緊張の1日目!?

そびえ立つ摩天楼まてんろうを見上げながら私の緊張はクライマックスを迎えた。


「れ、れ麗奈さん。私やっぱり腹痛です」


「やっぱりって嘘じゃん絶対! ってだめ」


逃げ出そうとした私の腕をガッチリ固定してきた。


引き寄せられたから、いろいろと触れちゃうし近い。


麗奈さんの息遣いと匂いが直に感じられるから私の脳と鼻孔と心臓は爆発寸前だ。


麗奈さんは困ったように眉をひそめて


「まったく、油断も隙もないんだから。」


「ご、ごめん」


「でも、わからなくはないかも帰りたくなる気持ち」


「麗奈さんも?」


「お父さんから口では聞いてたけどこんなに

でかい会社だとは思わなかったよ」


麗奈さんも目を細めて摩天楼を見つめている。


「じゃあ行こっか!」


「ちょあ、あの」


「はな花さーん。往生際が悪いですよー。」


私は顔が熱くなるのを感じながら


「あの、周り見てください.......」


「え」


麗奈さんは周りをサラッと見渡す。


微笑ましそうな視線がこちらを見つめる。


「どうして目線が合うの?」


困惑しながらこちらを見つめる。


「これですこれ!密着しすぎなんです!」


私は空いている手で固定された腕を指をさして示す。


麗奈さんはきょとんとしていたが、腕の力を抜いていき私の手を軽く包む


「うー恥ずかしい」


頬を赤く染めている。


か、可愛い。


いつもあんなに堂々としているのにギャップ萌え。


私は自分の頬が緩むことをおさえながら


「大丈夫だよ。

その、緊張してるんだなって思ってもらえるよ。

制服着てるし。」


スカートの端をつまみ麗奈さんに笑いかける。


それをみて安心したのか元気を取り戻し


「よし、じゃあ行こう」


「うん」


握られている手を引かれながら、浅草寺証券に足を踏み入れた。



=================================



「お待ちしておりました。私は山本浩一です。本日はよろしくお願いいたします」


七三分けでかっちりとしたスーツ姿の男性が堂々と頭を下げる。


私達も頭をさげ今日から二日間お世話になることをつたえた。


ではと浩一さんが私たちを先導して、会社に足を踏み入れる。


歩くたびに足元からカツカツとASMRのような心地よい足音が耳に届く。


エレベーターに乗り、七三分けの男性が社員証をタッチパネルに掲げた。


そしてタッチパネルを起動させ、73階を選択。


え!? ななじゅうさんかい!?


足がすくむような錯覚が全身を襲う。


すると麗奈さんが大丈夫というように手をぎゅうっと握ってくれた。


握ってくれたことで足がすくむような錯覚はなくなったけど、

胸が浮き上がるような症状が出てきてしまい体力を消耗してしまった。


そうこうしているうちに73階に到達。


扉が開くと同時に少し開けたスペースと壮大な光景が目の前に表れた。


ビル群がまるで模型のように見える。


ひらけたスペースはワークスペースを兼ねているため、高級そうなスーツに身を包んだ男女がパソコンを片手にいきいきと仕事をしている。


やはりここは私にとってここは場違いすぎよ。


萎縮する私をよそに麗奈さんは堂々と周りを見渡し、時折私に笑いかけてくれる。


「そこにあるパントリーから好きなもの持って行っていいですよ」


浩一さんが小さいコンビニのような場所を指さして言う。


麗奈さん困ったうように眉をひそめて


「すいません。お金を必要最低限しか持っていっちゃいけなくて買えないかもです」


浩一さんは微笑ましいものを見るような目をしながら


「いえいえお金なんていりません。

これは浅草寺グループが社員に対しての福利厚生です。」


「でも私達二日間だけですよ」


浩一さんは左右に首を振り


「たとえ二日であっても、我々はともに働くパートナーです。

代表の浅草寺鼎は共に働く人が最高のパフォーマンスを出せる環境を整えることが責務だと言いました。

したがってお二人が最高のパフォーマンスができる環境を提供することこそ我々の使命なのです。」


七三分けさんは誇らしげにほほ笑んだ。


すごい会社だな。


改めて実感した。


「じゃあお言葉に甘えて」


麗奈さんが浩一さんに一礼してパントリーに向かう。


私も麗奈さんと同様に一礼してパントリーを目指す。


す、すごい! これ全部無料なの!!


無造作に置かれた食べ物や飲み物はどれも一流品だ。


ブランド物のチョコレートやクッキー。


アイスクリームからシェフ監修の冷凍食品まである。


奥の方に目を移すとは普通の飲み物やお菓子なども置いてあり充実。


ん??


私はそこにある物に思考が追い付かなかった。


「はな花、どうしたの?」


私が見ている目線の先を麗奈さんが興味深そうに覗く。


「え! ワイン? すご」


「本当だよね」


麗奈さんに激しく同意。


高級そうな箱に包まれたワインが所狭しと並べられている。


仕事場にお酒なんて、流石世界の浅草寺。恐るべし。


見るものが多すぎて時間を使ってしまった。


いつまでもそこにいることは、浩一さんを待たせることになるので欲しいと思うものを直観的に手に取り浩一さんの元に急ぐ。


浩一さんは恰幅の良い男性と話しをしていたけど私たちの姿を確認すると恰幅の良い男性に一礼して私たちのそばに向かってきた。


「すいません。

つい見とれちゃって。」


「すいません。私もです。」


私と麗奈は頭を下げるが、浩一さんはうんうんと頷き。


「気にしないでください。

私もここに就職したとき驚きましたから気持ちはわかります。

私自身、研修の時はパントリーに入り浸ったものですから」


苦笑している。


「いい物は手に入りましたか?」


私と麗奈さんは顔を見合わせてお互いににやりと笑みを浮かべ


「はい!!」


浩一さんは満足そうに頷いた。


=================================


「こちらです」


浩一さんは厚い扉を開き私たちを中に通した。


中は楕円状の机があり、椅子が20脚ほど均等に並べられている。


窓からはビル群を一望できた。


浩一さんは室内の設備について簡単に説明して、仕事場に戻った。


「じゃあ座ろっか?」


「うん」


麗奈さんは窓に近い席に腰をかける。


私は近すぎず遠すぎずの中央辺りに腰を下ろす。


いくら誘ってくれたからとしても、油断してはならない。


静かに過ごしたいから私を誘った可能性もあるのだ。


うんうん。きっとそう。


だから適切な距離を保たなければならない。


やっと心臓の鼓動が休められる。


手に持っていた食べ物を机の上に並べる。


すると麗奈さんが少し困ったように眉をひそめて


「はな花はこーこ!」


麗奈さん自分の場所の隣の席を指さして揺らす。


「その、いいの?」


「いいに決まってんじゃん!

まったくはな花は奥ゆかしすぎるよ。」


「でも」と口に出したのを覆うように


「でもじゃありません。

これは決定事項!

わかった?」


麗奈さんは子供をしかりつける親のように言い放つ。


私はなんとか心臓の鼓動を落ち着かせる。


さっきの言い訳は前言撤回!


麗奈さんの近くに一秒でもいたら、緊張と興奮で休めないからだ!


私は何とか移動しないで済むような言い訳を頭の中で構築するけど、麗奈さんの瞳からの圧と雰囲気に蹴落とされて渋々荷物をまとめて麗奈さんの座る方に向かう。


私が隣に座ると麗奈さんは満足そうに頷く。


そして私の顔をのぞき込むように顔を近づかせてくる。


「よろしくね!」


「よろしく」


優しい笑みを向けられ、胸の奥がもわもわとした感覚が廻った。


=================================


職場体験は思ったより楽だった。


内容としては、新入社員に対しての研修の効果と改善点を伝える事


例えば、金融の知識を分かりやすく教えられているかどうかなどだ。


授業形式で社員の方が私たちに教えていくというスタイルで私でも難なくできた。


私は頑張って改善点を伝えようとするけど、どこか遠慮してしまう。


仕事として改善点を言ってくれと言われているのに。


もしかしたら相手が傷ついてしまうのではないかといった不安が心の中に渦巻いてくからだ。


しかし麗奈さんは違う。


「その用語を普通に使っていますが、たぶんですけど業界用語だと思います。だから使うとしたら事前説明が必要かと」


「ここの箇所重要ですよね?

もうすこーしゆっくり言ってもらえるともっと理解深まると思います。」


「ここ少し眠くなるので、実際の事例とかあったら刺激になりそう」


麗奈さんは社員の方に忌憚のない意見をズバズバ言う。


社員の方も嫌な顔をする所か麗奈さんの意見を熱心に聞いていた。


少しの休憩の時間になり、ペットボトルのお茶に口をつける。


麗奈さんもチーズケーキをフォークで崩さないように切り取り、口の中に放り込む。


よほどおいしかったのかほっぺたを両手で包んで幸せそうな顔を浮かべている。


私は麗奈さんに恐る恐る聞いてみた


「あの、怖くないかな?意見言うの」


麗奈さんはなぜか一瞬悲しそうな顔をして


「ぜーんぜん怖くないよ!

だってさ、私が言わないと困る人がでてくるじゃん?

それに教える側が恥をかいちゃうかもって思ったら教えてあげなきゃって思うかな。」


クスッとはにかむ様に笑い、ポニーテールを右手でやさしく撫でる。


麗奈さんの言う通りだ。


私は相手が傷つくことを言い訳にして言わなかった。


でもこれは相手じゃなくて自分が傷ついたり嫌われたりしたくないがための言い訳でしかない。


私は慚愧ざんきの念を抱き、笑みがこぼれる。


「わ、笑われた!?

今の変だった??」


「いえいえ違いますよ。

かっこいいなって思ったんです」


麗奈さんは目を丸く見開きしばし私の目を見つめた。


そして頬を紅潮させながら


「そんな事言ったってなにもでませんよー」


「いりませんよ」


「言ったなぁ! おりゃー!!」


「ちょ、どこ触っているんですか!?」


「そっちもちょっとは照れろ!」


私を照れさせたいがために麗奈さんが抱き着いてきたり、脇腹をくすぐってきたりと大変だった。


講師の人が来てやっと麗奈さんのくすぐりは治まったけど、私の心臓は暴走列車のように稼働していたから緩やかになるまで体中が熱かった。


まったく麗奈さんはわかってないな。


私は初めから麗奈さんに照れっぱなしなのに。


=================================


【帰り道の一幕】


人身事故の影響により、電車に遅れが出ています。


駅の構内は人の群れがごった返していた。


右を見ても左を見ても、人、人、人。


私は人の群れが大嫌いだ。


だから本来なら、重苦に耐え早く終わってくれと願うけど今は違う。


一秒でも長く足止めされたい。


一秒でも長くぬくもりを感じたい。


私の頭の中は麗奈に対して失礼な事で一杯だ。


でもせめて想像の中だけは許して麗奈。























  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る