少女戦士アクアマリンの内見
市野花音
第1話
「本日内見を担当します
「よろしくお願いします。
「
しゃんと背筋を伸ばし、滑舌良く自己紹介をしたのは白い髪に瞳に肌をした、三拍子の白雪の如き美しい少女・天野恵。
恵という白雪の少女の隣に立ち、黒い髪に黒い目を持つが隣の恵と比べると特徴のない少女・黒崎朱音である。
「そして、こちらが
「よ、よろしくお願いします!」
恵に紹介されたのは茶色の髪に水色の瞳、愛嬌のある顔をした少女・歌川奏だ。
「はあ、よろしくお願いします……?」
不動産会社の滝口という女性は怪訝そうな顔をした。それもそうだろう。住宅の内見にやってきたのが十台前半の少女三人、しかも苗字が全員違い続柄が不明、おまけに髪が白い人と目が青い人まで居るのだから。
「案内をよろしくお願いします」
「ああはい、ではまずこちらが玄関です」
三人が一軒目の内見に来たのは3LDKのマンションである。三人暮らしにぴったりだ。
最初に滝口が案内した玄関はごく普通の広さで、三人暮らしにはちょうど良い。靴箱の上に写真縦でも飾ろうか、と思案して奏は楽しくなった。
「あの、この部屋の鍵って頑丈ですか?」
「はい、下のエントランスはオートロックです」
「弾丸で打たれても平気ですか?」
「は?」
「ちょ、恵!」
今まで黙っていた朱音が慌てて恵の口を塞ぐ。もごもごと恵みが無表情で呻いた。
「すみません滝口さん、この子厨二病の季節で……。最近、なんだか変な生き物が現れたから警戒してるみたいで……」
「ああ、あの黒い
合点がいった滝口は顔を曇らせた。
半月前、謎の黒い靄の様な生物が出現し、人々を襲い始め、日本中を激震させた。その生物はどこからともなく現れて消え、後は破壊された街と襲われた人だけが残る。まさに見えない恐怖に、人々は混乱し、暴動が起きた。
そんな中、彗星の如く現れた者達がいた。
「その黒い靄みたいな物を退治してくれる人がいるらしいけれど、やはり心配よね。御三方はまさか子供だけということでは……」
「いえいえ!住民票を移すのはあたし達だけですけど、あたしのママとか、恵の保護者とかちゃんと来ますから」
「ならいいですが……」
まだ疑わしそうな滝口に、奏は用事で来れなかった朱音の母と恵の保護者がいればよかったのにと心から思った。
唐突に自己紹介をしよう。歌川奏、黒崎朱音、天野恵の三人は、神の力を借りて変身し、敵と戦う少女戦士であり、救世主の乙女だ。
突如として現れた謎の生物とは、この地球を侵略せんとする異界の手のもの。「
神曰く、影月は下っ端のエージェントらしい。それでも日本が対抗できず激震が走ったのだから、戦闘力はかなり高い。まだ数えるほどしか影月と戦っていない奏ででもわかる。影月を差し向ける異界のものがどれだけ強いのか。考えただけで身震いがする。
今日三人が内見に来たこの部屋は、少女戦士としての隠れ家として使用する予定である。
つまり、とても重要な日なのだが……。
そのまま、お風呂場、トイレ、キッチン、リビング、ダイニング、ベランダとそれぞれの場所を見ていく。
お風呂場では掃除型人間の朱音が水垢ひとつない綺麗なさまに目を輝かせていた。
キッチンでは料理型人間である奏が広々としていて綺麗な空間に喜びの声を上げた。
ベランダから見える空は狭く、三人は一様に自分たちの家が遠くなることを感じた。
「此方が南向きの洋室です」
営業スマイルを保っている滝口がドアを開けると、そこは大きな窓がついた明るい部屋であった。
「おお、いい部屋ですねぇ」
恵が目を細めて日向に近づくと、ゴロンと優しい木目の床に寝っ転がった。
「え、あの、恵さん?」
「ちょ、やめてよ恵、人様が見てる前で……」
朱音がすかさず恵を起こそうとするが。
「……駄目だ、寝てるこの人……」
「えぇ……」
恵は頬を床に押し付けてそれはそれは幸せそうな顔で眠っていた。まさに天使の笑みであるが、残念ながらそれを堪能できるような時間ではないのである。
「もう何やってるの恵〜っ」
朱音がキレ気味に恵を譲ったり控えめに頬を叩いたりする。
しかし恵が起きないと見るともはやビンタではないかというレベルで振りかぶって叩こうとしたので慌てて滝口が止めた。
「止めないでください滝口さん、恵はこうでもしないと起きません」
「いえそこまでしなくていいでしょう!」
言い争う二人に、奏はオロオロすることしかできない。
「どうしよう……」
「お姉ちゃんがどうにかしてあげよっか?」
「え?」
すぐ近くで声がして顔を上げると目の前に奏と同じ水色の透き通った瞳をした少女がいた。毛先が青色に染まった髪は肩で綺麗に切り、耳につけた貝殻の飾りが茶毛とともに揺れる。
「……ちょ、ちょっと
「なんか奏が困ってるみたいだから」
奏の姉・歌川澪は水色の右目を器用に閉じて小首を傾げた。
「えっと、澪さん?」
「……ええと、歌川様のお姉さまでしょうか……」
朱音と滝口が澪に気付き声をかける。
「はい、歌川澪と申します。内見にお邪魔してしまってすみません」
「……いえ、まぁ、リモートですし、そういうこともあるかと……」
そう、奏は本日の内見にリモート参加であった。
今奏と澪がいるのは家具のないマンションの一室ではなく、慣れ親しんだ海の底の家。
自己紹介を続けよう。歌川奏は、海で暮らす人魚である。
椅子に腰掛けた奏の腰から下は鱗に覆われた魚のひれの形をしており、滝口が見ている朱音のスマホ画面には上半身しか写っていない。
奏は少女戦士になったことでひれを人間の足に変えることもできるようになったが、それには時間制限がある。
三分である。
圧倒的に短い。朱音も「特撮のヒーロー並みじゃん……」と言っていた。はて特撮とは。
住宅の内見が三分で終わらない以上、陸地を歩くことができない奏が現地に行くことはできない。
故にこうしてリモートで内見という形を取ったのだ。
「あ、あの、ちょっと待っててください!」
そういうや否や奏は画面と音声をオフにした。
「澪お姉ちゃん、ひれ見せないように気をつけてね。あと、部屋入って来るときはノックしてよ!」
「したけど返事なくてなんか困ってるみたいだから来ちゃった」
「もう、お姉ちゃん……」
「で、何があったの?」
「恵が起きなくて……」
「ああ、あの天使の子かぁ」
奏が人魚であるように、睡眠中の天野恵も天使である。影月に対抗する神に仕え、影月が異界からやってくる際にできる空間の歪みを直す役割を担う天使の少女戦士なのだ。
「だったら、目覚めの歌を歌おっか?奏は眠りの歌のほうが得意だし」
人魚は歌によって生み出した泡で、様々なことが出来る。奏は敵に泡をぶつけて眠らせたり、朱音と恵みを海に招く時に息が吸えるような泡を出したりしている。様々な術がある中で、澪は眠りを覚ます泡の歌が得意だった。
「あ、その手があったか……。でも一般の人がいるんだよ?人魚だってバレないかな」
「大丈夫だよ。歌の泡はただの人には見えないし、歌で人を惑わすのは人魚じゃなくてセイレーンなのが相場だから」
「……前半はともかく後半はその理論で本当に大丈夫なの?」
不安は尽きないがとりあえずやるしかない。少女戦士として、大切な内見の途中なのだから。
「おまたせしました。えっと姉が、目覚ましの歌を歌ってくれるそうなので、少しお時間いただけますか……?」
「……………なんですかそれは……?まあ、時間はまだありますのでご自由に……」
「……お願いね、澪さん」
滝口の許可も降りたので、澪は艶めく唇を開いた。
「〜ーーー」
澪が紡ぐ旋律が、泡となって飛び出していく。泡はヒレが映らないように奏が持っているスマホに吸い込まれ、朱音と恵と滝口が三人がいるマンションへと泡が移った。
黙って話を聞きながらも恵を軽く叩いていた朱音のスマホから泡が現れ、恵に吸い込まれていった。その泡が見えたのはマンションでは朱音だけだった。
「……ん」
恵が小さく声を漏らしたあと、白い瞳を開けた。その様子に、朱音と滝口、スマホから奏でと澪の視線が集中する。
「あ、」
自体に気がついた恵は跳ね起きると、
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
見惚れるような美しい動作で土下座した。
「……ええっと、顔上げて、恵ちゃんだっけ?」
最初に声をかけたのは澪だった。
「貴方は……奏さんのお姉さんの澪さんですか……?……ああ、あなたが私を叩き起こしてくれたのですね……ありがとうございます」
「叩いてはないけどね!」
澪はからりと笑う。
「ほ、ほら、気にしてないわけじゃないけど過ぎたことだから、頭あげて!」
「そうそう、人のつむじ見てるといたたまれないんだよ。内見を続けよう?」
必死に説得する奏に便乗して
「……ありがとうございます、奏さん、朱音さん。滝口さん、中断してしまって申し訳ありません。再開していただけますか」
「…………はい、続けましょうか」
恵は立ち上がり、滝口が頷いた。
「では、私は戻りますね」
澪はフェードアウトしていった。
そんなこんなで少女戦士三人の隠れ家は決まったのだった。
尚、後日あらためて滝口へ謝罪に向かった恵がそこから大事件に巻き込まれることになるのだが、それはまた別の話である。
少女戦士アクアマリンの内見 市野花音 @yuuzirou
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