内見承り中! こちらトラウマ不動産です

柴田 恭太朗

災害に強い家が欲しい

「はいーっ、ご注目ください」

 蛍光オレンジ色のジャケットを羽織った黒マスク男がオレを振り返った。彼の鮮やかな上衣の背には『トラウム不動産』のロゴが躍っている。彼の身振りは手品師のようにドラマチックであった。


「このカーテンを開けたら、驚くこと間違いなし!」

 黒マスク男はオレが窓に注目していることをシッカリ確認すると、勢いよくカーテンを引き開けた。

「ジャーン! いかがです? なんと二階の窓から富士山が一望できるのです」


 オレは驚いた。目がまんまるになる。なぜなら、富士山どころか山らしい風景は皆目存在しなかったからだ。

「何も見えませんけど」

 素直な感想が口をついて出た。

「またまた御冗談を。私の指をたどって見て下さい」

 半笑いの黒マスク男がオレンジ色の腕を窓外へと伸ばす、彼の指が示すはるか彼方の地平線へとオレは目を凝らした。まるで視力検査でC型のランドルト環を見つめる気分だ。やがて目のピントが合うにつれ、小さな三角形の山っぽいものがジワリと見えてくる。その小指の先で隠せるほどの可愛らしいシルエットが富士山だと言われたら、そうかも知れないと思うけれど。少なくとも黒マスクの不動産屋が興奮して声を張り上げるほど感動的な光景ではなかった。


胡散うさんくせー)

 朝から何度同じセリフをつぶやいたことか。もちろん心の中でだが。


 ここは東京近郊の建売住宅地。オレは胡散臭い不動産屋が運転するワゴンに乗せられ、はるばる田舎道を揺られて内見にやってきていた。それは名前も聞いたことのない、交通不便な新興住宅地。急遽、新居が必要になったオレには贅沢を言っている余裕はなかった。


 なぜなら、ワケあってオレは長らく住み慣れた実家を追い出されることになったからだ。ワケというのは、人生においてよくあるイベント。出産を控えたアネキが実家に戻ってくるってシチュエーションだ。本来ハッピーなはずのイベントも、大邸宅とはほど遠い我が家には深刻な問題となってのしかかった。イベントをクリアするには、アネキとこれから誕生してくる赤ん坊にの部屋を一つ明け渡す必要がある。家族会議の結果、必然的に身軽な独身のオレが家を出るハメになった。実家でヌクヌクと寄生生活を謳歌していた身にとっては痛恨のパーティ追放処分だ。


 とっておきの手品を披露してウキウキな不動産屋と、追放されて意気消沈しているオレが肩を並べて見つめる窓の外では、一陣の風が土ぼこりを巻き上げている。


 オレは赤い土ぼこりが気になった。このあたりが関東ローム層特有の赤土である証拠だからだ。生涯結婚の予定のない独身のオレだからこそ、選ぶなら災害に強い家が欲しい。


 黒マスクの不動産屋は、富士山に感動しないどころか、顔をこわばらせているオレに気づくと心外そうに表情を曇らせる。が、すぐさま何かに合点したように手のひらを打ち鳴らし口を開いた。

「あ、もしかしてこのマスク? 気になりますよね。すみませんねぇ、私ヒドイ花粉症なものでこのまま失礼します」

「お気遣いなく。気になっているのはマスクじゃないので」

「と、おっしゃいますと?」

 不動産屋はオレの顔を怪訝そうにのぞき込んだ。

「この辺りは関東ローム層ですよね、地震に弱い」


「ほほう。お客様、お詳しい。さては防災意識高めですね? おっしゃる通り関東ローム層です。この住宅地だけでなく関東地方のほとんどがローム層なので気にしても仕方ないです。いずこも同じ」

 男は黒マスクの口に手を当て、クヒヒと笑った。誠に胡散臭い。


「この地域の液状化予測は危険度高じゃないですか、ほら見て」

 オレはスマホにハザードマップを表示した。地図は一面真っ赤な色に塗られている。地質ボーリング調査の結果、この住宅街は高確率で液状化するということだ。


「その点はご心配なく。あらかじめ地面には大量の木杭に加え、膨大な数の石材を打ち込んであります。ちょっとやそっとの地震では液状化なんて起こりませんよ」

 不動産屋はキラリンと目を光らせた。

「古地図を調べたら、ここは元々河川域でしたよね?」

「素晴らしい! 土地の来歴までご存じとは」、男はオレンジ色の背をのけぞらせて大げさに驚いてみせた。「でも、ご安心ください。造成前は墓地でした。そのヘンの履歴はハッキリしてますから大丈夫です」


 オレは驚いた。何が大丈夫なものか。墓の上に建った住宅地であることも驚愕だが、正直にそれを暴露する不動産屋の態度にこそ驚いた。

「ひょっとすると埋めてある木杭って卒塔婆? 石材って墓石!?」


 黒マスクは問いには答えず、うっとりした遠い目で語り始めた。

「悠久の昔よりあまたの御霊がやすらぐ大地。浮遊する魂が輝きを放ち、ほのかにお香の薫る大気を呼吸し、くつろぐという贅沢。特殊な来歴を持つ土地に根をおろす誇り。いま鬼籍と一つになる奇跡」

 マンションポエムだ。耳ざわり良さげな単語を並べただけの、無意味なポエム。


「そのまあ奇跡はともかく、祟られたりしませんかね」

 オカルト耐性はある方のオレだが、いざ実際に住むとなると少しは気になる。

「ほら、この壁のあたりをご覧なさい。ちょっと人型のシミが浮いて見えるでしょ? ほらほら、このあたり」

 黒マスクの不動産屋は壁の上を人差し指でなぞった。言われてみると、その部分がうっすら変色しているような気もする。ちょうど非常口に描かれた走る人のピクトグラムに似ている。


「これはウワサですけどね、ここに大工を塗り込めてあるんです」

 なぜか不動産屋は声を潜めた。ここにはオレたち二人しかいないというのに。

「まずいでしょ、それ」、オレは声を荒げた。

「工程を急いだからコンクリ流し込むときに逃げ遅れたんでしょうねぇ。仲間の大工が気が付いたときはもう息をしてなかったから、そのまま埋めちゃえってことになったらしいですよ」

「そんなヒドイ」

「よくある人柱ってヤツです。だから祟りなどスーパーナチュラル方面の対策もバッチリというわけです。何度も言いますが、あくまでもウワサですよ、ウワサ」

 オレは信じられなかった。きっと不動産屋がを言っているに違いない、そう思い込むことにした。さもないと、今回の内見はトラウマになりそうだ。


 オレは話題を変えることにした。

「納得してないけど、液状化対策に問題はないとしましょう。では洪水はどうですか。近くに河川がありますが」

「その点も大丈夫。この住宅は気密性が高く、もし洪水にあった際には家全体がフワリと沈んだりもぐったりする構造です」

「へぇ、つまりプカプカと水に浮くってことですね」

 事実、増水した際、水に浮かぶ住宅がある、かつてテレビで見たニュース映像がオレの脳裏に浮かんだ。対洪水住宅なんて素晴らしいではないか、これまでの欠点を帳消しにするほどのメリットだ。


「ま、正確に言うともぐったり沈降したりですけどね」

「待って。ちょっと待って。それ沈んでいく一方では?」

 オレは自分の早とちりを後悔した。コイツは胡散臭いトラウム不動産の社員だった。『あなたに最高のトラウムをお届け』というキャッチコピーで売り出し中の悪名高いトラウムグループの一企業だ。


 眉間にシワが寄り始めたオレを取りなすように、黒マスクの不動産屋が早口で説明を始めた。

「防災に関心があるお客様なら、被災時の水問題にご興味ありませんか?」

「まあ気になりますね」

 地震などでライフラインがストップした際、困る要素の一つが飲料水の確保だ。


「この家には地下水をくみ上げる井戸があるんです」

 黒マスク男は、ここがセールスの勝負どころと見たのか一気呵成にまくしたてた。オレの手を引き、勢い込んで階段を駆け降りる。手首をつかまれたままオレは転げるように、家の一階にあるキッチンへと導かれた。


 黒マスク男が「ジャーン」と胡散臭い効果音を口で言いながら、キッチンの床にしつらえられた地下収納扉を開ける。そこには暗い口をポッカリと開けた井戸があった。フタもされていない井戸が怪しくオレをいざなう。


「お客様、この中を覗いてみてください」

 言われるままに、オレは深く暗い井戸をのぞき込んだ。


 そこに見えたのは井戸の底から今まさに這い上がろうとしてくる白襦袢の長髪女。

 オレと女は同時に互いの姿を認め、凍りついたように視線を絡ませた。


 ヒリついた時間が流れる。

 運命の歯車が回った瞬間であった。

 オレと黒髪女はしばし見つめ合った後、互いに頬を染めた。


「行ってらっしゃい、お幸せに」

 黒マスクの不動産屋は背後から井戸の底へ向けてオレの体を押した。


おしまい

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