今日のお客様は……

五色ひわ

お題は『住宅の内見』

 僕は子供の頃から家が好きだった。だから、不動産屋は天職だと思っていたんだ。働き出すまでは……


「これって、僕の仕事じゃないですよね!?」


 僕は上司を前に絶叫する。同僚に視線を向けると無言でそらされた。僕に難しい客を押し付ける気らしい。


「寒いところではないし、日向で休憩も取れる。物件はお前の好きな高い所にあるぞ」


「こんな場所なんて好きじゃありません!」


 新しい客の内見希望の物件は崖の上にある。山を登るだけでも数日かかりそうだ。


「それで?」


「危険手当と出張手当だけでは割に合いません」


「結局、お前は金だよな」


 上司がずしりと重い麻袋を僕の手に乗せる。これだけあれば、しばらくは生のまぐろが食べられる。もう、かつおの缶詰を鮪だと思いながら食べる必要はない。


 僕はニンマリしながら麻袋をしまい、すぐに出発した。



 数日かけて物件に着くと、お客が時間どおりにやって来る。


「なんだ、仔猫ちゃんが担当か。お前のところの同胞はどうした?」


「すみません、脱皮休暇中なんです。それと、僕は成人しているので、仔猫ではありません!」


 僕は抗議するように尻尾を立てる。お客は遥か上方から面白そうに見下ろしていた。


 僕は気を取り直して、物件の中を案内する。



「うむ、気に入った。すぐに契約したい」


 一通り見終わると、お客がおもむろに大きな翼を広げる。


 嫌な予感……


 僕が身構えるより先に、お客が口に咥える。もちろん、だ。せめて手を使ってほしいと思ったが、鋭すぎる爪を見て何も言えなくなった。


「ちゃんと捕まっていろよ」


「捕まるところなんてないですよね!? ぎゃにゃ〜〜〜!」


 僕が三日かけて登った山が、一瞬で後方に消える。気がつくと仕事場の前に立っていた。


「あれ? 早かったね」


 上司の間の抜けた声さえ、無事を実感できて嬉しく感じた。



 不動産屋は、想像よりもずっと危険な仕事だ。目指すなら、覚悟が必要だと覚えておいてほしい。


 あっ、龍に乗りたいなら止めないよ。


 終


 

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今日のお客様は…… 五色ひわ @goshikihiwa

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