カクリヤ売ります

サイノメ

第1話 大きな手違い

「なんでそんな事になるんですか!」

 デスクに座っていた課長が思わず立ち上がり叫んでいた。

 たしか課長の端末にかかってきた通話に出てすぐだと思うけど、常に「私、クールですから」と主張しているような表情の薄い顔が驚愕に歪んでいるのが見える。

 なかなかおもしろい顔してるなー。

 あたしが観察していることに気が付かないのか、課長は表情を崩したまま席に座り直すとそのまま通話先と会話を始めた。

 口元は普段の落ち着いた感じになっているけど、目元はまだ見開いたままだ。

 とりあえず詳細は分からないけど、何か緊急のトラブルが起きたことは理解。

 アルバイト社員たるあたしは面倒事には巻き込まれないように、こっそりと席を外す。

 課長の視線の影になるように腰をかがめ抜き足でコソコソ移動しようとしたら不意に誰かが後ろから掴みかかってきた。

「勝手に体に触るなんてセクハラだ!」と叫びそうになったが無駄なので止めた。

 このオフィスには現在あたしを含め三人居るのだが、残念なことにみんな血縁者みたいなモノだったのだ。

 まあ、なんで仮に他の社員さんが戻ってきて現場を見ても、姉妹か従姉妹がじゃれ合っている程度にしか思われないだろう。

 渋々と襟首を掴んでいる相手を見る。

 やはり思ったとおり。

 課長が笑顔であたしを見下ろしていた。

 よく見たら細めた目が笑ってないし……。

「まだオフィスに居てくれて、ちょうど良かったわ。」

 あくまで笑顔を崩さない課長が話しかける。

「いやー、手元の仕事もなくなったし帰ろうかなと、ほら本業学生としては宿題もあるし。」

 あさっての方を見ながら答えるあたし。

「あんた、さっき仕事してるふりして宿題やっていたじゃない。その分、就業時間から差っ引くわよ?」

 笑顔が一転し本気マジの怒り顔で返してくる課長。

 チッ、バレていたか。

「それは手元の作業が終わっていたけど、一定の時間は待機してなきゃいけなかった訳だし……ねっ!」

 あたしはなるべく可愛い感じに、両手を合わせてウインクしながら答える。

「なら、その待機中に来た仕事だから、ちょうど良いじゃない。」

 再び笑顔になった課長が答える。

 あーこれは逃げられないヤツだわー。

「分かりましたよ、やりますよー。」

 あたしは観念し、うなだれながら言った。

 すると「よろしい」と言うと課長は襟首から手を話し席に戻る。

 あたしものそのそと課長の席の前に行く。

「で、今回の仕事はなに? また政府絡みの非公開案件の調査とか?」

 あたしは投げやりに問いかける。

 ちなみに先日、非公開案件が1件処理されていたので、そうそう政府から依頼が来るとは思えないけど。

「今回は、とある実験用に作られた家屋が仲介業者の手違いで販売されているので、その売買契約を阻止することよ。」

 なんでこんな事に回天堂うちが介入する必要があるんだろう?

「この実験には直接的ではないけど回天堂も絡んでいるのよ。それに他の関係各所にはウチみたいな部署は無いようだし。」

 ちょっと困ったような顔をする課長。

 一見クールそうに見える課長だが、実際は様々な表情を見せる。

 そのギャップで他の会社の人とかはコロッと騙されるようだけど、あたしはそうはならない。

「そんなの、あたしに頼むよりいつもの様にクラッキングでもして、予定事態を破棄させればいいじゃない?」

 課長の指示に反論してみる。

「時間が有るならそれでも良いんだけど、今日これから売買契約の締結を兼ねた内覧会が行われるらしいの。」

 イヤマテ。今なんて言った。今日契約だと??

「なんで、そんなギリギリになって分かったのよ……。」

 ふてくされる様に言ってやった。

「調べによると、お客との交渉がトントン拍子に進んだようね。」

 急ピッチで売買契約の話が進むって、購入予定者は焦ってでもいるのだろうか?

 あたしはそう思いながら、次の質問をする。

「内覧会の取り消しは不可能だけど、参加者に紛れ込ませるのはできるわ。今回はそこに紛れて購入予定者と接触して。」

 そう言いながら課長は手元の端末を操作すると、Pin!とあたしの腕の中の端末が音を立てる。

 端末をつけるとそこにデータベースから拾ってきたであろう、人物情報が書かれていた。

「内覧会の会場はこの近く。集合場所や時間は資料を確認して。」

 それだけ言うと課長は机に向かい机上のモニターに目をやり始めた。

 拒否権も何も無いのかと半ばあきらめつつ、あたしは資料を再確認した。

 そこにはどこにでもいそうな20代の男性の顔と『鳴滝なるたき誠也せいや』という名前が記載されていた。

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