選ばれ者

ふぃふてぃ

第1話 選ばれし者

 この世には、家を売る者あれば買う者あり。そして、その間に入る仲介者がいる。不動産売買は異世界でも同じこと。誰かが売ったものを購入し、誰かに売りつける事で売買業者が利益を出す。人と人とを繋ぐ者を仲介業者というなれば聞こえは良いが、口八丁手八丁のヤクザな商売とも言える。


 ここにタツヤという若者がいる。剣の術も知らず、魔術も使えずの稀有な転生者だ。そのため、冒険者ギルドには属さず、商業者として不動産業を営み生計を立てている。


 先程、ヤクザな商売などと言ったが、まさに今日の売買はそれに当たった。主人をなくした婦人の邸宅に赴き買いつけると、それをギルドの大型ルーキーへと売り付けた。さらに、ケンカ別れした独り身の中年男性の家に赴き家を買いつけると、それを若い夫婦に売り付けた。


 西に行っては家を金に替えた方が良いと言い。東に行けば家は一生分の財産だと法螺をふく。それが男の仕事であり、唯一の食いぶちであった。


 ある日、屈強な若者が買い手として訪れた。名はスザクと言うが紛れもなく転生者である。ギルドカードの提出をお願いしたら、武田清文と現代名が記されている。偽名を使い異世界を謳歌している事は明白であり、女神から授かりし剣術で戦士ランク銀等級まで差し掛かっている。


「ギルド周辺の家を買いたい。金ならある」


 そう言って戦士は金貨10枚を差し出した。一般市民の5年分の生活費といったところ。確かにひと昔前では購入できたかもしれない。


「スザク様。ギルド本部周辺のバニスタ地区は今いちばん人気でありまして、地価が爆発的に上がっております。その3倍ほどのご予算が必要かと思います。他の地区の紹介も出来ますが、スザク様ほどの戦士ともなれば貸し付けも出来ますので、とりあえずは内見をご案内できればと思います」


 家売る男タツヤは相手の返答も待たずして転移魔法陣を描く。強魔力粉を使う即席魔法はコストのかかる方法ではあるが即断即決を生業とする「家売る男」の好投手段が光る。相手に付け入る隙を与えない。そして「あの地区はすぐに買われてしまいますから」の常套句が追随した。



 こじんまりとした事務所からレンガ作りの建物内へと移る。やや薄暗く、窓から差し入る西陽が、中空を舞うチリを幻想的に映していた。

 

 そこに男が二人、立っている。


 二人とも転生者ではあるが一人は屈強な戦士。もう一人はちっぽけな能無しの家売る男。


 ちっぽけが話しだす。


「この家はレンガ作りでして、さきのボア事件の時も壊滅する事なく残った、まさに貴方さまに相応しい屈強な家で御座います。前の持ち主もギルド関係者という事で会合から集会、小規模な合同演習までも行なっていたと聞いています」


「うむ。確かに屈強ではあるな」


 戦士は確かめるようにして頷いた。屈強だけが売りの家だ。


 さきの事件。ギルド内で管理されている断層型の迷宮。そこから溢れ出すバッファローの群れ。その未曾有のボア騒ぎの被害に巻き込まれたものの大きな損傷まではなかった。しかし、地価は激減。それに嫌気がさした元当主が、権力を振り翳し買値同等で売り付ける。そして、適正価格のつけられない空き家は放置されて今に至る。


 要はトラブル物件だ。苦渋を舐めた過去を振り返りながらも、家売る男はしかめた面から仕切り直す。家自体に価値がない訳ではない。家売る男は、さらに流暢にしゃべりだす。


「それだけでなく、やや旧式ですが充填式魔水晶も完備してありますから、魔陣二口コンロも半永続冷氷器、さらに風雷式衣類乾燥機も同時使用が可能となってます。家族で住まわれる場合でも大変お買い得かと……」


「家族か……」


 この反応に、(やはりこの客もか)と確信を得る。


「ギルド特約を着けましても15年くらいの返済期間ならご無理はないかと。返済が終わればお客様のモノですし、賃貸でこの地区に住んでも銀貨10枚は普通にかかりますからね。この機に所帯を持って落ち着くとなれば絶好の機会かと、ゲストルームもありますから誰かを招くことも……」


「それは良いな。いや、なんだ。仕事上パーティを組む事も多いからな。飲み明かした仲間を泊めてやれるのはありがたい」


 ……泊めてヤレる、ね


「良い物件だ。気に入った。だが他の物件も気になるな。他の物件も見せてくれるか」


「他にも何件か見繕って資料をご用意しております。ただ、この物件は値段の交渉がないため即日決済となっております。要は早い者順になりますので、お気に召して頂けたならば早めにご決断された方が良いかと…」


「他に取られる可能性があるということか」

「さようです。なにせ、この地区は今いちばん人気ですので……」




 その日、魔電通信によって即日決済が決まった。仲介手数料を含めて金貨35枚である。頭金が金貨10枚、残り25枚と金利による上乗せで月に銀貨10枚の分割払いとなる。そして、仲介手数料の一部が家売る男の報酬となった。


「本当にあんな奴で良かったのかよ」


 明け方。家売る男は売却済みの札を立てながら、その屈強なレンガの壁を摩る。


「高値掴みされた売れ残り物件のレッテルは思ったよりつらいのよ。建物だって、見てくれている内が花。内見さえされなくなったらお先真っ暗よ。まぁ、金の切れ目が縁の切れ目ってやつ。持ち主には頑張ってもらいたいけどね」


 人間は家を選び、自分の意思で手放していると考えている。それは間違いなのを彼は知っている。家が人間を選んでいるのだ。


「なぁ、教えてくれよ。今回バニスタ地区の地価が爆上がりした理由。ギルドの妖精は誰の仕業なんだ。売れたんだから、もう、いいだろ?」


 レンガ作りの家は少しだけ傾いてみせた。


「それは教えられないよ。君は人間界隈じゃ目立たないかもしれないが、建物界隈では知らぬモノはいないからね。僕は適正価格に戻っただけ、すぐに売りに出されるかもしれないし、敵は作りたくないのさ」


 ここまで口が硬いとは(家に口はないけど)、たぶん大手の差金だろう。


 突如あらわれたギルドの妖精。美麗な出立ちの女剣士。彼女は明け方の酒場にふらっと現れると「誰か家持ちはいねぇのか?まだまだ足りねー!飲み明かそうでベイビー」と笑顔を振り撒き消えて行くのだそうだ。


 『さくら』ってヤツだ。


 正気の失った主人からの鞍替え、権力者、はたまた自分を大切に育ててくれる心清き人。

 家は選んでいる。自分が匿うに値する人間は誰なのか。それを知らず、今日もまたやってくる。私に相応しい家はと勘違い甚だしく舌なめずりした人間達が、欲望と希望を胸に。家はそんな人間達を冷静に見極め扉を開くのだ。


「あっ!スザク様。この度はご契約が決まりまして、おめでとう御座います」

「うむ。まさに我に相応しい家だ。これなら女剣士も……」


 建物は少し傾いた身体をゆっくりと起こす。


「さて、今の当主はどう追い出そうか?」

「おいおい、契約数週間で追い立てるのは勘弁してくれよ。ウチの悪い噂が広まったら商売あがったりだ」


 家売る男の囁く姿を不思議そうに見ていた戦士だが、鍵を受け取るや否や歓喜の表情に扉を開けた。何処となく家も嬉しそうに見える。


「ありがとな。また賑やかになりそうだ」


 それは彼だけが知る建物の声。彼が転生時に神に告げた特殊スキル。剣術も魔術も選ばなかった彼だけの道。今日も家売る男は一人、建物に向かって話しかけている。








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