十七話 秘密

「シエラさんはさっきの肉、食べました?」


「ん? ああ、シカ肉のことか?」


 やっぱりこの世界でもシカって言うんだ。イントネーションが逆だから、聞き流してしまうと前世の鹿とは聞き取れないけど。


「そう、それです。僕、初めて食べたんですけど、あの肉ってあんなに美味しいんですね! なんでですか?」


「なんでと言われても難しいが……。全てのシカが美味い訳ではないぞ。本当か定かではないが、一説ではシカの中でもランクがあって、上位にあたる個体が非常に美味い、と聞いた事がある。上位というのは、群れのリーダーとかではなく、存在の格が上だとか。私はあまり良く分からないがな」


 はえ〜、なんかスピリチュアルな話がきた!

 存在の格が上って、人間で例えると亜人? とか、亜神とかっていう事なのか?


「そうなんですね、初めて聞きました。じゃあたまたま僕らが獲ってきたシカが格上のシカだったということですかね」


「多分、そうなるな。よく獲れたじゃないか、すごいぞ」


 そう言ってシエラに頭をなでなでされた。子供じゃないのに。……嬉しいから拒否はしないが。


「そういう、存在が格上の生き物って他にもいるんですか?」


「うーん、上かどうか難しいところだが、例えば魔獣、魔物がそれにあたる……らしい。人間と比べて上とか言いたくはないが、だが明らかに奴等は普通の生物と生態が違い過ぎる。恐らく、存在が格上と言われる生物もそういうものではないかな」


 なんと、驚愕の事実だ。魔物は生物として存在が格上らしい。ということは、逆を返せば存在が上の生物って魔物なんじゃないのか?


「だが、存在の格が上だからといって、全てのものが魔物という訳ではないからな? そこは勘違いしないように」


 俺の疑問を先読みしてシエラが答えてくれた。恐らくこういう話を何度かした事があるんだろう。だがそれでも明確な答えが出ないのは、この世界の文明が発展していないからだろう。

 恐らく電子顕微鏡などないだろうし、X線検査などできないはずだ。仮に研究が進んでいたとしても、その発表の場は限られるだろうし、インターネットなどない世界では気軽に情報を仕入れられるはずもない。


 そんな世界では、シエラのように生で情報を仕入れ伝えてくれる存在は非常に貴重だ。俺もこれからはなるべく色々な情報を仕入れて精査しておくことにしよう。

 そんなことよりもアレだ、アレの方が気になる。


「じゃあ、魔物って美味いんですか?」


「ふふっ。当然そうなるよな。折角だ、それは教えないでおこう。自分で獲って食べてみるといい」


 今日イチの笑顔でシエラは俺に言う。魔物の味に、隣で聞いていたローラも興味津々だ。


「セルウス、明日は魔物を獲るのよ! ううん、むしろ魔物以外獲らないわ! そうよ、そうするのよ!」


「魔物が獲れなかったら、みんなのご飯どうするんだよ……」


「ははっ、質はともかく量の方は確保して欲しいところだな。まぁあまり気負わずよろしく頼むよ」


 そう言ってシエラはアジトに消えて行った。


「魔物の味、楽しみね! きっと今日のお肉より美味しいはずよ!」


 俺の横で一人張り切りまくるローラを残して。



 ※ ※ ※ ※



「ほらっ、朝よ! 起きなさいよ!」


 美少女から朝起こされるというのは、俺の叶えたい夢ベストスリーには入っていたはずだ。

 だが実際にやられてみると、嬉しさよりも怒りが込み上げてくる。昨日と同じくぐわんぐわんする頭で、胃の中からも何か込み上げてきそうだ。


「ローラ、頼むから普通に起こしてくれ……。俺は寝起きはいい方だから、そんな大声じゃなくてもだいじょぶ……」


「何よ、甘っちょろいわね! アタシは家族のみんなをこうして起こしてたのよ!」


 家族のみなさま、大変お疲れ様でした。

 ローラの大きな耳は、もしかして聞こえないんじゃないだろうか。人よりも優れた聴覚でこんな大声を出していたら、自分の方こそツラいだろうに……。


 そんな事を思いながら身支度を整える。悔しい事に、ローラに起こされると一瞬で頭がしゃっきりする。絶対に本人には言わないが。

 今日の狩りで魔物は獲れればそれに越した事はないが、まずは皆の食事の確保だ。最悪今日は獲れなくても昨日の残りがある。

 それであればローラとの連携の練習を優先させよう。……ちょっとだけ魔術を教えて貰えたりしないかな?

 なんて淡い期待を抱きながら準備を終えた。


 二人していつもの山へと入る。今日は深いところまで行くので、浅い部分はスルーだ。


「ねえ、ローラ。ローラはいつから魔術が使えるようになったの?」


「うーん、はっきりとは覚えていないけど、五歳の頃には魔術を使えていたわね。今みたいに自分で詠唱して、ってやつじゃなくて、なんとなく魔術の現象が発生してるって感じで。ちゃんと使えるようになったのは割と最近よ」


「へぇー、天才魔術師でも産まれた時から使える訳じゃないんだね」


 何よそれ、ムキー! とかローラは言っているが、そんな事よりも俺は気になる事がある。


「勝手に使えるようになったの? 練習したの?」


「もうっ。まぁいいわ、アタシは魔術師を家に呼んで教えて貰ったわ。他の人種がどうしてるかは知らないけど、獣人は魔術の適性が低いのよ。だから人に教えて貰わないとまともには使えるようにはならないのよ」


「じゃあ魔術に適性の高い人種って?」


「それはやっぱり、まずはエルフね。彼等が使うのはどうやら魔術とは違うものらしいけど、側からみたら同じね。それと人間くらいかしら。ドワーフは魔術を身体強化とかに使っているって聞いた事があるわ」


 やっぱりエルフもドワーフもいるんだ。

 まぁローラが獣人だったから、なんとなく想像はついてたけど。魔術についても予想通り。

 そして、人間に魔術の適性がある事もありがたい話だ。つまり、俺も魔術が使える可能性があるという事だ。


「俺も、魔術って使える……かな?」


「絶対無理ね!!」


「えっ!?」


 無理なの!? 人間って適性高いって今言ってたじゃん……。


「ぷっ、ふふ、あはは、あははははっ!! あー、面白い、ふふふ。ご、ごめんね、無理かどうかは分からないわ、ふふ。ちょっと待って、あ、あんたがそんな顔するなんて思ってなかったから面白くって……」


 そんなに変な顔をしてましたでしょうか。それからしばらくローラは笑いが止まらず、狩りにも説明にもならなかったのは言うまでもない。


「あー、面白かった。あんたってあんな顔もできるのね? いつもあんな顔でいたら、みんなあんたの事大好きになるんじゃない?」


「そう、楽しんでいただけたなら何よりでございます。残念ながら俺自身どんな顔か分からないのでね。二度と同じ表情をする事はないでしょう」


 多分、ロボットよりも無表情で言ってたと思う。


「だからごめんって。それで、アンタが魔術を使えるかどうかだっけ。えーと、はっきりとは分からないけど、これ見て? どう? これ、わかる?」


 そう言って右手の人差し指を立てるローラ。閃いたポーズ?

 指を立てて首を傾げるローラは無駄に可愛くて、俺も首を傾げた。


「わからないって事ね? 今アタシは、この指の先に魔力を集めているわ。魔術の適性がある人は、他人の魔力にも敏感なの。何かは分からなくても、何かが集まっている、何かの力を感じる事が出来る人は、魔術を使える可能性が高いわ」


 ……マジかっ。全くわからんかった。ローラ可愛いくらいにしか思えなかった。せっかく魔術のある異世界に来たのに、俺には魔術の才能なしとか……。悲しすぎる……。


「ぷっ。あは、あはははは! だからその顔やめてよ! ひぃーひひひ。だ、大丈夫だから、練習すれば、少しは感じられるように、なるはず、だから! あはははは!」


 ダメだ、ローラが壊れた。そんなに面白いのだろうか。いや、ローラの笑いの沸点がおかしいだけだ。俺の顔は普通だ。そういえばこの世界での俺の顔ってどんな顔なんだろう。今まで生きるのに精一杯でそんな事考えたこともなかった。

 ……いや、現実逃避はやめよう。



「本当に? 練習すれば使えるようになる?」


「ふふ、絶対とは言えないわ。でも、簡単な初級魔術とかは使えるようになるんじゃない? どこかの国の宮廷魔術師とかになるような人は、人の魔力の大きさ、強さ、色とかまで分かるらしいけど、そんなのを目指すんじゃなければ問題ないわ。諦めずに頑張りなさい!」


 うむ、諦めません、出すまでは。せっかく最強の魔術師(自称)が近くにいるのだ。せいぜい利用させてもらう事にしよう!

 顔を笑われたのは納得いかなかったが、笑った顔のローラはかなり可愛かったのでそこは水に流しておくことにしようか。


「わかった、じゃあよかったら練習に付き合って欲しい。俺の周りでは魔術を使えるのって多分ローラだけだから」


「し、仕方ないわね! そこまで言うなら練習くらい付き合ってあげるわ! 別にあんたの為じゃないんだからね、アタシの魔術の練習の為なんだから! アタシが練習をするのにあんたを嫌々付き合わせてあげるの、そこは勘違いしないでよね!」


「あー、はいはい、どうもありがとうございます」


 見事なツンデレだ。今時こんなテンプレツンデレ娘は滅多にいないだろう。だがそれが様になるんだから大したものだ。しっかりと記憶に焼き付けておこう。


「じゃあ、練習はとりあえず後回しで、まずは狩りに向かおうか。だいぶ時間を無駄にしてしまった。早くしないとみんなの分を確保できないかも知れない」


「そんな事言われなくても分かってるわよ! 誰のせいよ、誰の! さあ、さっさと行くわよ」


 そして俺の事をおいてさっさと森の奥に向かうローラ。遅くなったのは俺が悪いんだろうか……?

 ローラの背中が見えなくなる前に、俺は彼女を追いかけた。



 ※ ※ ※ ※



「今日は全然獲物がいないわね、これじゃあ全然足りないわ」


 そう、今日獲れた獲物は角兎二匹のみ。これじゃあ俺とローラの晩ご飯にしかならない。


「昨日一杯取ったからね。みんな警戒して隠れているのかも」


「そうかも知れないけど、これじゃあ皆んなお腹を空かせてしまうわ! なんとかして確保しないと……」


 ローラはそう言うが、既に空は薄暗くなっている。今日中に、というのはほぼ無理だろう。


「じゃあ帰りはちょっと遠回りだけど、別のルートを通って帰ろう。いつもとは違う獲物もいるかも知らない」


「そうね、そうするしかないわね。でもあんた、道わかるの? アタシはほとんど分からないわよ?」


「うっ……。た、多分大丈夫……」


「その顔は全然大丈夫じゃないわね……」


「い、いやでも、太陽さえ見えれば方角は分かるし!」


「その太陽が間も無く沈もうとしてるけどそれは」


「あ、はい」



 この瞬間、ローラと二人での野宿が決定した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る