オーバーヒートしちゃいますよ?

「まったく思いつかない」


お昼休みの教室でまっさらなアンケート用紙といまだに格闘している。


クラスの人達の多くは行きたい場所が決まっているらしい。


実際、教室の前の席に集まっている3人は同じ職場に行くらしく、職場体験後にどこに行くかを話し合っている。


もしかしたら私みたいに真剣に悩んでいる人は少数派なのかもしれない。


ほとんどの人は自分の特性とか能力を考慮するのではなくて、誰かと一緒に行ける思い出の一つとして捉えているのだろう。


私も正直友達が行くところに決めたい。


しかし願いむなしく友達は私にはいな....いわけじゃない!


いる...けど麗奈さんは沢山友達いるし、一緒に行けるほどの仲じゃない。


だから自分自身で見つけなくちゃ。


説明書をペラペラめくる。


「なーにしてんの!」


「うわ!?」


柑橘系の香りを漂わせながら軽やかに私の机の前の椅子にまたがるように麗奈さんが座る。


麗奈さんは私が驚いたことがうれしかったのか満足そうな笑みを浮かべている。


心臓がおかしな具合に動くのをおさえながら


「もう、びっくりしたじゃん」


「えへへー。じゃあ驚かせたかいがありましたわ」


「褒めてないのですが....」


頭に手を当てて照れるような仕草をしている麗奈さんをジト目で見る。


麗奈さんは悪びれる様子はなく、私の手元にあるアンケート用紙を興味深そうに見つめて


「はな花まだ決まってないの?」


「うん」


「ふーん。なにかこだわりとかあるの?」


「別に無いんだけど。私人付き合いとか苦手だから迷惑かけちゃうかもとか心配になって決められないって感じ」


「そうなんだ」


麗奈さんは、少し考えるような表情をしてしばらく、アンケート用紙を見つめた。


そして麗奈さんの目がまっすぐこちらを伺うように見つめ


「もしはな花が嫌じゃなければなんだけどさ、その一緒の所とかどう?」


「ん?」


一瞬何を言われたのか理解できなかった。


麗奈さんの言葉を一つ一つ頭の中でかみ砕いていき、徐々に心臓が飛び跳ねた。


「えええええええ! 本当ですか?」


「本当だよ」


まだ信じられない私は麗奈さんに再度


「本当に本当?」


「本当の本当に本当!」


くすっと笑いながら麗奈さんは私の問に答える。


しかし、そこで一抹の不安がよぎった。


それは、麗奈さんの他の友達も一緒にいるかもしれないってことだ。


私という部外者が入ることで、麗奈さんの友人が気を遣ってしまう懸念や

コミュ障なゆえにグループ作業で足を引っ張ってくれる可能性が十分にある。


すると麗奈さんは私の不安を、感じ取ったのだろう。

大丈夫と前置きして


「私とはな花だけだからダイジョブッ!!」


vサインをして人懐っこい笑みを向けてくる。


「いいの? 他の人と行かなくて」


「いいに決まってるじゃん。心配しなくてもいーの!」


わしゃわしゃと私の頭を撫でる。


撫でられる感触を味わいながら、


「でもどうして?」


私は当然の疑問を口にする。


いくら麗奈さんがコミュ力お化けだとしても、知り合って2週間しか経っていない私と行動を共にすることは不自然だろう。


しかし現実に麗奈さんは私を誘ってくれた。


だからこそ気になる。


どういった理由なのか。


麗奈さんは唇を突き出し、うーんと考えている。


「強いて言うなら、もっと知りたいから。

はな花の事も自分自身の事も」


いつものように人に安心感を与えるような笑みを浮かべて私を見つめる。


私はきゅっと心臓が上下する。


麗奈さんの音色の中には曖昧なニュアンスが含まれていたけど、

じんわりと胸にぞわぞわした感覚が広がった。


麗奈さんは優しい。


だから好きになってよかったなって思う。


私は麗奈さんの瞳から視線を説明書に移し、


「ちなみに、どこの会社なの?」


「知りたい?」


「う、うん」


「聞いたら後戻りできないよ」


どこか驚かそうとしているような気がする。


ここまで来たら覚悟を決め、麗奈の目をまっすぐ見据える。


「絶対後戻りなんてしない!」


麗奈さんは嬉しそうににやけて


「じゃあ、発表します」


麗奈さんじゃらじゃらじゃじゃらじゃらと口ずさみながらと説明書をペラペラとめくる。


ゴクリと唾を飲み込む私。


しばらく無造作にペラペラとめくり、充分に焦らしたことに満足した麗奈さんはじゃーんと言って目的の場所を示した。


【職業案内説明書】


私は首をかしげてポカンと口を開いてしまった。


麗奈さんが示したのはアンケート用紙の表紙だったのだ。


麗奈さんは見事サプライズが成功したことに満足したのかご機嫌に鼻歌を奏でながら私のアンケート用紙にシャープペンシルで何かを書き込み始めた。


【浅草寺証券】


「浅草寺証券??」


「ん、そう」


私は内心絶望した。


なんでよりによってそこなんだよぉ~!?


日本一の証券会社なんて私みたいな人間が入ったら処刑されるのでは??


3分前ぐらいの自分をぶん殴りたい。


麗奈さんの誘いだから浮かれすぎた。


浅草寺証券は日本の金融界においても世界においても絶大な影響力を持つ企業だ。


年収も青天井だが業務も青天井だ。


だからこそ中学生なんて邪魔でしかないし、職業体験先としても載っていない。


「これは冗談ってことだよね?」


まだ麗奈さんの冗談の可能性もある。私はその一縷の望みにかけるのだ!!!


麗奈さんは少し疲れた顔で


「実は、MEのお父さんが浅草寺証券の結構えらい人で誘われたの。

めっちゃくちゃ過保護だからよその会社に行ってもしものことがあったらみたいな心配されたから渋々、ね」


望みは爆発四散した。


「流石に、め、メイワクダワトオモワレルよ。ワタクシメワ」


こ、こ、ここは場違いすぎよ。


許容範囲をオーバーヒートしている。


すると麗奈さんは心配すると首を横に振り


「私も実は難しいんじゃないかってお父さんに聞いたら、

空いている会議室を2日間貸し切りにしてもらう配慮と証券とか金融の勉強の講師がいろいろと教えてくれるような場をセッティングしてくれたらしくて、職場体験というより勉強会って感じになるから大丈夫とのことだぞ」


だから大丈夫と再度強調してくれた。


私としてはこれ以上ないくらいうれしい提案だった。


大学生の私には申し訳ないが、今の私人間関係から逃げる選択をとれる。


それに麗奈さんと二日間密室にいられるなんて。


もしかしたらハプニングに遭遇できたり


災害が起きてその会議室だけ孤立して二人の共同生活が始まったり


いろいろと妄想が膨らむ。


それに麗奈さんのお父様に会えるのも楽しみ。


これは行かない選択はない!!


中学校生活最大の思い出になるのでは!?


不安は大きいけどそれを超える見返りもあるのではないかと期待できる。


私は麗奈さんに頷き、承諾した。


「よっしゃ!!

はな花、当日よろしくね!!」


麗奈さんから差し出された手をやさしく包んで、ぬくもりを感じた。


=================================


【麗奈ノお願い】


「お父さんお願い!」


「うーん。

流石にこれは職権乱用だし、うちの会社としても中学生を受け入れるのは難しいと思うが」


お父さんはパリッとしたスーツを着込んで難しそうに腕を組む。


「忙しいのはわかってるけどお願い!

会議室にずっと居るからさ!」


お父さんは吹き出し


「いやいやだめだろ。

職場体験なんだからなにかしないと」


「まあそうだけどさ」


言葉尻がしぼんでいく。


それを言われたらこちらの分が悪いしなぁ。


でも、あきらめてやらない


「どうしても。どうしてもだめ?

利用したっていいから。

それも仕事みたいな事あるでしょ?」


額に手を当てていたお父さんがそこで何かに気付いたのか

パッとこちらに向いた。


「社員の研修に付き合ってくれるならできるかもしれない。」


そこからお父さんから軽く内容について聞き、おちゃのこさいさいの業務であることも確認する。


「じゃあ良いってこと?」


お父さんは渋々ながら頷き


「まあ、やってみなければわからないし、もしかしたら今後に生かせるかもだしな」


「やったー!!」


私は大きくガッツポーズを天井に掲げる。


もっと知りたいと思う。


はな花のことも自分自身のことも。


親友になれたらいいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る