ホンモノ

赤城ハル

第1話

「ここはどうですか? こちらは心理的瑕疵しんりてきかしとなった物件です」

 不動産営業の中川さんが俺を一軒家のとある部屋に通して説明する。

 8畳ほどの部屋。どうやらこの部屋が事件が起こった部屋なのだろう。

 本来なら問題のあった物件なんてNGだが、俺は今、テレビ番組のホラー特集のため、幽霊が出る物件を探していた。

「自殺? 他殺?」

「孤独死です」

「孤独死か」

 それは少し弱いかも。番組内でも怖がらせるというか、しんみりさせてしまう。

 悲しいではなく、怖いが欲しいんだよね。

「では次はマンションを案内しますね。次は殺人ですよ」

 中川さんは『次はすごいですよ』みたいな感じで言う。

「あっ、マンションは駄目です」

「駄目なんですか? 殺人ですよ」

「マンションは撮影許可が取りにくいんですよね」

 テレビ紹介される廃墟とか心霊スポットって撮影許可を取っているものである。

「あっ、それなら住人が1人もいないアパートはどうですか? 取り壊しも決まっているので、許可も取り易いですよ」

「とりあえず紹介してください」


  ◯


 毎年恒例となった夏のホラー特集を制作することとなり会議が行われた。

 会議はさくさくと進んだ。

 俳優、タレント、芸人、バラドルを決めて、あとは撮影場所を決めるだけ。

 そしていつも通りの心霊スポットをチョイスして終わるかと思いきや、プロデューサーが待ったをかける。

「使うのは有名動画配信者を超えるものを使おう」

「は?」

 これにはディレクターは何を言っているんだという顔をする。

「今まで通りでは駄目だと思うんだよね。かといって動画配信者と同じようなものでも駄目だし。ここは動画配信者が撮れないものを撮っていこうと思うんだよね」

 要はコンセプトは動画配信者の似たようなもだけど、こっちの方がすごいんだぞ。みたいなものなんだろう。

「えーと、今までの心霊スポットは駄目なんですか?」

 額を揉みながらディレクターが聞く。

「今までの撮影許可が取れた普通の心霊スポットでしょ? そうじゃなくてガチなやつ。ここ最近で話題になったガチで出るやつ」

「呪われたらどうします?」

「呪いなんてないよ。馬鹿だな」

 じゃあ、なんでホラー特集なんてするんだよと皆は心の中で突っ込んだ。

 そして俺はガチでそうな物件を探してこいとディレクターに命じられてしまった。


  ◯


 夏になるとテレビ番組のホラー特集で心霊現象が多い廃墟での肝試しや、営業中のホテルや宿で監視カメラを取り付けての一泊しての検証があるが。

 ただ、ああいうのは大抵何もないものである。

 いくつか心霊現象の秘密を挙げるなら。

 軋みについては、経年劣化によるもの。特に木造建築は昼夜の気温の違いで柱や梁が膨らんだりして軋みが発生する。

 謎の人の顔などについては、昔の窓ガラスには銀が多く使われていて、それによる光の化学反応で人の顔がかすかに窓ガラスに写ったもの。まあ、写真みたいなもの。

 あとはシミュラクラ現象。それは人は三つの点が逆三角形に配置されていると人の顔に見えるというもの。

 そして昨今多い、監視カメラに映る謎の光は──虫である。実につまらない話。

 ポルターガイストについては気圧の問題。それと上空を飛行機やヘリが飛んでいることで揺れてしまうだけ。

 あと、勝手に引き出しが開くというのは何度も使用していることから開きやすくなったか、床の傾き、先に言った揺れの問題。

 最後に建物と関係ないが髪が伸びる呪いの人形はが原因。人形の髪は一本一本着けられているのではなく、一本の髪を穴に通して、内で返し、別の穴に半分通す。そして穴には糊を付けて固定。つまり一本で二本分ということ。そして時間が経ち、糊が少し剥がれて片方にズレて長くなるというだけの話。

 これらの話はADになってから先輩に教わったもの。

 そのせいかちょっとした程度では怖くはなくなった。

 頭の中ではどうせこういうカラクリなのだろうと考えながら番組制作を行う日々。

 むしろ本物の心霊現象というものに会いたくなったほどだ。


  ◯


 そして俺はとびっきりの心霊物件を探し出した。

 それがこの市外から離れた一軒家。

 現代風の四角い家屋。

 駐車場と8坪の庭付き二階建ての8LDK。

 心霊瑕疵がなければ、そこそこの物件である。

「で? ここは出るのか?」

 撮影スタンバイ時、ディレクターが俺に聞く。

「はい。泊まった人は夢遊病で奇行に走るとか」

「ホントか?」

 そして撮影が始まった。

 部屋には若手芸人がいて、くつろいでいる。

「ここまでは何もないな」

「夢遊病ですからね。寝た時が本番ですよ」

 そろそろ就寝時間ということで芸人がベッドの上で寝始める。

「よし。来ますよ」

「本当か?」

 そして芸人が寝息を立て始めた時、芸人が引っ張られるかのようにベッドの上に立ち上がった。

『来た!』

 俺とディレクターは声をハモらせた。

 芸人は床に飛び降りて、後ろ向きに倒れ始めてブリッジをする。

『おお!』

 そして芸人はゲコゲコと鳴き始めた。

 ひとしきり鳴いてからブリッジを止めて、床に倒れる。

「これって、やらせではないよね?」

「ガチですね」

「おっ、また何かをし始めたぞ」

 芸人は寝ながら着ている服から下着まで全部を脱ぎ始めた。

「おいおい素っ裸になったぞ」

 ディレクターはちょっと困ったように髪をかく。

「あとでモザイク処理しておきます」

「ああ……って、今度はなんだ?」

 芸人が股間へと手を動かす。そしてチ◯ポジが気になったのかと思ったら自家発電しやがった。

 だが、すぐにやめて仰向けから、うつ伏せになった。

「あっぶねー」

「ここは切り取りますね」

「たりめーだろ。放送できねえよ」

 うつ伏せになった芸人はまた仰向けになる。

「またシコんじゃねぞ」

「違いますね。なんかモゴモゴ言ってますね。あっ、カチカチになった」

「妙に癪に触る音だな」

「そうですね。なんか急かされ……動いた!」

 芸人は起き上がり、うろうろと部屋を歩き回る。

 部屋を何周かしてからベッドに乗り、横になる。

 その後は何もなかった。せいぜいつまらぬ寝言だけだった。

「なかなかのものだったよ」

「はい。これはいけますね」

「しかし、眠い」

「はい」

 一晩中映像に釘付けだったため俺とディレクターは眠たげだった。


  ◯


 放送後に一つ問題があった。

 芸人が寝言で女の名前を言っていたのだが、その名前が愛人の名前だったということ。

「なんで流したんですか?」

 芸人が俺に問い詰めてきた。

「お前が愛人の名前を言ったのがいけねえんだろ」

「言ってません。あれは俺の意思ではありません」

「あー、じゃあ、心霊現象ってことだな」

 番組はやらせ疑惑と疑われたが、芸人が愛人の名前を出したことにより、信憑性が高いということになった。

 不幸が発生しなければ、信じてもらえない。

 なんという世の中か。

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