幽霊との契約

桃山台学

幽霊との契約

「ねえ、いま、誰かいなかった。そこに、そのキッチンの奥のほうに?」

「え、何のことでしょう?」

 俺はすっとぼける。わかっているのに。頼む、うまいことやってくれ、と心の中では祈りながら。

「なんだか、薄気味悪い感じがする。やめよ、さっきの公園の近くのほうがいい」

「そうか。まあ、ツムギがそういうなら、ぼくはむこうでも全然いいけど」

 あくまで主導権は妻にありそうだ。

「そうでございますか? ここは眺望もよくて、この広さでこのお値段、なかなかございませんが」

 といいつつ、俺はほくそ笑む。なぜなら、ここは明日内見の予定を入れた別の顧客にどうしても紹介したいからだ。

「あたしの直感、当たるのよ。ここ、何か住んでいそうな気がする」

「お言葉でございますがお客様、こちらは事故物件などではございませんので」

 これは事実。事故物件ではない。今の瞬間、幽霊はいるけれど。

「あ、それはわかってるんですけど。すみませんが、もう一度、あの公園のとなりのマンション見ていいですか? もう、今日決めてしまいたいので」

 俺は鍵を閉めて、中にいる幽霊にありがとう、の意味の手を振る。給湯器の横のボックスの中にある鉄の箱に入れて、ナンバー可変式南京錠をかける。


 テレビドラマ「正直不動産」が放映されてから、やりにくくなった。法に準じてやっていくと、営業としての融通が利かなくなる。表技では通用しないのだ。


 そこで、裏技を使うことにした。幽霊と契約して、さっきのように、内見にきたお客がそこに決めないようにして貰うのだ。メリットはあるのか? 住宅の内見というのは、やはり3つ以上見て貰ったほうがいい。1つや2つを見ただけでは選んだ感が出ないのだ。3つとなると、その中から自分が選んだ、という感じが出てくる。


 その幽霊、どこで見つけたのかって? 

 俺は事故物件に住んでいる。そこに幽霊がいたので頼んだのだ。なにせ、一つ屋根の下で寝起きを共にする仲だ。気心は知れている。



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幽霊との契約 桃山台学 @momoyamadai-manabu

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