第12話 さようなら

ナズが村を去って1ヶ月が経った。

別れ際はあっさりしたもので、村の入り口まで送ると「じゃあな」と言って去っていった。


あれから地震も大雨も起きていない。


でもナズが死んだなんて実感が湧かなくて、泣くどころか悲しむことすらできずにいた。



それはよく晴れた日だった。

久々の休日に客間の掃除をしていると、ベッドの下に小さな箱を見つけた。

見覚えのあるその箱は、弟の土産のついでにナズにあげたものだった。

なぜこんなものが?と開けてみると、中から淡い緑色の石が出てきた。


「暑い……」

朝から茹だるような暑さが続いた日、グッタリと机につっぷしながらナズが呻いた。

「ほんとに暑いな。山菜でも採りに行くか。ちょっとはマシだろ」

「山に行けば涼しいのか?」

グルンと首だけ回してナズがこっちを見る。ちょっと怖い。

「そりゃ涼しいだろ。なんだ?お前山に行ったことないのか?」

「ない」

変な首の角度のままナズが答える。痛くないのか、それ?

「そうか〜。なら今から行くか」

ウキウキと用意をしだす俺を、何がそんなに楽しいのかという目が眺めていた。


「涼しい……」

思いっきり空気を吸い込みながらナズがつぶやいた。

「気持ちいいだろ。暑い日は山菜採りがてら、弟とよく山にきてたんだ」

マムシやら色々気をつけないといけないけどなと笑うと、ナズは不思議そうな顔でまわりを見ていた。

「そうか。夏の山は涼しいのか。危険な生き物がいるのか。俺は、本当に何も知らなかったんだな」


思い出にふける。

本当は川に連れてってやりたかったんだが、どうしてもあの日以来川には近づけなくて。

川遊びも楽しいんだぞと、昔拾った石を見せたんだった。

あまりにも珍しそうに嬉しそうに見るもんだから、そのままあげたんだったな。こんなとこにしまってたのか。

ああ、ナズは本当に何も知らなかったんだな。涼しいとか、危険だとか、体験というものがごっそり抜け落ちていた。それはきっと、ずっと外の世界に出るとこなく生きてきた結果だったんだ。



途端にナズの死が現実味を帯びてくる。

閉じ込められ、役目から逃げることを許されなかったアイツは、最期に何を思ったのだろう。

たった49日間。外の世界はお前の目にどう映った?木々の青さ。夕焼け。土の匂い。守りたいと思えるほどの美しさを感じられただろうか。

目頭が熱くなる。自然と涙が溢れてくる。

ほら。お前の望んだ涙だ。今俺は、動けなくなるほど悲しんで苦しんでいるぞ。

死を受け入れながらも、自分が生きた時間への肯定を必死に求めていたナズ。その叫びが、悲痛が、心を絡め取って息ができない。


まるで呪いみたいだ。


今は無い姿を求めて上げた顔に、一筋の光が差し込んだ。

窓の外にはどこまでも澄み渡る青い空。



「……ああ、綺麗な空だな」

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49 ヒツジ @houboku-hituji

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