空間

「いつもの、音だ」

「ですね」

 山田君と顔を見合わせる。

「ネズミかなんかだと思ってたんだけど……」

 山田君が言う。

「ネズミじゃない可能性が?」

 焦る僕。


「……ちょっと怖いこと言っていいですか?」

 山田君が壁の方を向いたまま言う。

「僕、2階の部屋も見せてもらったことがあるんですよ。」

「うん……それが?」

「2階の部屋、1万高いんです。家賃」

「え?」

「僕も安さに今の部屋に飛びついたんですけど、2万5千円は安すぎると思いませんか?」

「いや、でも、それは、ほら、狭いし」 

「ここ、幾らです?」

「2万5千円」

「広さの問題じゃなさそうですね」


 カリ……カリッ……ガリガリ……


 まただ。


「高橋さん。僕の部屋に来て、もう一つ気付きませんでした?」

「な、なにに?」

「……壁紙が、違うんです。もう一室と僕の部屋は同じだったのに」


 ゾクッ……背筋を思いっ切り冷たいものが走った。


 

 コンコン! コンコン!


 壁を叩く音がして、「うわあっ!!」と声に出して驚いたが、それは、山田君が叩いている音だった。


 彼は、壁の端から端まで叩いてみていた。

「高橋さん、聞いてくださいね。ここと、そして、ここ。音が違うのわかりますか?」

 確かに全然違う。

「木?」

「ね? この狭くなっている方の壁の、表面だけ、板か何かで塞がれてますよね? 多分」

「空間が……?」

「それしか考えなれなくないですか?」

「や、山田君、その、このへんでやめとかない?」

「高橋さん、怖くないんですか? 知りたくない、と?」

 馬鹿にされたのかと思い、

「そんなの怖いに決まってるだろ。君は怖くないの? それに何? 事故物件だ、って決めつけてるよね、今?!」

 ちょっと強めに言ってしまった。正直なことを言えば、何も知らなかったことにして逃げ出したかった。


「すみません。僕の言い方が悪かったです。怖いんです。すみません。」

「あ、ごめんね……。大人気ない言い方をしてしまったのは僕の方だ。ごめん。」

「……僕は、今、とてつもなく怖いんですが、ここが、事故物件だと確証を得そうになっています。……確認してもいいでしょうか?」

 壁の方を向いて俯く彼は、確かに少し震えているように思えた。

「よし、やろう」

 僕も腹を決めた。

 



「壁紙を剥がします」

「わかった」

 二人で、PCで壁紙の剥がし方を調べる。

「大家さんに言わなくて大丈夫かなあ?」

「いえ、大家さんも関わっていると思いますよ。壁紙だとか、金額だとかは不動産屋が決める問題ではないですから」

「だよなあ」


 ペリッと数ヶ所剥がれたら、あとは簡単に壁紙は剥がれた。

「思った通りか……」

 僕らは頭を抱える。


 カリッ……カリッ……カリカリ……


 そこから聞こえてくる例の音。


 僕はゴクリと唾を飲み込んだ。


「打ち付けている板をどうやって剥がす? 道具がないだろう?」

「いや……」

 山田君が、板の片側の端を持って強く引っ張ると、意外と軽く抜ける。

「建物自体が古いのと、プロの仕事じゃないから……でしょうかね?」

「よし、やろう」


 バキバキと音を立てて、打ち付けていた板は半分ほど剥がされた。


 思った通り、そこには謎の空間があった。

 

 一旦部屋に戻った山田君がドライバーを持って帰ってきた。

「どうするの?」

「見てて下さい」


 バンッ!!


 その空間の向こうの壁に穴を開けると、山田君の部屋が見える。

「僕の部屋のクローゼットです。この空間を誤魔化すためのクローゼットだったんですね」

「それにしても、この空間って何なんだろう?」

 入ってみると、その奥に何か箱状の物が置かれている。

「山田君、これ……」

 と言って、スマホのライトで照らそうとしている彼を振り返って腰を抜かしそうになった。

 この空間内部の壁にびっしりと、血がついた爪痕のようなものがついていたのだ。


「あ、あの音って、こ、これだったのか?」


 もう一瞬たりともここにいたくない。

 が、奥に置かれている箱は何だ……。


「もう、ここまできたら、確認するしかないですよ」

「そ、そうだな」

 黒く変色した段ボールを開けると、黒い布がかけてあった。

「いいですか?取ります」

「うん」


「うわああああ!!」

 叫ぶ山田君の手元を見ると、長い髪の束。

「うわあああああ!!」

 二人でそこから逃げ出る。


「もう……ホントにもう、やめよう、山田君!」

「もうちょっとなんですよ!!」

 そう言うと、彼は、またその空間の中に入り、部屋の灯りが届くところまで箱ごと持ってきた。

「暗いから怖いんだ……暗いから怖いだけだ……」

 自己暗示の如く繰り返しながら、彼は、上に被せるようにあった毛髪を避けた。


「ヒッ!!」


 彼の手が止まる。

 

 恐る恐る箱の中を覗きに行って、僕は声を失った。


 人骨が入っていた。



「け……、警察を呼びましょう!」


 山田君がハッと気付いたように言い、僕は震える声で電話した。

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