十六話 美味

 森に入り狩場が近づくとローラは早速気配を消した。


 ——巧い。


 不自然に気配を消すのではなく、森と一体化している。そこにあるのが当然のものとなり、誰もローラの存在に気付けない。

 これなら狩りが得意だと言っていたのも納得だ。


 俺も負けじと気配を消して真剣に狩りに臨む。二人いればいつもより大きな獲物でも持って帰る事が出来る。今日は鹿とかそのクラスの獲物を見つけられたら良いなぁ。


 二人で静かに森の中を進むと、獲物の気配を察知した。ほぼ同時にローラも気付いたようでお互い動きを止める。

 音を立てないように獲物の方を振り返り、手に持った弓を引き絞る。

 ——小物だな。鳥か、兎か。それでも獲れないより良い。矢を獲物に向けるとローラも手のひらを獲物に向けていた。


 ん……、手のひら? っ! こいつ、まさか!


「炎よ! 焼き尽くせ!!」


 昨日の汚名返上のつもりか、炎の魔術を放った。……森の中で。


 確かに立派な魔術なんだろう。昨日のようなほんのりあったかいモノではなく、手のひらからまるで火炎放射器の様に火柱があがり、獲物に向かって一直線に突き進む。

 ゴウッと猛々しい音をたてながら、火柱は一そのまま獲物を貫いた!


 まあ、なんという事でしょう。果たしてそこには獲物だったモノが黒焦げで横たわり、そこに続く道は獣道よりも見通しの良い立派な道が出来上がっていましたとさ。


「どうっ!? これがアタシの本当の実力よ! 炎の魔術だってお手のものなんだからっ!」


 そう言いながら振り返るローラは、尻尾をブンブンと振り耳をピーンっと立ててご満悦だ。


「……はぁ。ローラ、ローラさんよ」


「何よ! アタシに狩りで勝てないって分かって落胆しているのね!」


「ちげーよ! お前の頭はどこまで目出度いんだ! アレのどこが狩りなんだよ!」


「? ちゃんと獲物は獲れたじゃない?」


「あんなに真っ黒に焦げて獲れたと言えるのか!?」


「どうせ食べる時には焼くんだから、焼き殺しても同じでしょ?」


「ぜっんぜんちげーよ! 食べる時にはちゃんと美味しく食べれるように下処理があるんだよ! 血を抜いたり、内臓取ったり、筋を取ったり!」


 それだけ言ってもローラはまったくピンときていないようで、困り顔で俺を睨みながら首を傾けていた。


「お前、本当に分かんないの? じゃあお前はアレ食べれるの?」


「当たり前じゃない? 肉なんていつ焼いても一緒でしょ?」


 そう言いながら仕留めた黒焦げの獲物に向かうローラ。障害物である草や木もなく非常に歩きやすそうだ。


「結構美味しそうね。兎かしら」


 そして真っ黒な何かをつまみあげると、ふーふーしながら齧り付いた。


「っ!! …………お゛え゛え゛え゛ぇぇぇ」


 見事な二段落ち。なんたるマッチポンプ。その場で景気良くリバース。


「まっず! にっが!! 何よこれ、信じられない!!」


「こっちが信じられないよ。だから言っただろ……。ちゃんと——」


「こんなまずい獲物を仕留めてしまったのは一生の不覚よ! 次はもっと美味しい獲物を仕留めるわ!」


 どこまでもポジティブ。もしくは自己中。

 ……両方か。


「あのな、ローラ。ちゃんと話を聞いてくれ」


「何よ。アタシが先に獲物を仕留めたのがそんなに気に食わないの?」


「違うっ!」


 思わず語気が強くなってしまう。


「なぁ、頼むから本当に話を聞いてくれ。このままじゃみんなの飯も用意出来ないし、最終的にお前が目標としている修行? 強くなることもできないぞ。まずは一旦、話を聞くんだ。じゃなければもう、俺はお前を金輪際狩りに連れていかない」


 そこまで言い切ってローラの目を真っ直ぐ見つめる。その表情には少しだけ狼狽が見えた。


「わ、わかったわよ……」


 耳をへにょりとさせ、尻尾も萎びさせてローラは頷いた。うん、これなら少なくとも話は聞くだろう。

 ちょっと可愛いと思ったのは内緒だ。


「ローラ、俺は君の実力を知らない。だから今日の狩りでそれを教えて欲しいんだ。ローラは魔術師だから魔術を使う。それはいい。でも、火の魔術を使ったらさっきの通りだ。じゃあどうするのか」


「……風魔術を使う?」


「そうだよね、火がダメなら風だ。というか魔術に限らず森での狩りでは火は厳禁だ。臭いや明かりでこちらの存在が獲物にバレてしまうし、延焼とか怖いし。風以外の魔術って使えるの? というか魔術ってどういうものがあるの?」


 そう、そもそも俺は魔術というものを知らなかった。この世界に魔術が存在すると知ったのも昨日だし、本物の魔術を見たのも同じタイミングだ。


 そしてローラが魔術師としてどの程度なのか —シエラの雰囲気から感じるにはそこそこの腕前なんだとは思うが— それは実戦としてどの程度有用なのか。


 その辺りが全く分からない為、先走って狩りにきてしまったが、今更ながらローラにそれを確認する事にした。



 ※ ※ ※ ※



「ふむ、なるほど。じゃあ魔術というものは基本は火、水、風、土の四属性あって、その派生でさらに雷、氷、木、金の四つ、全くの別系統として光と闇の二つ、伝説的な属性として重力、時、空間の三つがあるのか」


「アンタ、魔術師でもないのにどうして一発で覚えられるのよ!」


 ローラから魔術についてレクチャーを受けた俺は、とりあえずは魔術のなんたるかを理解した。勿論頭の中でだけだが。

 そして何故覚えられるかだって?

 現代日本人は魔術は使えないが、魔術に憧れる人は相当数いるんだ。俺もそのうちの一人だったというだけだ。


「昔から物覚えは良くてね、たまたまだ。それに魔術は使えない。ローラは風魔術と火魔術だけ使えるの?」


「ふ、ふーん。アタシだってこんな事一発で覚えたけどね、もちろん! 火と風、それの派生で雷もなんとなく使えるわ。色々と不安定だけど」


「そうか、じゃあとりあえず今日は風魔術をメインで使ってみて欲しい。その他はどうなの? 剣とか弓とか」


「剣は使えない訳ではないけど、大人の剣では振れないわ。アタシのサイズがあれば、って感じね。弓はダメ、できない」


 ふーん、やはり魔術特化だよね。それでも剣が少しでも使えれば身を守るのに役に立つだろう。

 獲物が至近距離にいるのにいちいち呪文を唱えていたら色々と間に合わなくなりそうだし。


「わかった、それでいい。風の矢を飛ばして今日は獲物を仕留めてくれ。それじゃあ行こうか」


「何勝手にアンタが仕切ってんのよ! アタシについてくるのが当たり前でしょ! ほら、グズグズしないでさっさとついてきなさい!」


 ……はあぁぁぁ。

 俺は大きなため息をつきながら、勝手に歩き始めたローラについて行くしかなかった。



 ※ ※ ※ ※



 結論から言うと、今日の狩りは大成功、大成果だった。

 始めこそ強烈火魔法で黒焦げ肉量産かと思ったが、風魔法の矢がハマった。

 完璧に弓矢の上位互換だ。威力、飛距離ともに大体弓矢の二倍から三倍程。しかも矢は魔力で作るから基本的に切れる心配はないし、持ち運びで嵩張る事もない。なんたる羨ましさ。


 そしてローラは、弓矢はダメだと言っていたが、それはただ単に力を込めながら正確に狙いを付けられないという事だったみたいだ。

 ローラの力では弓を引くだけで精一杯で狙いは二の次になってしまう。まぁ魔法が使えたからちゃんと練習をしなかったということもありそうだけど。


 それでも、獲物は大小様々獲ってこれた。普段なら諦めるシカみたいな奴も、二人なら運べると思って積極的に仕掛けてみた。……流石に三頭は獲り過ぎだったと思っている。反省はしていない。

 いや、本当はうちの団の人数なら決して獲り過ぎではないんだけどね。ただ誰も運ぶのを手伝ってくれないと思うと、心が折れそうになるからね。



 そういう訳で夕飯である。

 もちろんメインはシカ(みたい)な肉。もう面倒だからシカでいいか。

 調味料みたいなモノもあるが、味付けは基本的に塩だけ。後はハーブの様な野草。

 だが、これは美味かった。脂身の少ない赤身の肉で、良く引き締まっている。その割に硬いわけでもない。歯に弾力を感じると、そこからプツンと筋繊維が弾けてほどける。噛むたびに旨みが染み出してきて、喉を通るまでしっかりと味わう事ができる。


 なんて食通ぶってみるが、そんな事よりもただただ美味かった。他の動物の肉も勿論美味しいのだが、どうしてこの肉だけこんなにも美味いのか。


 周りを見れば他の団員たちも同じように舌鼓を打っていた。だよね、うまいよね。


 親しくしていた料理当番の人たちが軒並みいなくなってしまった為、この謎に触れることができない。

 いや……、いた。

 唯一該当する、というかまともに話せる人が向こうから歩いてきた。


「今日は中々の成果だったみたいだな。どうだ、ローラは。狩りでは役に立ったのか?」


「シエラさん、お疲れ様です。そうですねぇ……。まぁ結果的には役には立ちました。だからこそのこの成果なので。まぁでも、ちょっとアイツは危ないですね。狩人としての腕はあると思いますが、端的に言うとバカなので。目を離すととんでもないことをやりそうで……」


「誰がバカなのよ、誰が! アンタなんてアタシがいないと獲物一匹獲れないヒヨッコじゃない! 明日もアタシの手足になってしっかり働きなさいよね!」


 シエラと話をしていると、後ろからバカ……ローラが怒鳴りながら近付いてきた。


「俺の方が三匹多く獲っただろ。数も数えられないのか。だからバカだって言ってるんだ」


「アタシが獲った獲物の方が大きかったわ! そう言った部分も加味して考えるのが当たり前でしょ! 小物ばっかりチマチマ獲ってて、まるでアンタの人生みたいね」


 かっちーん。頭にきた。昨日今日会ったばかりのコイツに俺の人生の何が分かるってんだ! 特に前世の人生なんてわかるはずもないだろうっ! 前世の人生……。前世の人生なんて…………。


 自分で言っててへこんできた。今世もロクなもんじゃないが、前世もロクなもんじゃなかった。小物ばかりチマチマって、あながち間違いじゃなかったし……。


「ちょっ、ちょっと、どうしたのよ。そんなにショックだったの……?」


 俺のあまりのへこみようにローラがなんか慌てている。うん、まぁショックだったのは間違いないんだけど、それはローラの言葉に反論ができないという事に気付いたからでして。


「な、なんか、ごめん。そんなに傷付くなんて思わなくて……」


「まぁまぁ、ローラもあまり不用意に人を傷付ける発言をしない方が良いということを、これで学ぶといい。セルウスにはセルウスの人生があり、それは誰に否定されるものでもないからな。二人とも、もう少しお互いを知るように心掛けるんだ。暫く狩猟係は二人でやって貰うんだからな」


 シエラが俺たちをとりなすように間に立つ。やはり常識人がいるのはありがたい。シエラの言う通り、無闇に人を蔑める発言をするべきではないな。それは俺も気を付けよう。


「シエラさん、ありがとうございます。ローラ、ごめんな。俺も悪かったよ。今度から気をつける」


「……アタシも、ご、ごめん、……なさい。アンタがそんなに傷付くなんて思わなかったわ」


「うんうん、仲睦まじき事は良き事かな。二人で力を合わせてこれからも頑張ってくれ」


「はい。あ、それでシエラさん。ちょっと聞きたい事があったんです」


 俺は、やたら旨み溢れるシカ肉の事を聞こうとしてたのを思い出した。

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