それぞれの内見
だら子
第1話
「ねえ、ここ素敵よね。日差しがたくさん入って」
おっとりしたふくよかな女性がしきりに話しかけている。
誰もいない光が落ちる場所に。
この仕事をしていると色々な人に会う。
夫婦2人で内見にくると言って、1人だということはよくあることだ。
事情が変わることはどんな世界でもあるのだ。
まるで新婚ごっこを楽しむかのように、彼女は一人で部屋を確認していく。
しばらくすると、驚いた顔になりその後わたしを睨んだ。
会話を聞かれているのが恥ずかしくなったのだろうか。
「どうして、ここにいるの?」
今にも殴りかかりそうな剣幕。
「どうしてって…仕事ですから」
「どんな仕事よ!!夫を寝取るのが仕事なの?夫を返して!!」
恨まれているのかしら。
わたしを掴もうとした彼女は、わたしの身体をすり抜けた。
*
幻覚がまた見えるようになったのかな。
夫に浮気されて、悪化したのか。
精神的に不安定ではある。
だけどあれは幽霊なんかじゃない。
私が作りだした幻想よ。
待って、ここはどこ。私って生きてる?
そういやわたし、死んだんだった。
※
俺は内見に来ている。
不倫した女と一緒に。
妻は自死したのだ。
だから、俺にはこうするしかなかった。
幸せになんてなれないだろう。
この女はいつもこんな不満そうな顔をしていただろうか?
お互い仕事を辞めて、新しい地で仕事につく。
希望なんて何もない。
あるのは「こうするしかなかった」という絶望だけだ。
*
天国の物件の内見は死後すぐに行われる。
彼女は夫に浮気されて死を選んだ。
天国といえどもまだ人間の心が残っているから、色々なものが見えるのかもしれない。
少し時間が経てば女のことも忘れて、わたしと混同することもなくなるはず。
日差しがたくさん入る部屋。それは、生まれ変わるために必要な部屋。ここで次のお母さんを見つければいい。
この仕事をしていると色々な人に会う。
いや、元人間といえばよかったのか。
そしてたまにわたしは恨まれる。
仕事だから仕方ない。
それぞれの内見 だら子 @darako
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます