十四話 魔術師

「アタシはローラ! 風の魔術師ローラよ!」


 うん、そうだね、ローラさんだね。名前もそうなんだけど、俺はそれ以外の情報が知りたかった。いや、ここは俺の聞き方が悪かったのだろう。気を取り直してもう一回。


「そうか、ローラね、わかった。それで、君はどうしてこの場所にいるの?」


「何よそれ! アタシのこと知らないの!? 風の魔術師ローラと言えば、その名を聞けば盗賊も裸足で逃げ出す最強の魔術師じゃない!」


 団の中でそんな話聞いた事もない。もしやうちの団は情報に疎いのか……? んなわけあるかい。うんうん、最強の魔術師なんだね。そんなことよりそろそろ目に毒だよね。


「そ、そうか、強いんだね。凄いね。それは分かった、だからもう襲わないでね。それよりも自分の姿を少し警戒した方がいいと思うよ?」


 いくら幼子といえど、それなりに凸凹のある女の子だ。俺も彼女もこのまま全裸でいるのは余り良くないだろう。


「…………!! こぉのっ、スケベ野郎!! 風よっ、切り裂け!!」


 なんだか理不尽にまた攻撃を仕掛けられた。くそっ! ただ、放たれた魔術の速度は遅く水面がその場所を示してくれるから避けるのは容易かった。


「ちょっ! なんで避けるのよ!」


「そりゃ攻撃されれば避けるさ! それよりなんで攻撃してくるの?」


「アンタが変態だからよ! アタシの裸体を拝みながら死ねることを光栄に思いなさい!」


「命と等価交換するほどの価値はないかな。それより、ここにへは何をしにきたの? こんな何もない山奥まで」


 俺のその言葉に攻撃が止まる。


「ふっ、ふふふっ。そんなこと、アンタに答える義理はないわ! 別に道に迷ったとかじゃないんだからね!」


 そうか、道に迷ったのか。だとしてもなんで一人で? これくらいの子が一人で歩き回るって普通のことなのか?


 もし彼女の自称最強が本当なら、まぁ一人で出歩いても平気なんだろう。だけどあの見た目で一人だったら、それこそ誘拐したりとか、良からぬ事を考える人は多いんじゃないか? 余計なトラブルに沢山巻き込まれそう。


 まぁそんな考察はともかく。目の前の彼女は本当に何をしにここへきたのか。本気の迷子なのか、それとも何か目的があるのか。でも自分の意思でここに来たのは間違いなさそう。

 だって多分、望んで向かってこないとここには辿り着かないから。



「えっと、君は一人なの? もしかして、帰り道が分からない? それならどこか大きな道まで一緒に行こうか?」


「ア、アタシが迷子な訳ないじゃない! 道だって分かるわ! いいのよ、アタシは自分の意思でここまで来たのよ!」


「……何のために?」


「何だっていいでしょ! あんたにそんな事を話す義理はないわ」


 うーん、話が堂々巡りだ。この子の性格では素直に目的とか言いそうにないし。なんか面倒くさくなってきたな。


「あ、じゃあそうだね、俺は何も見てないし聞いてないから、ここら辺でおいとまするね。帰りは気をつけて帰るんだよ、じゃあまたいつか、機会があれば!」


 そう言って、さっさとその場を立ち去ろうとする。


「ちょっと待ちなさいよ!」


 はいきたー。なんとなく来るって予想はついてた。


「なに?」


「ちょっとアンタに聞きたいことがあるわ」


「俺に答える義務はないね」


 遠目でもムッと頬を膨らませているのが分かる。可愛い。


「あ、あんたには答える責任があるわ! アタシの裸を見たんだから」


 ぬぅ。不可抗力とはいえ見たのは事実だ。大した価値はないと思うが、女の子の裸だ。本人からしたら値千金だろう。仕方ない。


「……一つだけ答える」


「ふんっ。アタシの裸を見て一つなんて納得いかないけど……。いいわ、じゃあ、ここら辺を根城にしている、盗賊って聞いたことないかしら」


 やっぱりというか、その類いか。個人的な恨みか、誰かからの依頼か。まぁこんな幼い子に依頼をするなんて考えにくいから、この子の個人的な方かな。


「さぁ、分からないな。俺はそういう話に疎いから」


「嘘ねっ!」


「なんで嘘なんだよ」


「あんたみたいなガキが、一人でこんな所にいる訳ないじゃない! あんたなんか一日もしないうちに魔物の腹の中よ。それに、アタシには嘘が分かるわ。アンタは今嘘をついた。それは間違いない」


 む。中々鋭い。結構頭は回るんだな。こんな所に俺みたいなのが一人は確かに無理があるよな。だとしたら、誰かお供がいるか、少なくとも複数人でいると思うか。

 これってどうした方がいいんだろうな。


「……その、盗賊が仮にいるとして、お前はそれでどうするんだよ」


「決まってるわ! ぶっ飛ばして捕まえるのよ!」


 あー、やっぱり。そうだよね、こんな所に一人で来るくらいだもんね。強い覚悟で来てるのでしょう。だからこそ。


「そっか。じゃあやっぱり知らない」


「なんでよっ!」


「例えば俺がその盗賊を知ってたとして、それをお前に伝えてどうなる? お前は殴り込みに行って、返り討ちにされて死ぬ。そしたらその後の処理は誰がするんだよ」


「そんなの知らないわ! それよりもアタシが返り討ちなんて聞き捨てならないわね。アタシにかかればどんな盗賊だって一捻りだわ!」


 そんな訳あるかい。シエラにすら歯が立たずお前は負けるよ。


「だからあんたはそんな余計なことを考えずにアタシを連れて行けばいいのよ!」


 なんで俺が、めんどくさい。

 この子をアジトへ連れて行って、この子が勝てる未来は想像がつかない。無駄死にさせるのが分かっているのに連れてなんて行けるか。話を他の方向へ向けなければ。


「お前さ——」


「ローラよ」


「……。ローラさ——」


「ローラよ! アンタの名前はなんて言うのよ!」


「あー、ごめんごめん。俺の名前はセルウスだ」


「そう、セルウスね。それで、あんたは何者なのよ」


 ねえ、名前は? なんの為に言わせたの? まぁいいや。


 「俺は盗賊。盗賊の飯係」


 その言葉を聞いた直後、ローラは拳を握り締め思い切り振りかざしてきた。


「あぶないじゃないか、突然殴りかかるなんて。盗賊になんか恨みでもあるの?」


「あるなんてもんじゃないわよ! 盗賊どもを一網打尽にすることが私の存在意義そのものよ!」


「ちょっと何言ってるかわかんないんだけど。それで一応俺、盗賊なんだ。その盗賊と真っ向から敵対するって事でいいの?」


「いいわよ! アンタなんてめったんめったんのギッタンギッタンにしてやるわ! でもアンタみたいな飯係の木っ端に用はないの! リーダーを連れてきなさい、リーダーを!」


「連れてこれる訳ないだろ、常識的に考えて」


「アンタたちの常識なんて知らないわよ! だったらアタシをリーダーのとこに連れて行きなさい!」


 ローラをアジトに連れて行くべきではない。だが興奮したローラにどうやって納得させようか考えていると、その口から言葉が続く。


「アタシの町をメチャクチャにした盗賊どもに誅を下すわ! 早くアタシをアジトに連れて行きなさいっ!」


 ああ、そういう事ですか。やっぱり連れて行かない方が良さそう。


「ローラの町は盗賊に襲われたの? それって俺のいる盗賊団で間違いないの?」


「間違いないわ! アタシは盗賊どもを追ってここまで来たんだから! 盗賊の中の偉そうな女が、ついてこれたら話を聞くって! もう少しってところで見失っちゃったのよ! やっぱりアンタを見つけて正解だったわ、さあ早くなさい」


「わかった、わかった、ちょっと待ちなよ。ローラの話ってなんなのさ。家族は無事なの? それともお金を奪われた? 見つけたって元には戻らないかも知れないじゃないか」


「わかんないわよ! アタシが町に戻ったら、もう町はメチャクチャだったんだから。家族も見当たらないし、家はぐちゃぐちゃ。もうアタシだってどうしたらいいのかわかんないの! でも、アンタのところの盗賊どもがそうしたのなら、一発殴ってやらなきゃ気が済まないじゃない!」


 最後の方、ローラは涙目になりながら叫んでいた。


 ……気持ちは良くわかる。突然襲いかかってきた理不尽に必死で抵抗しているのだ。恐らく自分にはなんとか出来るだけの力もある、と信じているのだろう。だけど……。


 ローラの心情を考えればボスに相対させてやりたくはある。だけどボスに会ってこのまま向かって行ったら、死んだ事さえ気付かずに死んでしまいそうだ。それならば、うちの常識人に話をしてもらう方が良さそう。なんか約束をした張本人みたいだし。


「はぁ……。わかったよ、アジトまで一緒に行こう。うちのボスは多分いないと思うけど。あのさ、ローラが言ってた偉そうな女って、茶髪の美人だった?」


「美人かどうかはローブを被ってて分からないけど、多分茶髪だったと思うわ。ちょっと盗賊っぽくない奴。殿にいてアタシと戦ってたから見れば分かるわ!」


 ああ、やっぱり。それは多分、シエラだろう。シエラはどうしてそんな約束をしたんだ?

 彼女の事だから何か考えがあったんだと思うけど。まぁ後は本人に任せよう。

 それとローラが暴発しない事を祈ろう。




 ※ ※ ※ ※




「いい? ローラ。これからアジトに向かうけど、決して無闇矢鱈に魔術を打ったりしちゃダメだよ? ローラは強いかも知れないけど、こっちは人数が多い。君一人じゃ絶対に勝てない。それが約束出来なければ連れて行けない」


「わかってるわよ、しつこいわね! しつこい男はレディに嫌われるわよ」


 かっちーんときた。前世から合わせれば四十年程は生きている。こんなおこちゃまに言われなくても淑女への対応くらい心得ているわ!

 ……だからこそローラには何も言わないが。


 お互いむすっとしたままアジトの前に着く。ローラはソワソワしているが今の所暴走の気配はない。

 まずはシエラを探して事情を聞かないと。


「おつかれさまです」


「おう、随分遅い帰りだな。……そっちのガキはなんだ?」


「こいつは俺が拾ってきました。もう少ししたら良い女になると思って。みんなで楽しめるでしょ?」


「ちょっと、アンふがっ——!」


「(ローラは黙って! 中に入れないよ!)」


 慌ててローラの口を塞ぎ小声で注意する。しまった、ちゃんと言い含めておかなかった。そりゃローラの性格じゃ逆上するよな。


「……ふーん。まぁいいけどよ。あんまり勝手な事してるとボスに真っ二つにされるからな」


「はい、わかってます。なのでシエラさんに報告しようかと。シエラさんはいますか?」


「ああ、中にいるはずだ」


「ありがとうございます、探してきます」


「いや、それには及ばんよ」


 俺達がアジトに入る前に、中からシエラが出てきた。腰から剣を下げてはいるが、既に鎧を解いて軽装になっている。


「シエラさん。あの、彼女なんですが——」


「あんたっ! やっと見つけたわ! やっぱりここに居たのね!!」


「! てめえ! シエラさんになんて口聞いてやがるっ!!」


「よせ、かまわん。獣人のレディよ、やっと来たか。待ちくたびれたぞ。ここじゃなんだから、少し場所を移そうか」


 そう言うと、俺達の返事を待つ事なくシエラは森へと歩いて行ってしまう。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


 もちろんローラも付いていく。これ、俺は行く必要あるのかな? 後は二人で話してくれないかな。でもきっとダメなんだろうなぁと諦めながら俺も付いていく。



 ※ ※ ※ ※



「さて。改めて、よく来たな獣人のレディよ。随分と時間がかかったんじゃないか?」


「う、うるさいわね! あんたが途中で逃げ出したからいけないんじゃない! それにその呼び方はやめて! アタシにはローラという名前がある。アタシはローラ! 誇り高きフェンリル族の末裔、リンデルト家が長子、ローラ・リンデルトよ!」


 おお、カッコいい。なんか貴族みたいだ。そう言われればなんとなく気品のようなものを感じなくもない。主に毛並みとか。


「ふふ、それは失礼したな、ローラとやら。私はシエラ。名もなき盗賊団の副団長をしている。それで、お前の望みはなんだ? 約束通りここまでこれたのだ、聞くだけ聞いてやろう」


「その言葉に二言はないわね? アタシの望みは、アタシの町を元に戻しなさい! 人も建物もお金も、全部元通りにしなさいよっ!」


「ふむ、それは無理だ。そもそもアレは私達がやったのではない」


「!? どういうことよ!?」


「お前は気付いていないのか? いくら私達が盗賊だからといって、意味もなく町並みまで壊すと思っているのか?」


「あ、アンタたちの事なんて知らないし分からないわよ! じゃあアンタたちがやったんじゃなければ、誰がやったのよ!」


「……それは自分で調べるといい。きっと面白い事がわかる。それで? もう他に話はないのか?」


 どうもシエラとローラの話が噛み合わない。俺は事実を知らないが、わざわざシエラがここで嘘を付く意味も分からない。じゃあローラの町で何が起きたんだ?

 盗賊をとっちめるという思いだけでここに来たローラは、シエラの問いに答えを返さないでいた。


「望みはないのか? じゃあこちらからもお前に選択肢をやろう。私達の仲間になるか、ここで殺されるか。さあ、どちらを選ぶ?」


「の、望みがないなんて言ってない! 今考えてるのよ! それになんでアタシが仲間にならないといけないのよ!」


「お前の望みを聞いてやると言ったんだ。まさか対価なしで叶えられると思ったのか? それに、別に仲間にならなくてもいいのだぞ? その代わりここで死んでもらうが。最期の望みとして腹一杯飯を食わせてやろうか?」


 いつになくシエラが冷酷だ。その冷たい視線に俺の背は総毛立つ。


「……冗談じゃないわ。ふざけた事言わないで。もう知らない、頭にきたわ。アンタたちが犯人であろうがなかろうが、関係ない。もう許さないわ。全員ここで殺してやる!」


 ローラの瞳が金色に輝き、髪の毛が逆立つ。

 そして魔術の詠唱を開始するローラ。




「風よっ! アタシに仇なす全てを切り裂けっ!!」

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