十八話 野宿

 野宿は構わないが、道具も準備も何もしていない。


「そんなのどうとでもなるわ! たった一泊よ、雨さえ凌げれば問題ないわ」


 俺の心配をローラは一笑に付した。まぁ、そうだよね。空を見れば雲もなく、天気は問題ないだろう。


「ローラは、野宿というか野営というか、経験あるの?」


「あるわ。当たり前よ? 私はまぁいいとこの出だけど、それでも獣人よ? 多分人間よりは狩猟に出る機会も多いし、そもそも街を挙げての狩猟祭もあったしね。長い時は一週間くらい猟に出突っ張りだった時もあるわ」


 ……。


 意外過ぎる回答に言葉をなくした。なんかやっぱり、この世界って厳しいんだなぁ。転生後俺もだいぶ辛い思いをしてきたけど、少しでも生活が安定してしまったらやはり昔の日本での生活を思い出してしまう。いつか心からこちらの世界の住人になることは出来るのだろうか。


「じゃあ、悪いんだけど野宿の準備をお願いできる? 正直何をどうしたらいいのかあんまり分からない」


「もちろんよ。アタシが宮殿よりも居心地の良い野宿というものを教えてあげるわ!」


 そんなものは絶対にない。あえて言うなら大自然を素肌で感じられる事くらいではないかな。わりと命懸けだけど。


 宮殿よりも居心地の良い野宿の為に、まずは寝床を探す。岩の窪みなどがあればいいが、そう都合よくある訳ないよね。なので次善策として大木の根本が寝床になった。周りを太めの枝で囲いなんとなく壁を作った。


「じゃあまず火を熾すわ。乾燥してる木を集めてきて」


 ローラに言われるがまま木を集めに向かう。と言っても周りは森なので、落ちている枝はそこらじゅうにある。量は聞かなかったが持てる分だけを二往復くらいでいいかな。


 木を集めて戻ると、ローラは不器用に角兎を解体していた。……一応アイツにも学習能力があるんだな。昨日は黒焦げの兎をそのまま齧ってたのに。だがその手元が危なっかしい。ついつい手を出してしまった。


「貸して、俺がやるよ」


「あら、気が利くじゃない。レディのアタシが食べやすい大きさにしてよね?」


 オーケーレディ。あなたなら丸かじりするからそのままで良いですかね? そんな事言うと噛みつかれそうなので、普通に解体をする。あ、ローラにも解体用のナイフを作ってあげないとな。ローラもナイフを持っていたが、多分俺が作った方が質が良さそうだ。


 皮を剥き、腑を取り、部位ごとに切り分けて、それでも大きい部分はさらに小さく切り分ける。

 切り分けたら先端を削った枝を刺し、焼きやすいようにしておく。


「へぇ、うまいわね。今度アタシにもちゃんと教えてよね。アタシもそれくらいは出来るようになりたいわ」


「ああ勿論。逆に覚えて貰わないと同じ飯係として困るからな。明日獲物が獲れたら一緒にやろう」


 平静を装ってそう言ったが、不意に横から近付かれるとドキッとする。一日中走り回っていたはずなのにどうしてそんなに良い匂いがするのか。理不尽。


「……さて、こっちは準備できた。後はどうするんだ?」


「あ、そうね。じゃあ火を熾すわ。石で囲って、その中に木を並べて」


 言われた通り石を並べる。あー、かまどですね。ちょっと男心がくすぐられ、少しだけ立派なかまどを作る。枝を並べやすいように、よく空気が抜けるように……、出来た!


「ふーん、なんか不思議ね。野営もした事ないって言うのにどうしてこんなに上手く出来るのかしら? これも最近覚えたの?」


「あ、うーん、なんだろう。俺手先が器用だからかな、なんとなく出来ちゃった、ははは……」


 あっぶねー! そうだ、忘れてた。俺はこの世界に生まれて十年も経っていない。しかも生まれは農奴だ。今世でこんな事をする経験なんてなかったよ。ローラにはそこまで話していないけど、どこでボロが出るか分からない。もう少し気をつけなきゃな……。


「まぁいいわ。じゃあ火をつけるわね。プチフレイム」


 そう言って指先を枝に向け、おもむろに唱えるローラ。なんだろうな、ライターの強い感じ、バーナーよりは弱い。指先から出る火は、あっという間に枝を燃やし瞬く間に燃え広がった。


「……凄いな、とても便利」


「ちょっ! 便利とかじゃなくて、もっとなんか言うことないの!? 魔力制御が上手いとか、詠唱が短いとか!」


 えっ? そういうものなの?

 なんというか前世の知識で知ってる魔術って、こういう使い方をするものだと思ってた。これってもしかして相当難易度の高い使い方なの?


 俺の驚きが表情に出ていたのだろう。ローラは明らかに不満そうな目で俺を睨んでくる。だがすぐに切り替えたようだ。


「そっか、アンタって魔術を見たのはこの間が初めてなんだもんね。あのね、これって結構難しいのよ? 初心者でも一瞬だけなら火は出るの。だけどすぐに消えちゃうわ。逆に勢いに任せてやればもちろん普通の魔術として発動してしまう。ここら辺全部が真っ黒コゲね。だから弱過ぎず、強過ぎず、同じ強さの火を長時間維持する。これが出来たら一人前なのよ?」


「へぇ、なるほどなぁ。なんとなくローラがちょっと凄い人に思えたよ。魔術についてだけは立派なんだな、ローラ」


「だけって何よ! だけって! それ以外も立派よ! 立派すぎるわ! むしろアタシが立派じゃなければ誰が立派というのよ! あんたはもっと立派なこのアタシを敬いなさい!!」


 なんか立派がゲシュタルト崩壊しそうだ。立派ってなんだっけ。

 肩で息をして、がるるると唸ってローラが睨んでくる。うん、ごめんよ、言い過ぎた。


「ふぅ……。なんかアンタと話してると疲れるわね。もっとアタシに気を使いなさい? まぁそんな事より、今の見てたわね?」


「何を?」


「だから! アタシが! 火を! つける! ところよ!」


「あぁ、あぁ、勿論見てたよ。だから落ち着いて」


「ふぅ、ふぅ、ふぅ。……今言った通り、火をつけるだけなら初心者でも出来るわ。だからアンタもやってみなさい。どうせ今日はもうやる事はないんだから」


 あー、そういう事ね。なんかここに辿り着くまでにやたら時間がかかった気がする。だけどローラが教えてくれるなら是非もない。何卒宜しくお頼み申す。


「じゃあもう一回やってみるわね? 良く見てるのよ? アタシが指先に魔力を集めたら合図をするから、その時に集中して魔力の流れを感じるのよ。いい? 三、二、一、今よ!」


「むむむむむむむ……! っ! なんか見えた気がするっ!!」


「それはアタシの火ね。ちょっと遅いわ、一の掛け声の時よ! 指先に力が集まっているから、それを見て! いくわよ、三、二、一……、今!」


 むむむ、今度こそっ! なんか見えたような気がするっ……!!


「……なんかさ、こう、ぐるぐるって回って、ぎゅーって集まって、物凄く小さくなって、バッ! って爆発する感じ?」


 ……ローラが凄い嫌そうな顔でこっちを見ている。なんか俺変な事言ったのかしら。


「……あんた本当に言ってんの? あんたにはそう見えてんの?」


「えっ……、うん、多分……」


「じゃ、じゃあもう一回だけやってみるわ。もう一回見て、また見えたものを教えて!」


 何回やっても同じような気がするんだけど。とりあえず頑張って見てみよう。

 三、二、一とローラが声をかける。発声と共に、ローラの指先周辺の風景が歪んで何かの力が集まっているように見えた。

 ……でも、さっきとなんか違うな。さっきのが横回転だとしたら、今度のは全方位で回っている感じ。あの手首を鍛えるボールみたいな。


 ぐるぐる回って集まって、小さくなって……。あっ、今度は爆発せずに回転しながら周りに飛んで行った。風が見えたとしたらこんな感じなのかな。

 そしてうっすら緑色の残滓を残しながら消えていく。


「……今度はどんな風に見えた?」


 ローラの問いに、今見えたはずのものを正直に答えた。色も含めて。


「……ふぅ。あんた本当に魔術見るの初めてなの? 今までどこかで魔術を学んだこととかない? 自分で勉強していたとか」


「いや? そもそも魔術というものがあると知ったのがローラに会ってからだ。それは知ってるだろ? 勉強とか、どうやってすればいいか教えて欲しいくらいだ」


「そっ。じゃあアタシが教えてあげるわ。一応言っておいてあげる。あんた、魔力の流れ、見えてるわよ」

(……それも尋常じゃないくらいに)


「えっ!? マジ!? やったぜ! 俺も魔術が使えるかも知れないってことだろ!? ローラ、いや、ローラ先生! 是非、御指導ご鞭撻の程、宜しくお願いします!!」


 ローラが何か呟いた気がしたが、それどころではない。俺ももしかしたら魔術師になれるかも知れないのだ! 前世では幾人が夢見ただろう。三十歳を過ぎてDTならば魔法使いになれるなどとも良く言われていたが、俺は齢十歳未満でなれるかも知れないのだ! これが喜ばずにいられようか。


 はしゃぐ俺とは対照的にローラは何か浮かない顔をしているが、俺と話をしている時はいつもの事だ、気にする事ではない。でもこれからローラに色々教えて貰わなければならないからな、ちゃんと機嫌を取っておこう。そこはほら、俺は出来る男だ。ゴマすりでも肩揉みでもなんでもしようじゃないか。


「ローラ、本当にありがとう。良かったら俺の分の肉、食べる?」


 スッと肉を刺した枝を差し出す。


「もうっ。アタシのことをなんだと思ってるのよ。……まぁ食べるけど」


 差し出された肉を無言でモグモグ食べる。うん、ごめん、それまだ焼けてなかったわ。まぁいい、今日はいつにも増して可愛く見えるぞ、ローラ。ちゃんと中身が伴えばお前はイイ女になるさ。今日だけは褒めちぎってやろう。心の中で。


「じゃあさ、ローラ。俺はこれからどんな特訓をすればいいかな? ローラみたいに最強で最高の魔術を使うにはどうしたらいい?」


「もぐもぐ、ふふ。そうよ、アタシは最強で最高の魔術師なのよ! アタシみたいになるなんて、もぐもぐ、千年かかっても無理ね! でも、アタシを、んぐっ、目指そうという心意気は認めてあげるわ! ごくん」


 口の周りを脂でベッタベタにして、ローラは高らかに言う。こいつ生でも平気なんだな。まったく台詞と行動が伴っていないが、なんとなくローラなら許せてしまう。いかん、短期間で毒されているな。


「ああ、お前みたいにはなれなくても、お前みたいな魔術師を目指すだけなら出来るからな! それで、俺はどうしたらいいかな」


「うーん、そうね」


「うんうん」


「ないわねっ!」


「え?」


「だから、あんたに出来る事はないわ!」



 明けない夜は、まだ続く。

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