龍の家

くにすらのに

龍の家

「かつて龍が棲んでいたと言われています。だって」


「マジか。それにしては意外と入口が狭いかも」


「たしかに。あたしがちょっと屈んで入るくらい?」


「って、中に入っていいの?」


「大丈夫みたい。ほら、頭上と足元に注意しながら見学してくださいって」


 インドア派の俺達も少しは外に出る趣味を作った方がいいんじゃないかと思い付いた結果が今日の登山だった。

 標高は高くなく、それでいて人気の登山コースでもない。電車が来るには少々時間が掛かったが人も少なく二人きりの時間を大自然の中で過ごせていた。


 基本は家でゲーム、たまに出掛けるとすれば声優さんのイベントだったりコラボカフェなどオタク趣味関連ばかり。


 もしそのコンテンツが終了してしまったら俺達を繋ぐものが崩れてしまうかもという恐怖はお互いにあったらしく、登山はあっさり決まった。


「おじゃましまーす」


 彼女の声が洞窟の中に響く。声に反応してコウモリかなにかが一斉に飛び出してくるんじゃないかと身構えたが何も出て来なかった。

 古めかしいとは言え看板が設置されているだけあって、きちんと観光スポットして最低限の整備はされているようだ。


「うおっ! 中は広いんだな。これなら龍が棲んでるって言われても納得かも」


「だね。玄関が狭いから小ぶりなドラゴンが棲んでそう」


 平均よりも少し小さい彼女が屈んで入るくらいの入口から想像できないくらい天井は高く、奥にも空間が広がっていた。足元はともかく、頭上に注意する必要は特になさそうだ。


「全然ゲームと関係ないって思ったのに、結局ドラゴンに導かれてるね」


「こういうファンタジーな伝承っていろんなところにあるからな。だって武将や刀だって女の子にされてゲームになってるんだぜ? 完全にゲーム関連から遠ざかる日は不可能なのかも」


「聖地巡礼みたいにこういう所に来るのも楽しいかもね。今年は海とか行っちゃう?」


「お? 水着なら一緒に選ぶぞ」


「そういうのじゃないから。綺麗な海と空を眺めて世界に想いを馳せるの」


「なんじゃそりゃ。まあ、俺も水着を着てはしゃぐってタイプじゃないし」


「夏までに腹筋を六つに割るっていうならあたしも頑張るけど?」


「…………俺達流で海を楽しみましょう」


 ほんの少し悩んでトレーニングを諦めた。彼女の水着姿はもちろん見たい。見たいがそれよりも今はこの洞窟の奥にはどんな光景が待っているのかに関心があった。


「足元が濡れてるな。ゆっくり進もう。俺が先に行くから」


「うん」


 大小さまざまな石が転がり、日が当たらない洞窟内は全体的に湿っている。電球が道なりに設置されているとはいえ外に比べれば薄暗い。時間の感覚を失ってしまいそうになる。


 チラリと腕時計に目を移すとここに入ってからもう十分も経っていた。


 奥へ奥へとひたすらに続く道をもうそんなに歩いている。その自覚がないことに少しだけ恐怖を覚えた。


「この先に何があるんだろうね。ドラゴンの秘宝とかあったりして」


「かもな。すごく綺麗な宝石とかお社とか。小銭は持ってる? もしかしたら賽銭箱とかあるかも」


「持ってるよ。山の自動販売機は現金しか使えないことも多いって書いてあったから」


「さすが、準備がいいな。……もし賽銭箱があったら貸して?」


「もう! 自分が持ってないじゃん」


 そんな他愛のない話をして気を紛らわせる。たしかに十分経っている。少なく見積もっても五分は絶対に歩ているはずだ。足元が悪いしここに来るまでに体力を消耗してるからペースは遅いかもしれないが、休むことなく歩き続けている。


 天井の高さに龍の棲み家だと納得したが、あまりにも単調で長い道のりだ。俺達が知る龍はたしかに長い体を持っているが、それ以上に翼を広げて横にも大きくなる。


 龍が棲んでいるという設定より、財宝が眠っているとかの方がまだ説得力がある。


「なあ、龍って本当にいたと思うか?」


「う~ん。恐竜は化石があるから間違いなくいた。でもドラゴンは化石がない。化石も残らないくらい完全に滅んだか、最初からいなかったか」


「結構その辺はリアリストだよな」


「でもファンタジーではメジャーな存在じゃない? 恐竜をモチーフにしてそこから創作したのかもしれないし、かつては実在していて生き残った人間が語り継いできたのかもしれない。だから龍の棲み家なんて洞窟もあるんじゃないかな」


「なるほどな」


 先人はこの長い洞窟を龍の棲み家だと設定し、観光スポットに仕立て上げた。実際に棲んでいたかどうかは重要じゃない。それっぽいかどうかが重要だった。


 看板で注意を促したり、電球で照らしたり、山中の洞窟を管理するのが大変だというのは想像に難くない。


「全然景色が変わらないから変なこと聞いちゃったな」


「ううん。たしかに長いなってあたしも思ってた」


「いやほんとそれな。山の反対側に出るんじゃないか?」


「実はもっと広い出入り口があるのかも。そっちが玄関で、あたし達が通ったのは子供ドラゴン用の勝手口とか」


「俺達にとってはデカい山もドラゴンにとっては庭みたいなもんか。その説あるかもな」


「もし本当に反対側に出ちゃったらどうしよっか。向こうにも駅があればいいんだけど……」


「どうにかなるでしょ。龍の棲み家と言ってもそれは昔の話。今は人間が手入れしてる観光スポットなんだから。最悪反対側から頂上を目指して、最初の駅に降りていけばいいんだし」


「だよね。……洞窟のわりに熱くなってきたからネガティブになったのかも」


「少し休憩する? ずっと歩いてたし。腰を下ろすのはちょっと……な感じだけど」


「うん。ちょっと水だけ飲ませて。上り坂ではないけど、足元が不安定で疲れちゃった」


 彼女はリュックからペットボトルを取り出してゆっくりと喉を鳴らした。この洞窟内の暑さは俺も感じていて、そろそろ出口が近いような気がしていた。


 そうは言っても奥に光は見えないのでかなり距離はありそうだ。一旦体勢を整えてラストスパートを頑張る方が良いと判断した。


 俺の判断はたぶん間違えてない。


 間違えがあったとすれば龍の棲み家に足を踏み入れてしまったことだ。

 

 たしかにここは龍の棲み家だった。だけどそれはこの洞窟のことではない。山全体が、それこそさっき俺が言ったみたいに庭みたいなものだった。庭付きの一戸建てとでも表現すればいいだろうか。


 雨も風もドラゴンにとってはどうってことはない。ただ落ち着いて眠れる場所があればそれでいい。


 あの小さな入口は、たしかに入口ではあったんだ。家ではなく、ドラゴンの。


 全て焼き尽くされてしまった。

 最期の一瞬でここまで思考できるんだから人間だってすごいだろ?


 それが俺にできる唯一の小さな抵抗だった。

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