第2話 購入希望者と社会見学者

さてと困ったものだ。

担当者が待ち合わせ場所に指定した公園の中央にある噴水。

そこの脇にあるベンチに座り担当者を待っている時に俺は声をかけられた。

「鳴滝……誠也さんですよね?」

聞き慣れない声に名前を呼ばれ顔をあげると、そこには10代の少女が俺を見つめて立っていた。

「あ、はい。自分が鳴滝ですが、……どちら様でしょうか?」

見知らぬ少女を警戒しつつ俺は答える。

仕事がら見ず知らずの人と話をすることは少なくないが、見知らぬ少女にいきなり名前を呼ばれる経験は生憎と初めてだ。

「よかった! 間違えていたどうしようと思っていたんです!!」

少女はぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを全身で表しているが、俺の質問には答えてくれない。

「今日はご一緒させていただきますのでよろしくお願いいたします!」

被っていたベレー帽を外しながら深々と頭を下げる。

その可愛らしい行動に俺は思わず笑ってしまった。

「人が真面目に挨拶しているのに笑うなんて失礼じゃないですかー。」

少女が頬を膨らませると、かけている少しオレンジ色が入ったレンズのメガネごしに俺を睨む。

美人というよりはカワイイが先立つまだ子供っぽさを残す顔立ちはやや大きな目が特徴的だ。

「しかし、君。俺とどこかで会ったことあるのかい?」

悪意などはなさそうなので、しばらく彼女の話に付き合ってもいいかと思い、俺は改めて確認する。

「いえ、今日が初めてですよ。」

さも当たり前のように返す彼女に、俺は混乱する。

なんで初めてあった少女が俺の名前を知っているんだ?

それを問いただそうとした時だった。

「鳴滝さん。 お待たせしました!」

別の方向から俺を呼ぶ声がした。

そちらを向いてみると、スーツ姿の若い(と言っても目の前の少女よりは年上)の女性が足早に近づいてきていた。

飾り気のないセミロングの髪を無造作に後ろで束ねたその姿は、待ち合わせをしていた担当者だろう。

名前は、……ちょっと忘れてしまったが、今日は売買契約まで終わらせてしまう予定なので、それまでの付き合いになるから問題はないだろう。

「待ち合わせの時間に遅れてしまい、大変申し訳ありません。ちょっと問題が起こりまして……。」

「いやいや、そんなに遅れてはいませんし、それにちょうどその子と退屈しのぎも出来ましたので。」

頭を下げつつ謝罪してきた担当さんに、少女を指さしながら俺は答える。

「退屈しのぎ?」不思議そうに聞き返しながら、担当さんは俺の指差す方を見る。

するとキョトンとしていたその顔を怒りとも驚きとも言えない表情へと変えていた。

「姫野さん!!」

急に大声を出す担当さんに俺は驚き思わす後ずさる。

「あなた急にいなくなったと思ったら、なんで先にクライアントに接触しているのよ!」

担当さんは俺がいるのを忘れたかのように少女へ食ってかかっていた。

「いや~。 やっぱり初仕事ともなるとご依頼主さんの事早く知りたくなるじゃない。」

その少女は気にした風もなく笑顔で答える。

その態度に更に何かを言おうとする担当さんだが、やることを思い出したかのように、改めて俺の方を向くと深々と頭を下げてきた。

「大変、申し訳ございません! 先にお話しておくべきでしたが、彼女は本日社会見学としてわたしに同行します『姫野良子』と言います。」

そう言われて俺はようやく合点がいった。

住宅販売会社の関係者なら俺のことを知っていても何らおかしいことは無い。

それに、彼女の積極性にたいし俺は正直なところ悪い感情はない。むしろその好奇心が強いところは好ましいとも言えた。

「ああ、そういう事であれば問題はありませんよ。 最初はなんで私の名前を知っているのか分からなくて驚きましたが。」

俺の回答に一瞬だけ担当さんは姫野に鋭い視線を送るが、すぐに視線を俺に戻した。

「それに内覧会なら、付いてきても問題は無いですよ。家を見るだけですからね。」

それを聞いて担当さんは助かったと言う表情を見せると、改めて深々と頭を下げてきた。

「では三人で行くとしましょう。時間もありますから出発しましょう。」

これ以上、公衆の面前で女性に頭を下げさせ続けるのは居心地がわるいので、俺は担当さんに話を切り出した。

まぁ、時間があまりないのも事実だが。

「そうだよ! 早く行こうよ鳴滝さん!」

姫野と呼ばれた少女が俺の手を引き始める。

「姫野さん!!」

担当さんの怒りが響き渡った。

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