カップルの喧嘩・ペンギン編

卯野ましろ

カップルの喧嘩・ペンギン編

 最近オレは彼女ハニーと共に、新しい生活を始めた。新しいというのは、同棲のことではない。変化があったのはオレたちの住む場所、生きる場所だ。

 オレたちペンギンは徐々に進化し、とうとう人間社会への進出を果たした。オレたちのようなペンギンもいれば、生まれ育った地から離れない者もいる。

 新しい暮らしに全く不安がないわけでもないが、それ以上に楽しみが大きかった。オレもハニーも、ずっと人間社会で生きることに憧れていた。オレたちは付き合い始めたときから「いつか人間社会で、一緒に暮らそう」と約束していた。

 そして自分たちが驚くほどの進化を遂げたオレたちは、人間社会で生きられるようになったことに喜び、すぐに新居を探し始めた。緊張しながらも、真剣に住宅の内見をした結果、オレたちは良い家で同棲することになった。


「……幸せだな……」


 スーパーでの買い物を終えたオレは、人間の言葉で、日本語で呟いた。買い物中も、帰り道も、いつだって多くの視線を感じる。まだ人間たちから珍しがられるオレたちだが、やがてそんなことも終わるだろう。騒がしい中、オレは足を進めた。愛する者が待つ新居へ。




「ただいまハニー」


 帰宅したオレはハニーに挨拶をしたが、返事がない。


「……もしかして昼寝か?」


 オレたちペンギンは、独り言を積極的に発する。その理由は、人間の言葉に慣れるためだ。


「おーい、ハニー……」


 オレは買ったものを片付けた後、部屋を覗いた。そして、


「ゲェッ……!」


 ここ最近ずっと楽しかったオレに、久々のピンチがやって来た。


「……あんた……」


 怯えるオレの目の前にいるのは、かわいいハニー。

 しかし、今はかわいいというより怖い。


「何なのよ、これはっ!」

「うわあーっ!」


 ハニーは鬼の形相で、ものすごいパワーでオレにものを投げ付けた。ハニーがオレに向けてきたそれらは……。


「何がペンギンエボリューションよ! こんなところまで、進化することないでしょうがあっ!」

「ご、ごめん! 悪かった!」


 オレはハニーの目の前で土下座(っぽいこと)をした……人間の女性たちによる、お色気DVDや写真集に囲まれながら。

 漢字で「人鳥」と表す、オレたちペンギン。ペンギンたちは人間に対しても、そういう感情を持つようになってしまった。

 ペンギンの女性にはない魅力を持つ、人間の女性。既にハニーがいるオレは、見るだけでしか、人間の女性を楽しむことができなかった。人間社会で同棲する際に、隠し持っていた宝の数々を捨てようとも考えていたオレ。それでも結局、全て処分できなかった。ハニーにバレないようにしていたものの、万事休す。


「あたしの裸見て興奮しなさいよ!」


 怒るハニーを見て、オレはハッとした。そうだ、いつもハニーは裸だ。それに対して人間の女性は、常に服を着ている。

 でもハニー……申し訳ないが、君が裸でもオレは興奮しない。もうペンギンはその状態が基本だから、裸はもちろん、脱ぎ出す人間の女性には敵わないだろう。残念ながら、あのドキドキはペンギンにはない。


「コラァッ! あんた、全く反省していないでしょっ!」

「イテテ! すみませんでしたっ!」


 怒り狂うハニーは、オレの体をつついた。

 こうしてオレは、お色気コレクションを手放すことになった……と思っていたら。


「ねぇダーリン……あたしも、あんたと同じみたい……」

「えっ!」


 その後、ハニーは人間の男性に興味を持ち始めた。どうやらハニーは人間によるイケメンボイスとやらに、ときめいてしまったらしい。そういえば昔、水族館の男性スタッフに恋していた、ペンギンの女の子がいた。その子も声フェチだったとのこと。

 幸いオレは、お宝とさよならしなくて良いこととなった。その代わりハニーも人間の男性による何かしらを集め始めた。あれだけ怒っていたハニーだったが「あたしが恋をするのはダーリンで、ダーリンが恋をするのはあたしなら良いでしょ」という結論を出した。うん、それでOKだと思う……きっと。

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