第11話 こんにちは
本音を言い合える
人生で何回経験できるだろう
心の底から叫ぶ
人生で何回受け止めてあげられるだろう
ナズは何を言っているのだろう。
明日死ぬ?そしたら天災が起きなくなる?
まったくわからない。
でも……
今初めて本当のナズに会えた気がする。
薄皮一枚隔てた向こうにいた姿が、今ははっきりと見える。
「……なんでもない。忘れてくれ」
急に顔を背けて、いつものナズに戻ってします。
逃したらダメだ。ナズは何かを伝えようとしてるんだ。
「何でもないわけないだろ。お前は冗談でもそんなこと言わない」
未だ大雨に怯える俺に、そんな無責任なこと言うはずない。それくらいわかる。
「何か言いたい事があるんじゃないのか?俺はお前におかげで弟の死と向き合えた。今度は俺が助けになりたいんだ」
だから隠れてしまわないでくれ。本当の気持ちを話してくれ。
「………泣いてほしいんだ」
「………え?」
「俺が死んだら泣いて欲しいんだ」
堰を切ったかのようにナズは話し始める。
「俺が死んでも悲しむヤツは誰もいない。これでまた10年安心して暮らせると、役目を終えればすっかり忘れられる。何も残らない」
苦しそうな顔をしている。ナズのこんな顔は初めて見る。
「弟が流されて泣き叫んでいるお前を見た時に、死んだらこんな風に泣いてもらえるのかと目が離せなかった。俺もこんな風に悲しんで苦しんでくれる人が欲しいと思った。でもそれは叶わない事だとも思った。」
あの場にいなかったはずなのに、ナズはなぜあの日のことを見たかのように話すのだろう。
「お前に出会ったのは本当に偶然だったんだ。でもお前を見た時、俺の願いを叶えてくれるんじゃないかと思った。必死に旅への同行を約束させた」
そういえば、初めて会った時、随分驚いた顔をしていたな。
「酷い話だ。俺は自分のことしか考えてない。弟の死と向き合えたのはお前の力だ。俺は悲しみと必死に戦っているお前を、さらに苦しめることを望んでそばにいたんだ」
ああ、そうか。悲しんでくれる人がいるのが羨ましいとか、自分なら泣いて欲しいとか。あれはもしも死んだらの想像じゃなく、本当に差し迫った願いだったんだな。
「……お前が死んだら俺は泣くと思うよ」
ナズの話はわからないことだらけだが。
「こんだけ一緒にいたんだ。悲しいに決まってるだろ。俺の中ではもう1人の弟みたいなもんなんだから」
驚いた顔が見える。やっとこっちを向いてくれたな。
「とりあえず帰ろう。日が暮れてしまう。夕飯を食べながらゆっくり話をしよう」
「親の顔は見た事がない」
「ずっと、お前は星のために死ぬんだって教えられて生きてきた」
「部屋から出たのはお前に会った日が初めてだった」
ナズの話はどこか遠い世界の出来事のようで。素直に信じれるかと言われると、はいとは言い難かった。でも語る様子はとても嘘をついてるようには見えなくて。信じて話を聞くことしかできなかった。
「お前が死ぬのは避けられないのか?」
「逃げて死を免れたところで、星の寿命が尽きて全員死ぬだけだ」
「でもお前が全てを背負うだなんて」
「それについては受け入れている。そうやって育てられたし。お前やこの村の人が安心して生きていけるなら、それでいい」
お前の犠牲のうえに生きるなんて。そんな安心、欲しくない。
そこで気がついた。ああ、だからナズは何も話してはいけないと堪えていたのだ。ただの死じゃない。これからの俺の人生はナズの死の上に成り立つのだ。それを背負いながら生き続ける苦しみを、ナズは避けたかったのだ。
自分の考えの甘さに腹がたった。
「お前の弟のように命を落とす者も、いなくなる」
何も話せない。言葉がでてこない。
「……そんな顔をするな。綺麗事を言ったが、そんな美談でもない。こうやって話をすることで、お前に一生俺の死を背負わせようとしてるんだ。俺はとんでもない悪人だ」
フッと柔らかい表情になる。覚悟を決めた人間の顔なんだろうか。
「……弟みたいに思ってるって言っただろ。兄ってのは弟のわがままには慣れてんだよ」
そんなに1人で抱え込まなくていい。まだ子供だろ。誰かに甘えたっていいんだ。
「そうか。……サカドの家族の話も聞きたい。村のみんなの話も」
そのあとはお互いに色んな話をした。
嬉しそうに会話するナズは、年相応の少年にしか見えなくて。とても明日にはいなくなるなんて思えなかった。
気づけば朝になっていた。
2人で囲んでいたテーブルが、朝日で照らされていた。
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