて帰れりゃあ、何度か潜る内にいろいろ見えてくるもんだ。男選びじゃないが、自分の身を任せ切れるようなメンバーを集めろ。……それが長生きのコツだ」

「……意外に優しいんですね?」

「生き延びりゃあ、それだけ上客になるからな」


 見た目だけは冒険者っぽくなった私は、微笑みを返して店を出る。

 自分用の回復役を二本買って、さらに先へ進む。

 今日はもう遅いから潜る気はないけど、そこがどんな場所なのかは見ておきたい。


 噂に聞いていた、国有ダンジョン『欲望の坩堝るつぼ』の入り口は、拍子抜けするくらい普通の、石造りの神殿のように見えた。


 登記上はもっと堅い名前があったはずだが、すっかりと本来の名前は忘れられた。

 入場料が税収となり、荒くれ共が勝手に命を散らすのだから治安も保たれると、フィナンシュ王国としても良い事ずくめで、成功者を讃え、喧伝している。

 時折、内部構造がガラリと変わる『生きたダンジョン』と言われ、それ故に得られるお宝もピンからキリまで。運が良ければ、成功者として遊んで暮らせるし、運が悪くてものたれ死ぬだけ。


 実に、トワの望み通りの場所だ。


 扉をくぐると、突き刺すような視線にたじろいでしまう。

 左手が酒場になっており、そこに屯した荒くれたちの視線が圧になる。でも、つまらない新人だと解ると、すぐに興味を無くして無視された。

 真正面には、左右を見張りの騎士に守られて岩穴が口を開けている。

 右手には、様々なカウンターが並び、受付嬢たちが艶やか微笑んでいた。

 今、トワを受け入れてくれる場所は、一つだけ。

 誰も並んでいない、『登録カウンター』に進んだ。


「フィナンシュ王国国有ダンジョンへようこそ。文字の読み書きはできますか?」


 白いフリルブラウスに朱のベストを着た受け仕えのお姉さんだけは、まだ部外者のトワに微笑んでくれる。

 体力が無い分、何かの役に立とうと村の簡易神殿の司祭様に教わったから、手紙の代筆でお小遣いを稼げるくらいには、読み書きはできた。

 名前と、住所……の代わりに『豊穣神神殿』と書く。

 神殿に入った時に、あの村で生まれ育った私の人別は抹消されているんだよ。

 あの人達との関係は、もう切れているのに……。

 少し待たされて、私の身分証明になる『冒険者タグ』が出来上がった。


 銀のようだけど、虹色の反射の有る謎金属の表面に名前と、住所が刻まれている。

 他にも、依頼の受理や達成の認証。報酬のやり取りの全てがこのタグに記録されて、どこのダンジョン管理窓口でも、口座からの引き出しが可能な優れ物なのだとか。

 ダンジョンで斃れてしまえば、これが回収されて、登録が消されるだけの死。

 ……そうならないように、気をつけなくちゃ。


 タグを首にかけた瞬間から、私は冒険者の一人になる。

 酒場に屯する荒くれたちと、同じ目で見られるわけだ。


「これは事務局からのアドバイスですが……。なるべく早朝、陽が昇る頃には酒場に控えていた方が良いでしょう。体調などで、組んでる仲間に欠員が出た時、メンバーを求めている時……。早々に声がかけられ、メンバーが決まったら即ダンジョンですから」

「後になると、組む相手がいなくなる?」

「いえ、質の良いチームから順に決まっていきます」


 残り滓になるほど、腕が落ちる……納得。

 自分の命を託すなら、少しでも腕が良て、信頼できた方が良いに決まってる。

 トワはお礼を言って背を向けた。

 それなら、早めに神殿で寝床を確保して、寝ておこう。


「豊穣神様の御加護がありますように……」


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姉妹編として、書いております連作短編集

『ドルチェ商会へようこそ!~魔導機の修理、販売承ります~』

https://kakuyomu.jp/works/16818023214157863954

の方も、よろしくお願いします(^_^;)

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