十五話 仲間

「風よっ! アタシに仇なす全てを切り裂けっ!」


 ローラがそう唱えると、今までの比にならない程の暴風が吹き荒れる。


「うおっ!!」


 暴風の余波に巻き込まれ思わず声が漏れる。

 さっき俺に放ってきた魔術とは比較にならない。

 ……案外、自称でも最強と言う話は本当なのかも知れない。


 見えない無数の刃がシエラに襲いかかるが、シエラは微動だにしない。あれって直撃したら結構ヤバいんじゃないの……?


 二人の間の木々を薙ぎ倒し、まもなく直撃かと思われる瞬間シエラが腰の剣を抜き下から思い切り振り上げた。

 するとボンッと空気の塊が爆ぜたような音がし、そこには残心したままのシエラが無傷で立っていた。



 ——以上の出来事は、魔術も剣技も何も見えない俺が必死に見えた気になって解説したものである。実際には、側から見ると両者とも一歩も動かず、かたやその場で叫び、かたやその場で剣を振っただけに見えたのは言うまでもない。

 達人同士の戦いとはこうもレベルが高いものなのか……!! とか言ってみる。


「な、なんで魔術が斬れるのよ! おかしいでしょ!」


「何もおかしくなどないさ。我が剣よりも魔術が脆ければ斬れぬ道理はあるまい? それだけの事だ」


 なるほど、ごもっとも。だが今日初めて魔術というものに触れた俺には、果たしてその道理が世間一般的に正しいのかすら分からない。


「それがおかしいって言ってるのよ! 魔術というのは魔力の塊よ! 普通なら当たった瞬間に魔力が爆散して吹き飛ぶのよ! 丈夫な剣なら斬れるとかそういうものではないわ!」


「ふっ、そうか。お前の世界ではそれが道理なのだろう。お前の見てる世界だけではな。だが世界にはそれでは通用しない常識もある。もう少し視野を広げてみたらどうだ?」


 すごいっ……! あのシエラが確実にバカにしている。だが果たしてローラはバカにされている事に気付くのだろうか……!?


 そっとローラに視線を移すと、顔を真っ赤にして口を引き結んでいる。あ、どうやら気付いたみたい。


「う、うるさい! うるさいうるさいうるさい!! あんたなんかに言われなくてもそれくらい分かってるわよっ! たまたまよ、そう、たまたまなのよ! さっきのは手加減しただけ。あんたなんてアタシの超絶特大最強爆裂魔法で木っ端微塵なのよ!」


 真っ赤な顔で再び詠唱を始める。小声でもごもご言った後、カッと目を見開きシエラを睨みつけた。


「地獄の業火で灼かれるといいわ! 炎よ、アタシの周りを残らず焼き尽くせっ!」


 今度は灼熱の太陽が目の前に現れたかのような熱気に包まれる。その熱は皮膚を焦がし、一瞬であたり一面を焦土地獄へと変貌させ……ないっ!


 確かに熱いが、むしろ暑い。目の前に現れたのはハロゲンヒーターのような熱を発する球状のもので、亀の歩むようなスピードでシエラに向かっていった。


 ——ぺちっ。


 小気味良い音を立てて、自称地獄の業火は地面に叩き落とされる。しゅんっと音を立てて地獄の業火は地獄へと帰ってしまったようだ。


「どうやら火系統は育っていないみたいだな。だがその歳で二属性も魔術を扱えるのはたいしたものだ、しかも獣人で。どうだ、うちで一緒に鍛えてみないか? そうすれば今よりももっと強くなれるだろう」


「ぐっ……! こ、こんなはずっ!」


 ローラは悔しそうに歯噛みをするが、シエラの言葉に揺らいでいるように見える。もっと強くなれる、それがローラの心に響いてしまったんだろう。


「ど、どうやったら強くなれるのよ……」


「そうだな、それは秘密と言いたいところだが少しだけ教えてやろう。お前には圧倒的に経験が足りない。それはお前自身にもそのマテリアルにもな。うちでなら経験を積ませてやる事ができる。その意味が分かるか?」


 なるほど、さっぱりわからん。マテリアルなんて聞いた事もないものが出てきた。ただ経験を積めばローラはもっと強くなれるらしい。


「ここなら経験が積めるというの? どうやって?」


「それこそ秘密だ。お前が仲間にならなければ教えるわけにはいかないな」


「くっ……! ずるいじゃない! そんな生殺しみたいなことするなんてっ!」


「こちらも慈善事業じゃないからな。むしろ本来は人から奪う事が生業だ。敵になるかも知れない奴にわざわざ施しをすることもないだろう? だが仲間なら別だ。強い仲間は大歓迎だ。どうだ? 仲間にならないか? 私の本当の仲間に」


「……その方法とやらを覚えて、私が裏切ったらどうするのよ?」


「心配するな。お前は裏切らないよ。それに、万が一裏切ったとしても問題ない。その首を落とすだけだ」


 そう言って次の瞬間にはローラの首筋に剣を添えるシエラ。その動きはゆったりとしたもののはずなのに、やはり俺にはまったく捉える事ができなかった。気づいたらローラの首に剣が当たっている、ただそれだけを認識していた。

 シエラ、恐るべし。


「……。わ、わかったわ。今回はアタシの負けよ。仕方ないから仲間になってあげる。勘違いしないでよねっ! そっちがどうしてもって言うから仕方なく仲間になるだけなんだからね! 用事が済んだらこんなところお払い箱よ!」


 なんだか色々突っ込みたくなるが、とりあえずローラは仲間になる道を選んだようだ。よかった。シエラの剣がローラの首を落とすところなんて見たくなかったから、俺は心底ホッとした。

 シエラも剣をそっと鞘にしまうと、微笑んだ。


「ああ、仕方なく仲間になってくれて助かる、ありがとう。これでお前も今日からファミリーだ。遠慮なくなんでも頼ってくれ」


「じゃ、じゃあ早速もっと強くなる方法を教えなさいよ!」


「ああ、勿論だ。だが物事には順序があるし、組織にはルールがある。私はこれでも組織を管理する側の人間なのでな。いきなりお前だけを贔屓して鍛える訳にはいかないのだよ」


「っ……! やっぱりアタシを騙そうとしたのね!」


「そうは言ってない。本当に順番があるだけだ。それに、さっきも言ったがお前には経験が足りてない。だから、強くなりたいならしばらくはセルウスと共に行動しろ。セルウスは毎日山で狩猟をしている。これのサポートをするんだ。そうすれば自ずと経験値も溜まる」


「……。その話、本当なのよね?」


 黙って頷くシエラ。


「いいわ、分かった。まずはあなたを信じてあげるわ。アタシはしばらくこの変態と行動を共にする。それがアタシの鍛錬にもなるってことよね」


「ああ、そうだ。だが、セルウスが変態?」


「こいつはアタシの水浴びを覗きにきたのよ。あんた、次やったらただじゃおかないわ。殺すわよ?」


 矛先が突然俺に向けられ、内容的にもどこから突っ込むべきか非常に悩む。だが結果的にローラの水浴びを覗いてしまったのは事実のため、俺もここは黙って頷く。


「よし、話はまとまったな。セルウス、お前は疲れているだろう。狩りの再開は明日にして今日は休め。私はローラに色々説明しておくことがある」


「分かりました、気を遣ってもらってすいません。じゃあ先に休ませてもらいますね」


「ああ。あ、後、覗きはほどほどにな。そんなに見たいのなら私を誘うといい」


 …………。

 シエラの言葉にフリーズしてしまった。それ以上何も言えないので、目でシエラとローラに合図をして、その場を後にする。女子二人は早速何か打合せをするらしい。覗きが……とか、殺す……などと不穏な単語が出てきたのは無視する事にした。



 アジトの大部屋にドカッと腰を下ろす。あー、なんか余計に疲れた。

 水浴びをしたはずなのに、その後の色々でまた汗をかいてしまった。服も洗い忘れたし。

 だがここ何日か出ずっぱりで狩りをしていたのだ、疲れていないはずがない。色々あったが、そんな事も忘れて俺は一瞬で眠りに落ちてしまったのだった。




 ※ ※ ※ ※



「ちょっと! 起きなさいよ! 早くしないと酷いわよ!」


 突然の耳元での絶叫に、俺の意識はぐるんぐるんに激しく揺さぶられた。うげっ、気持ち悪い。

 ふらつく頭を抑えながらゆっくりと目をあけるとフサフサな尻尾が見えてきた。ふりふりと左右に揺られなんだか楽しそうでムカつく。

 視線を上げれば、明らかに機嫌が良いと思われるローラの姿が目に入る。こいつ犬みたいだな。うん、ゴールデンレトリバーだな、金髪だし。


「お、おはよう。ちょっとその起こし方はやめて欲しい。正直つらいし気持ち悪い」


「こんな美少女に起こされて気持ち悪いなんて、あんたの感性どうなってんの!?」


 そういう起こし方しか出来ないお前の感性の方がどうなってるんだよ。なんて言っても多分無駄なので、ゆっくりと体を起こし、せめてもの反抗として睨みつけてやった。


「……何見つめてるのよ。照れるじゃない」


 幸せなやつだなぁ。




 目が覚めたので昨日の水飲み場に行き顔を洗う。感覚的には早朝だろう。いつも狩りに出かける時間より少しだけ早いかも知れない。


「それで、こんな早朝に起こしてどういう事?」


「あんた昨日の話を聞いてなかったの? シエラが、あんたの狩りに同行しろって。そこで修行をしろって」


 聞いてたけど、本気なのか。


「狩りに同行は良いけど、修行ではないと思うぞ。目的はみんなの食糧確保だ。獲物の質も量も考えないといけない。結果的に修行にはなるかも知れないけど……」


「ごちゃごちゃうるさいわね、結果的にでもなんでも修行を積めればいいのよ。あんたも男なら黙って連れて行きなさいよ」


「あのね、俺が言いたかったのは食糧確保だって事だよ。俺たちの働き次第ではみんな腹を減らす事になる。腹が減れば仕事も満足に出来ないし、機嫌だって悪くなる。最悪ボスに目をつけられれば冗談抜きで真っ二つだ。俺はそれを避けたいの」


 俺が真面目な話をしてるのに、ローラはポカーンとした顔でこちらを見る。なんだ、理解できないのか?


「アタシがいれば二人分の働きになるんだから、食糧は倍、いえアタシだけで倍になるから三倍は確保できるわ? 何がそんなに心配なのよ?」


え、何その計算。


「……そもそも、ローラって狩りなんてできるの?」


「はぁ〜、アンタ何も知らないのね。アタシは狼の獣人よ? アタシに狩りが出来なければ誰が狩りを出来るのよ?」


 いや、そんな常識とか知らんし。


「狼の獣人って、狩りが上手いの?」


「上手いなんてものじゃないわ、至高よ、至宝よ! アタシの手にかかれば獲れない獲物はいないわ!」


 ……。流石にそれは大袈裟なんじゃなかろうか。でも至高の狩人とかちょっとかっこいい。


「じゃあ腕前は本番で見せて貰おうか。一応言っておくけど、足手纏いになりそうだったら置いていくから。俺は俺の仕事をこなすだけで手一杯だからな」


「ええ、構わないわ! 見てなさい、目ん玉ひん剥かせてあげる! あんたこそアタシの足手纏いになるんじゃないわよ!」


 ローラは腰に手を当て今にも高笑いしそうな雰囲気だ。ムカつくことによく似合っている。


 さて今日も頑張りますか。

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