最終話:いい物件ありますよ?

 僕たちは先代の永谷さんと一緒に4000号室まで来ていた。



「はぁーはぁー、きつかった……」


 僕は思わず管理人室で座り込み、そう言う。

 先代の管理人さんである永谷のお爺ちゃんはお茶を入れながら言う。


「まだまだ若いのだから、もっとシャンとせんといかんよ?」


「あ、ありがとうございます」


 前田さんたちはお茶を受け取りながらお礼を言っていた。

 僕も何とか背中の大きな荷物を降ろして、テーブルに座ってお茶をいただく。


 しかし、ここまで来るのは本当に大変だった。

 魔物は強いし、住人は変なのが多くて難癖付けてきたりと。

 賢者の先代の永谷さんがいなかったら、色々と危なかったかもしれない。


 受け取った湯呑を両手で持ってみる。

 香りのいい緑茶だった。

 一口すすってほっとする。

 やっぱり日本人はお茶だよなぁ~とか思っちゃう。



「さて、儂はここまでじゃが、おぬしらは更に奥深くへと行くのかの?」


「ええ、出来れば8000号室を目指したいですね」


 前田さんは出された茶菓子をほうばりながらそう言う。

 ビニールに包まれた奴をひねって取り出す、四角い三色のゼリーみたいなやつで、表面にざらざらの砂糖が付いているとても甘いお菓子だった。

 他にも子袋に入ったモナカや、豆、気を付けないとバラバラになりやすいくるくるとまかれた焼き菓子なんかもある。

 それがお約束のお茶請け用の丸い木の器に入って出されている。

 実家の近くの農家さんでお茶を出されるとよく目にするやつだ。


 僕は好物のそのバラバラになりやすい焼き菓子を取って、包装のビニール袋を開けて、砕けたモノを先に口に流し込む。

 そして焼き菓子をビニール袋から全部出さずにぱりぱりと食べ始める。

 こうするとこぼさずに最後まで美味しくいただけるのだ。



「8000号室か…… しかし今のおぬしらの装備ではあそこまでは危険じゃろう。どれ……」


 そう言って先代の永谷さんは奥の部屋からいろいろな装備を持ち出した。

 銀色の鎧や、剣に盾。

 魔法使いが使うような杖や、刺しゅうのしっかりと入ったローブ。

 忍者が使いそうなかぎ爪のついた小手や、赤いマフラー。

 そして、動きやすいけど防御力が上がりそうな皮も使った服なんかも出してきた。



「お前さんたちのその装備では不安じゃからの、これをやるわい」


「いいんですか?」



 手渡されたそれらは、どれもこれも素晴らしい物だった。

 福田さんなんか鑑定魔法を使って喜びの声を上げている。


「その代わり、儂の父に会ったら伝言を頼む。『住民名簿と退室者』を8000号室より奥深くの分かる範疇で教えて欲しいとな。住民は皆真面目でちゃんと家賃の振り込みを銀行でしてくれるのじゃが、領収書を書くのに誰が誰だかわからんと、税務調査の時に厄介なのでな」


「そうですか、分かりました」


 そんなやり取りをしているのを横目で見ながら僕は思う。


 いや、それ現役で息子の永谷さんの仕事なんじゃないかって。

 と言うか、ここまで深い所に住んでいる人たちもちゃんと家賃払ってるの!?



「あ、あのぉ~つかぬことを伺いますが、この辺の御家賃っていくら位に成るんですか? 僕、今300号室辺りに住んでいるので、参考までに……」


 思わず興味本位で聞いてしまった。

 すると先代の永谷さんはぺらぺらと台帳をめくって言う。


「そうじゃのぉ、8001号室で80円かの?」


「やっすっ!」


 奥に行けば行くほどお安くなるのは不動産屋さんに聞いていた。

 しかし、ここまで来ると、もうほとんどタダ同然ではないだろうか?


「こ、この辺に入居する人っているんですか?」


「最近は少なくなってきたのぉ。店子が多いので部屋も空き部屋が少ないしの」


 と、ここで管理人室の扉がノックされる。

 先代の永谷さんは「そう言えば」とか言って扉を開けると、あの不動屋さんが立っていた。


「永谷さん、御用があると聞いて伺いましたが?」


「ああ、この辺も空き室が増えたんでな、また頼むよ」


「はいはい、分かりました。おや? 君は……」


 その不動産屋さんは僕を見るとにっこりと笑う。

 その節は僕もお世話になったので軽くお辞儀をする。


「いかがですか? ここって良い物件でしょ? ここまで深く来られるのなら、この辺のお部屋もお世話しますよ? 更に奥に進むには中継点で使うのには良いお部屋もありますしね」


 不動産屋さんのその言葉に僕は、思わずごくりと唾を飲み込む。

 ほとんどタダ同然の家賃。

 そしてゴブリンあたりを倒しても簡単に百円くらい手に入る。

 しかも奥深くで倒した魔物なんかはお宝箱をドロップしてくれる。


「あの、そのお話もう少し詳しくお願いします」



 僕は思わずそう言ってしまう。

 だって、あまりにもいい物件なのだから……




―― おしまい ――



**************************************

あとがき:


 まずは、ここまでお付き合い頂いた読者様に感謝いたします。

 お題が出され、一話完結とか思っていたんですが、「長編への道のり賞」へチャレンジしてみたくなり、一旦掲示した「完結済」を撤回してしまいました。


 「内見」って部屋を借りた事無い人にはピンと来ないかもしれませんが、実際に行って見て自分で確認しないと、後でとんでもない事になりやすいのでちゃんとやった方がいいです。


 学生時代に、借りた部屋の押し入れの奥に張られていたお札を見た時にはぞっとしたもんです。

 幸いにもなにも出ずに済みましたが、一年で他の所へ引っ越しちゃいました(笑)。

 あの部屋、立地に対してやたらと安かったしなぁ~。


 まあ、そんな部屋の中で初めて上京した時に入った学生専門のアパートが本当に玄関一緒、トイレ共同、でも二食大家さんがご飯提供と言う所だったのでですが、物語に出てくるような長い所でした。

 共通玄関を入ると、廊下の左右に部屋があって、奥に行けば行くほど暗くなってと。

 もうあのアパート無くなっちゃったらしいですが、当時も結構有名な場所だったらしいですね。

 あの場所でご飯付いて、ひと月六万円ってのは破格でした。

 問題はあまりおいしくないご飯だったという……

 そこも一年で出ちゃいましたね~、だって部屋は四畳半と書かれていても、押し入れが半分の大きさでその上にベッドと言うか、ロフトもどきがあるってところだったから……

 押し入れ含めて四畳半なんですよ(苦笑)。

 座って半畳、寝て一畳とか言われますが、本当にシングルの布団がぎりぎり入る、ドラ〇もんを実感できる凄い場所でした。

 今ではいい思い出ですが、三畳の生活スペースは流石にきついですよ。

 こたつ置いたらぎゅうぎゅでうもん(笑)。 

 

 即興で書いてきた「いい物件ありますよ?」でしたが、楽しんでいただけたのなら幸いです。

 さて、他の作品の続きを書きましょう!


 

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いい物件ありますよ? さいとう みさき @saitoumisaki

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