内見に導かれて定め
アゴトジ・セボネナラシ
内見に導かれて定め
男は山田と名乗った。
彼は懐から鍵を取り出し、重厚な鍵穴にそれを差し込んだ。山田の後ろで男が口角を上げた。
「エレベーターがあって助かりました」
「たしかに階段はお勧めできないですね」
山田は苦笑した。
解錠された内部に三人は足を踏み入れる。山田に続いて二人の男女が玄関口に立ち、重い扉をそっと閉めた。電子音が静かな玄関に響き渡り、やがて壁に吸い込まれてった。
「オートロックです。さあどうぞ、お履きください」
山田は背負ったバッグから二組の内履きを取り出した。男と女、それぞれが靴を履く。屈んでいた女が顔を上げた。
「ぴったりです」
「丁寧な仕事を心がけておりますから」
山田は上品に微笑み、男女もまた笑顔を突き合わせる。山田が引き違い戸を開けると、和らいだ空気が滑らかな廊下に広がった。
室内は清掃が行き届いている。埃一つない床が彼らの鏡像を映し出していた。山田が壁のスイッチを押し、照明が順次点灯していく。
「キッチンも立派ですね」
「冷蔵庫も備え付けとなっております。他にある備蓄もご利用いただいて大丈夫ですよ」
山田は大量の常備食が詰まった収納の扉を閉めた。そして、彼はリビングルームへの扉を滑らせた。
山田が一足先に入り、男女は部屋を見渡している。
山田がリモコンを押すと、カーテンが二つに割れて左右に滑っていく。その裏に隠されていたものが三人の眼前に顕となった。
一枚の巨大なモニター。リモコンの操作音とともに画面が点灯し、市街を覆う青空、そして、河一つを挟んだ向こうに竚むそれを映し出した。
「あいつをやります」
山田は部屋の中央に向かい、機器類に囲まれた椅子に腰を下ろした。ハンドルを握る山田をよそに、男女の目は街に佇むそれに釘付けになっている。
斜張橋を支える塔の何倍もあるその体高。
「やるって、一体どうやって」
「今からお見せしますよ。OJT、つまり実地訓練です。まず足元を確認してください。冷たいですが、その靴なら大丈夫」
山田は椅子の下部前方にある二つのペダルに足を載せる。狼狽する男女に振り向いた山田の微笑みも、やはり、僅かな緊張を忍ばせていた。
客人の男が胸の前で手を合わせた。
「ここから出してください。お願いします」
「さきほど、鍵が閉まったでしょう。騙したようで申し訳ございませんが、これも仕事ですので」
「じゃあ、どうしたら」
女性が語気を荒げると、山田は自らの口元に人差し指を立てた。男女も何かを察し、息を潜めた。
静寂の張り詰めたリビングをモニターの青空が照らしている。山田の鋭い視線が映像に向かい、二人もそれを辿った。
「始まります」
山田の声が真剣味を帯び、男女は姿勢を正した。モニターを見つめる三人の眼差しは、もうブレてはいない。
そして、山田の口が開く。
「アーバン・ガーディアン、発進」
三人は後ろ向きの慣性を感じる。もう誰も、逃れようとはしなかった。
そして、河から上がった飛沫はにわか雨となり、淡水に塗れた市街地には轟々と、金属音が残響し始めた。
男女は山田の肩に手を起き、山田もまたそっと、微笑んだ。
内見に導かれて定め アゴトジ・セボネナラシ @outdsuicghost
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