十九話 特訓

「ちょっと意地悪だったわね、謝るわ。もう少し分かりやすく言うと、いきなりは大魔術なんて使えないわ」


 そりゃそうだ。それくらい俺だってわかるさ。


「まずは基礎の繰り返しね。アタシがさっきやったみたいに、指に魔力を集めて小さな火を出す。まぁ火は出なくてもいいから、魔力を集める感覚つまり魔力操作を覚えることね」


「魔力操作魔力操作魔力操作……」


「これが出来るまでに一ヶ月はかかるわね! あんたみたいなポンコツなら三ヶ月くらいかしら? まぁ天才のアタシとは違うんだから、出来なくても仕方ないわ! ぜんっぜん気にしなくていいの——」


「おっ、できたぞ?」


 俺の指先から、火よりも小さいがライターの火花くらいの光が出た。これが火かと言われると疑問だが、だが俺の指から謎現象が起きているのだ! これを魔術と呼ばなくてなんとする!


「えっ…………。な、な、な、な、なんでよ! なんで出来るのよっ! いや、違うわっ! それは多分違う、違うはずよ! きっと何かの間違いよっ! ほら、もう一回やってみなさいよ!」


 そう言われたからもう一回やってみる。

 うーーーーん、ぽっ。


「ほれ、出来た。さっきよりも火っぽい」


「うそーん」


 ダメだ、ローラがダメな顔してる。これは人に見せちゃあかんやつや。

 自分が魔術を使えた事よりもローラの顔の方が気になる。いや、気にするべきはローラ本人なのだろうが、そんな事も考えられない状況のようだ。


「なぁローラ……、ローラさーん……、おーい、ローラレイ……、るーるるるるーるー」


「……キツネみたいに呼ぶんじゃないわよっ! アタシは狼よ!」


 あっ、復活した。というかこの世界でもキツネを呼ぶのにこうやるのか……。


「いや、すまんすまん。あまりにもローラがダメな顔してたから。何言っても反応しないし。それで、どうだった? 俺の魔術」


「あ、あ、あ、あんたの魔術はま、まぁまぁかしらねっ! まぁ、まだっ、初歩の初歩の基礎中の基礎、だけどね! な、中々やるじゃない!」


 めっちゃ動揺してるやん。なんかすまん。でもしょうがないじゃないか、出来てしまったものは。

 多分というか、ほぼ確実に母さんから受け継いだモノが関係してるよね、これ。実際はほとんどズルみたいなものだから、ローラには黙っておこう。ずっと。


 俺の魔力操作を見た後、ローラは黙り込んでしまった。木を集めて見ては落としたり、肉を切ってはミンチにしたり。これは相当動揺していると思われる。声をかけるにも何と言っていいか分からず、俺も非常におさまりが悪い。

 仕方ない、ローラの動揺が収まるまで肉でも焼いて少し時間をおこう。火をつけるところから色々引っ張ってしまったが、野営の準備をしていた事を思い出した。

 最初に燃えた枝達はもう半分以上焼け落ちている。追加で枝をくべて火を大きくしなくては。


 パチパチパチ、と枝が爆ぜ無事に焚火となる。枝に刺した肉を、少し遠火で焼けるよう周りに立てる。大きめの石を焚火の周りに置き椅子代わりにする。




「よっこいしょと。……それで、多分上手く魔力操作ができた訳だけど、この後はどうしたらいい?」


「…………あのね。正直少し、ううん、凄く驚いた。あんたがこんなにも短時間で基礎を習得するなんて。……妬ましい気持ちがない訳じゃない。でも、それ以上に自分が無力なんだって、何にも出来ないんだって感じてる……。この先のことは、ちょっと考えさせて」



 その後、ローラは焚火を眺めながらぽつぽつと言葉少なめに自分の事を語った。

 生まれた町の事。家族の事。自分の種族や祖先の事。魔力の目覚めから、魔術の習得について。


 適性の低い獣人から天性の才能を待ち生まれた自分は、きっと初代の血を色濃く受け継いだ、所謂先祖返りだったんだろう。初代というのはローラの祖先で伝説の魔獣フェンリルのことであるそうだ。

 フェンリルはその昔、時の勇者と対峙して敗れたが、その後勇者と共に旅をし世界の平定に多大なる貢献をしたとされる。らしい。その後人族の女性と交わり、フェンリル族という獣人の家系が生まれた。

 この世界のことは俺にはまったく分からないが、ローラの家系にはその冒険譚が事細かに記録されたものが残っているという。


 元々身体能力の高い獣人であり、かつ魔術も使える。それも相当な技量で。ローラは家族のみならず、町のみんなからも期待されていた。

 現実的なところでは町の発展と安全の確保、夢を見れば初代のような伝説的な冒険譚、そして出来るのであれば獣人の地位向上を。


 まだ幼いローラに直接的に伝えられる事はなかったが、それでも人々からの期待は肌で感じていた。だからローラは頑張った。

 人々の期待に応えられるように得意な魔術を、最低限の剣術を、苦手な学問も努力して身に付けた。


 そして定期的に行われる山籠りの日。

 フェンリル族の人間は最低限の護衛兼指導役の大人と共に山へ籠り、狩猟のやり方、野営の方法を学ぶ為一週間程度山へ籠る事が通例となっているそうだ。


 年に数回行われるこの行事の最終日、町へ帰還した時に事件は起こった。




「アタシが町に着いた時には、もう町は壊滅していたわ。人々は散り散りになって、残っていたのは亡くなった方の遺体と瓦礫の山だけ。アタシの家も崩れ落ちてて、家族の事を必死に探したけど誰も見つからなかった」


 予想以上に重い話に、俺はなんて答えたらいいか分からなかった。だが俺が悩んでるうちにもローラは話を続ける。


「もしかして町のどこかにいるのかも、と思って探してた時に、アンタ達の団、つまりこの団ね。その何人かを見つけたのよ。アタシもカッとなって、ついそのまま追いかけちゃったわ。そこからはアンタも知っての通り、どこかの誰かに水浴びを覗かれて、流れ流れて遂に盗賊に身をやつした、憐れな美少女の出来上がりよ」



 よよよ、とワザとらしく泣き真似をしてこちらを睨む。うん、そんな話が出来るくらいには回復したみたいだ。美少女というのは間違いではないが、ここはあえて突っ込むまい。


「なんか色々すまん。無理矢理聞き出したみたいになっちゃったけど、悪気があった訳じゃないんだ。……魔術のことも」


「分かってるわよ、アタシが勝手に話しただけだしね。それに、シエラと話して色々分かったの。このままじゃいけない、このままではダメなんだって。アタシが強くならないと、町のみんなが困るから。盗賊団に入るつもりなんて全くなかったけど、でもシエラに出会えてよかったわ。盗賊稼業をするつもりはないけどね」


「そこは俺も同意だ」


 なんとなく気恥ずかしい思いがしたので、焼けている肉を差し出す。ほら、君にはこれが良く似合う。


「……なんか失礼なこと考えてない?」


「まさか。失礼なことではないと思ってるぞ」


 まぁいいけど、と言いながら今度こそ焼けた肉を頬張るローラ。……どっちの方が好みだ?


「とりあえず、アンタはしばらく基礎を続けるのがいいと思うわ。小さな火、水、風が起こせればばっちりね。それ以上の魔術を使うなら、アンタにどれだけ才能があろうが足らないものがあるのよ」


「そうなの? ローラの負け惜しみじゃなくて?」


 バキッ


 軽快な右フックが俺のこめかみを捉えた!

 うううっ……、痛い。


「違うわよっ! 魔術を使う上での基本、大原則なの! まぁ今はそれは言わないでおくわ。変な癖がつく前にしっかりと基本を習得するのよ」


「あ、はい……」



 いつもの調子を取り戻したローラと他愛もない話を始められた。あぁ、よかった。お前にはそっちの方が間違いなく似合ってるよ。


 その後、狩猟談義や魔術談義に花を咲かせ割と盛り上がった。非常に眠くはなったが不寝番を立てる必要があり、ただ俺一人では難しいだろうという事で結局朝まで二人で起きていた。



 ※ ※ ※ ※



 空が白んできて間も無く夜が明ける頃。昨日全く獲物が獲れなかったので、出来れば今日は二日分獲りたいと思いいつもより早く出発する。


「昨日言った通り、今日はいつもと違う場所を通ってアジトの方へ戻ろうと思う」


「ええ、いいわよ。今日の獲物は魔物だからね! そこ忘れないでよね!」


 忘れてなかったか。いや、まぁ俺ももちろん興味がある。だがそれよりも食糧が足りない事の方が心配で、正直魔物の事は二の次だった。そういう所がたまに前世の日本人的責任感というか、ノルマ制度を思い出してちょっとげんなりしてしまう。

 まぁ見かけたら仕掛けるくらいでいいか。


 元きた道とは違う方へ。割と真面目に二人で狩りをしながら戻っていく。うん、それなりに順調だ。結構距離があるので、ここで大物を仕留めてしまうと持ち運びがツラい。たまたまなのか、出てくる獲物はどれも小型で、可食部だけを切り分ければなんとか二人で持ち帰る事ができた。


「それなりに獲れたけど、つまんないわね。もっとこう、がぁーっと凄いの出て来ないかしら」


 またローラが何か言い出した。お願いだからそんなの出て来ないでください。狩る方と狩られる方の立場が変わってしまう。せめて弓矢で倒せるやつにしてください。


 そんなことを考えながら五分ほど歩く。


「——来たっ」


 そう、俺達は何かの反応を捉えた。

 それなりに大きい、少なくとも兎や狼ではない。人より大きいかも知れない。


 二人で気配を消して息を潜める。恐らく相手にもバレているだろう。先手を取られないようしっかりと集中して、いつ向かってきても平気なように準備をする。


 …………。


「あれ? 消えた……?」


 すぐ近くにいたはずの獲物が突如消えた。不思議に思った俺たちは二人で顔を見合わせる。その草むらにいると思うんだけど……。


 ……。

 …………。

 がさっ、がさがさっ!!



「GYAAAAA!!!」


「「ぎゃあぁぁぁぁぁーー!!」」



 突如、雄叫びを上げながら茂みから飛び出してきた緑の影!

 俺たちも叫びながら一目散に逃げ出した!


「GUOOOO!!!」


 緑の影は片手に棍棒を持ちながらドスドスドスと音を立てて追いかけてくる。


「ちょっ! ローラ! お前が変な事いうから変なの出てきちゃったじゃんか! なんとかしろよ!」


「知らないわよ! アンタが臭いから引き寄せたんでしょ!! アンタこそなんとかしなさいよ、男なんだから!」


 森の中を走りながら俺たちはいがみ合うが、相手にはまったく関係ない。そこかしこに枝が出ていて走りにくい道だが、そんなの意に介さずそのまま真っ直ぐに向かってくる。


「おいっ、お前の求めてた魔物だろ! 早く倒してみろよ!」


「アタシはあんなの求めてないわよっ! もっと美味しそうなのがいいわ! あんなゴブリンお断りよっ!」


 ……あれってゴブリンなのか!? なんか俺の知ってるゴブリンよりも二回りくらい大きい気がするんだが。


「ゴブリンってあんなにデカいのか?」


「知らないわよっ! 人型の魔物は大体ゴブリンって相場が決まってるのよ! 健康優良児なんでしょ!」


 そうなのか……? ローラの言ってる事が全く信用ならないが、このまま走ってても埒が明かない。俺は意を決して振り返る。


「ローラ、俺が弓で牽制する。魔術で倒せるか?」


「ふんっ、最強で最高の魔術師であるアタシに不可能はないわっ! 早くやりなさい!」


 言うが早いか俺は弓を引き絞る。あのデカい体には通用しないだろう、狙いは顔だ。目に当たれっ!!


 シュパッ、シュパッ


 続けて二本の矢を射る。一つは払われたが、一つは頭に当たった。刺さりはしなかったが、一瞬魔物は動きを止めた! 今だ!


「風よ、切り裂け!」


 ローラが詠唱を終わらせた魔術を、魔物に向かって解き放つ。目に見えそうな勢いで飛ぶ風の奔流が魔物の身体を斬り刻む……が、まだ足りない!


「ダメだ、あいつ皮膚が分厚くてちょっと表面が切れただけだ。他はないのか?」


「くっ……! いいわ、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ自信がないけどアタシのとっておき、見せてあげる!!」


 そう言って力を溜めるローラ。薄ぼんやりと体が光って見えるのは気のせいではないだろう。


「取っておきたいとっておきだったんだけどね! 閃け、稲妻よっ!!」


 ガガッ!

 ズガァーンッ!!

 ゴウゥンッ!!!!


 途端に鳴り響く轟音。あまりの音に、俺は思わず耳を塞いでしまった。目を閉じていても視界が真っ白になるくらい、激しい光があたりを包んだ。


 数秒間続いた音が鳴り止みゆっくり目を開けると、そこには見るも無惨な森の跡地が広がっていた……。


「す、すごいね」


「ふんっ、アタシが本気を出せばこんなもんよっ。ちょっとだけ狙いが外れた気がしないでもないけど」


 森の跡地には今までは緑だった、現在は黒い魔物の死体が転がっている。無事に倒せたみたいで良かった……のか?

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