七話 狩人

 マンケの手伝いは連日続いた。

 口数の少ない男だったが、作業の合間の会話で少なからずマンケの事を知ることができた。


 彼はこのアジトで装備や雑貨の一切を任されている。盗賊なので欲しいな物は盗んでくるし、必要であれば町に買いに出ることもある。だが、それでも修繕は必要だし、その場その場で必要な物は作るしかない。

 革製の鞄や防具、弓や矢、その鏃。剣などの修繕が主な仕事だ。


 非常に手先の器用な男で、彼の手にかかると傷んだ剣も防具もあっという間に新品同様になっていく。

 そんなマンケの元で俺は小物の製作や修繕の手伝いをしていた。


「小僧、中々筋がいいな。次はこれをやってみろ」


 片目で俺の仕事を見定めるマンケ。今のところ大きな指摘はないからそれなりに出来ているのだろう。ものづくりが段々と楽しくなってきた。






 そんな日々を過ごしながら数ヶ月。

 今ではマンケの仕事をほぼ全般に渡りサポートをするようになった。

 そして俺の仕事の最終確認として、一本のナイフを作る事になった。


「とりあえずこれができりゃ、おめぇも一人前と認めてやる。やれるだけやってみな」


 今までマンケの仕事を手伝って覚えたこと。剣を打つ所も何回か見た。

 鉄くずの山から材料となる鉄を手に取る。うん、なんとなくこれがいい。

 炉と言うには粗末なものだが、鉄を熱するには事足りる。熱して叩いて熱して叩いて、俺は見様見真似で鉄の塊をナイフへと造りあげていく。


「……上等だ」


 そう言うマンケの表情は、言葉とは裏腹に決して喜ばしいものではなかった。


「とりあえずこれで俺の教える事は何もねぇ。お前が手伝ってくれたおかげで溜まった仕事も片付いた。後は好きに過ごせや」


 なんと。無事に出来上がったが、褒められるとは思っていなかった。だが、好きにしろとはどういうことなのか。このままここで仕事をしてもよいのか、それとも。


 ただマンケはもう俺の事を見ていない。仕事も終わったのか、横になって酒を飲み始めた。

 つまりはそういう事なのだろう。

 認められて嬉しい反面、寂しくもある。折角ものづくりの楽しさを覚えてきたのに。

 だがもうこれ以上はないのだろう。


「お世話になりました、ありがとうございました」


 それだけ言って俺はマンケの工房を後にした。

 自分用に作った一本のナイフを持って。





 ※ ※ ※ ※





 マンケにいとまを出されてしまったので、次の仕事を求めシエラを探す。仕事をしないと冗談でなく殺されてしまうからな。だが生憎、この日はシエラを見つける事は出来なかった。


 この何ヶ月かで盗賊団のルーティーンが少し分かってきた。

 まず、ボスであるパンメガスはあまりこのアジトにいない。名前はつい最近知った。ボスは数ヶ所あるアジトをぐるぐる回っているらしい。でないとあちこちの憲兵や騎士団、冒険者などから追われて捕まる可能性が高くなるからだそうだ。


 そしてシエラはこの団では何人かいる副団長のうちの一人みたいだ。副団長という役職が正しいかは知らないけど。

 女ながらに剣の実力だけでのし上がった傑物らしい。前に心配した、夜の慰み者になってしまうのではという心配も、そういう理由で免れていると言う事だ。では、どうしてそもそも盗賊なんかになったのか。他の仕事でも良かったのじゃないか?

 とは思ったが、まだそこまでは聞くことが出来なかった。

 シエラは副団長という立場上、ボスに同行する事が多かった。今も多分ボスに同行して村や隊商を襲っている、はずだ。

 盗賊という稼業に全く賛同は出来ないが、危険が多い事には間違いない。なので一仕事終えてシエラが無事に帰ってきた時は素直に嬉しかった。


 そして、俺の力の事。母親から譲り受けたあの石。母さんが消え去った時に同時に消えてしまった。だが、アレは俺の体の中にある。俺の体に入った瞬間、母さんの呪いの事、力の事、そして何が出来るのか感覚的に理解した。

 超常の力である、使った事などない。だけど俺には分かった。この力を使いこなす事が出来れば、生きていける。まだ半信半疑だが、しっかりと自分のものに出来るよう努めていこう。



 しかし、そうか、困ったな。シエラがいないんじゃ頼れる相手がいない。俺はまだ好き勝手に行動できないので、シエラの指示なしでは何も出来ない。

 シエラ以外に俺に指図してくれる人もいない。


 仕方なく俺は勝手に出歩ける範囲の一番遠いところ、つまりアジトの入り口に向かう。

 何か目的がある訳ではなかったが、広い所であれば作ったナイフを振り回すこともできるだろう。

 それにシエラが帰ってきてもそこならすぐ分かる。


 入り口に向かうと、そこには何人かの男が集まっていた。その中でも陽気そうな男がこちらに気付き声をかけてくる。


「おう、坊主。どうした? 何か用か?」


「あ、いえ、その、やる事なくてちょっとふらふらと……」


「なにー! そいつはいけねえな! バレたらボスに殺されちまうぞ? じゃあよ、今、晩飯の下拵えしてるんだ。坊主も手伝っていけよ」


 そう言われて男の後ろを見れば、腕まで真っ赤に血で染めた男達がニヤニヤと笑っている。

 一瞬その姿を見てドキッとしたが、よく見ればそこには獣の姿が。

 血塗れの盗賊なんて近づきたくもないが、獲物を解体している手前、致し方ない。


「は、はい! よろしくお願います!」


 なし崩し的に次の仕事が決まった。




 ※ ※ ※ ※




「そうそう、そこの脚を持って思い切りひっぱれ! そうだ、上手いぞ」


 一緒に仕事をしてみると、なんとも気の良い連中だった。血塗れでニヤニヤしていたのは、俺をびびらそうとしていただけらしい。


「ほら、この筋をを切ってひっくり返せば……、なっ!」


 そう言って解体作業を教えてくれているのはパットという青年だった。まぁ見た目では俺の方が若いのだが。


 彼等は朝のうちに仕留めた獲物を解体し、夕飯の下拵えを手分けして行っていた。


「ふうっ……、これで終わりですか?」


「ああ、充分だ。初めての割に上手いじゃないか」


「あぁ、本当だな。ナイフの使い方も良かったし、そもそも中々の業物じゃないか」


 俺が作ったナイフはそこそこ評判だったので、ちょっと嬉しい。だが彼等の解体用のナイフも切れ味が鋭く、そのおかげで仕事が早く終わったように思える。でもなんか見た事あるような……。


「最近マンケのおっさんに頼んでた研ぎからあがってきてよ、おかげではかどってるよ」


 やはりそうか、あれは俺が研いだナイフだ。


「そうそう、最近めっきり仕事が早くなったんだよな、あのおっさん。今までは頼んだのにずっと後回しで中々終わらなくてよ」


「なんか若いのが下について、それで効率が良くなったとか聞いたぞ。前に頼んでた籠もこの前戻ってきたしな」


 そうか、俺が手伝ってきた仕事はこう言う人達の役にも立っていたんだ。それを聞けて少し嬉しい気持ちになる。


「あの、マンケさんの仕事は俺が手伝わせて貰ってました。ただもう溜まってた仕事もなくなったからって追い出されちゃいましたけど……」


「おおっ!? そうか、お前がその若いのだったのか。いやー、色々助かったよ。ありがとな。じゃあもうあのおっさんの所の仕事はしないのか?」


「いや、やらないって訳じゃないんですけど、俺はシエラさんの指示であの仕事をしてただけなんで……。次に何をやるかはシエラさんに決めて貰えないと勝手にはやれないので」


「あー、そっか、なるほどね。じゃあせっかくだからしばらくこのまま俺たちの仕事を手伝えよ? 戻ってくるまでまだ二、三日あるだろうからよ、その間だけでも。暇なんだろ?」


「ええ、まぁ」


「よし、決まりだな。解体も早く終わったから今からちょっと追加の獲物でも探しに行くか!」


 解体をしていた男達がやんややんやと騒ぎだし、結局今からまた森に獲物を探しに行く事になったみたいだ。


「坊主も行くだろ?」


「でも俺、狩猟なんてした事ないしみんなの邪魔になっちゃうかも。道具もないし」


「大丈夫大丈夫! おう、俺が昔使ってた短弓があるからそれ使えよ。森みたいなところだとこっちの方が勝手がいい時もある。体格的にもこの方がいいだろ」


 そう言ってパットはアジトに戻り、小さな弓を持ってきた。これはもう断れない流れだな。


 仕方ない、と覚悟をきめて弓を手に取った。

 弓自体はとても軽く、古さや細かい傷はあるものの、目立った汚れ等なく綺麗に手入れをされていた。

 弦を引くと思ったよりも重く、今の俺では最後まで引けないかも知れない。


「いいんだよ、最後まで引けなくても。そのうち出来るようになるさ。それまでは距離を詰めて手数で勝負だな。しばらくみっちり教えてやるからな」


 そう言ってパットはイタズラ小僧のようにニヤニヤして俺を見た。なんとなく嫌な予感がしたが、もう後にはひけない。


 男達が森に向かって突き進む後を、俺も遅れないようについて行く。



「今日は坊主の腕ならしだ。大物じゃなくて小さいの、鳥でもいいな。そういうのを狙っていこう」


 そう言いながらパットは先頭を歩く。

 歩きながら獣道の見つけ方、動物の縄張りの目印、動物と魔物の違いなどを教えてくれる。


「魔物なんているんですね。倒せるんですか?」


「魔物とは言われてるけどよ、基本は動物と変わらないんだよ。大きくて強いだけ。まぁそれが厄介なんだけどな」


 違いないと皆んなで笑う。そんなに大声を出していたら動物は逃げちゃうんじゃないか?


 話を聞くと、魔物とは動物が瘴気を浴びて変質したものらしい。体が一回り以上大きくなり、皮膚や毛皮が分厚く強く、目が赤く光り、体内に魔石や核が生成される。

 瘴気とは何なのか、そのメカニズムはなんなのか当然解明されていないが、昔の偉い人がそう言って今ではそれが常識となっているらしい。


 ちなみに魔物の肉を食べ続けると人間も魔物になる、という噂。これは噂の域を超えないみたいだ。試した人が少ないから。




「おっ、いるぞ」


「はいよっ」


 気軽な掛け声でパットが弓を放つ。その先には犬の様なサイズの熊? みたいな動物が矢で貫かれていた。


「すごいっ! なんで居場所がわかるんですか! それにその弓の腕前! 凄いです!」


「ははっ、まあね。実は僕もパットもスキル持ちなんだよ」


「おい、ナム。お前それは内緒にしとけよー」


 ナムと呼ばれた青年が気になることを言う。


「スキル? スキルってなんですか?」


「あー、んー、そっか、そうだよな。スキルって言うのはな、簡単に言うと身に付けた技術かな。技術がスキルまで昇華するとその技術は二度と失われない。俺はずっと弓を使ってて、気づいたらそれが弓のスキルとして定着したんだ」


「そうそう。僕は昔からずっと狩猟の時に獲物を探していてね。それで気づいたら気配を察知出来るようになってたんだ。だから僕とパットがいれば狩りは成功したも同然だよ」


 なんと。そんな便利な能力があったのか。

 そうか、スキルか。でも獲得までの道のりは険しそう。いつか俺も一人で生き抜くためのスキルが欲しいところだ。


「あれ? でもスキルってなんか他にも手に入れる方法なかったっけ?」


「基本的には積み重ねた技術がいつの日かスキルになるんだが、たまにこう、突然スキルが降ってくる人もいるらしいぞ? まぁ自分が望んだスキルじゃない場合が多いらしいが」


 スキル……。謎が多いな。俺が転生したこの世界は明らかに地球じゃないよな。魔物もいるらしいし。できる事なら俺も転生した時にチートなスキルを貰いたかった。転生ってそういうものじゃないの?

 でも、もしかしたら魔法とかもあるのかも知れない。そう考えると少しワクワクしてくる。


 俺はもう好きに生きると決めたんだ。今は生き抜くだけで精一杯だが、いつか生きる力を手に入れたら、その時は自分の思うように、好きな様に生きてやる。スキルはそのための道標になるかも知れない。あ、いつか正拳突きがスキルになるといいな。マッハパンチとかって名前で。


「ほら、じゃあ獲物を回収して次行こうか。まだそこら辺に少しいるみたいだからさ」


 ナムに急かされて獲物を担ぐ。これなら背中の籠に入るサイズだ。

 この日はこの後、同じ様な獲物を五匹捕える事が出来た。ちなみに、俺が捕らえた獲物はいないと言う事を申し添えておこう。

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