一人暮らしを始めるはずが

板谷空炉

第1話

 いい加減、一人暮らしがしたかった。でも流石に金も無いため、予算は三万円台だ。そんないい物件無いだろ、と思ったらあった。

 そして今、不動産屋と内見に来ている。

「ここ陽当り抜群で、駅に近くて最高なんですよ! しかも1LDKで家賃、三万五千円ですし。」

 最高すぎだろ。ここにしようかな。

『ねえ……』

「でも──」

『ねえ、聞いて……』

 変な声が聞こえる。

「あの、お客様?」

『聞いてよ……』

 女性の声だ。脳内に語りかけている?


『私の話を聞いて……』

 わかった。でもお前は誰だ? 姿は見えないけど、聞いてやるから呪ったりするなよ。

『分かったわ……、私の話を聞いてくれる人なんて、いつぶりかしら?』

 何か悲しくなってきた。もしかしてそんなに長い間、ひとりだったのか?

「お客様……?」

「ちょっと黙って下さい」

「は、はい!」


 不動産屋を黙らせたから、話してくれ。

『ありがとう……。私は昔、ここで死んだの。』

 そこまでは想定内だった。ごめん。

『それで事故物件になっちゃって、ごめんね……。』

 いや、全然良いんだけど。むしろ悪意のない幽霊なら大歓迎だし。家賃も安くなって最高。

『ありがとう……。私、人生に疲れちゃって。好きな人にも振られるし、また出来た好きな人には浮気相手がいて、その現場を見ちゃって。だから此処で──』

 その話、こっちまで泣けてくる。

『幸せそうなカップルを見ると、苦しくて、悲しくて、だから驚かすしか出来なくて……。』

 分かった、もう良い。つまり、愛されたくて、話し相手も欲しい、ってことだろ?

『うん。でも私もう死んでるし、誰も来ないだろうし……。』

 ハア。仕方ない。何とかしてやるよ

『え……?』


「あの、お客様……?」

「俺ここに住みます」

「え、あ、ありがとうございます!」

 それならずっと、一緒に居られるだろ? 俺は転勤のある仕事じゃないし。

『本当? 嬉しい! ありがとう。』

 その瞬間、彼女の姿が見えた。

 白いワンピースがとても似合っており、とても素敵な笑顔だった。

 可愛いな……

『えっ!?』

 心の声が聞こえるのは大変だけれど、まあいいや。

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一人暮らしを始めるはずが 板谷空炉 @Scallops_Itaya

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