六話 盗賊

 盗賊の仲間になってから数日。


 初めは全くやる気が起きなかった。

 母さんとの別れは俺の心をズタズタにした。生き延びる為に盗賊の仲間になることを願ったが、母さんが死んでしまっては意味がない。生きる意味を失い、やる気も起きずただ死んだように寝ていた。

 何もしない俺にボスは笑いながら殺そうとしてきたみたいだが、シエラがうまく取りなしてくれた、らしい。

 俺はアジトの洞窟でずっと寝ていたのでそのやり取りを直接見てはいないが、聞こえてくる話の中にそんな内容が含まれていた。


 少し、ほんの少しだけ申し訳ない気持ちになるが、そもそも俺の村を、母さんを殺したのはこいつらである。表面上俺は沈黙していたが、心の中では激しく上がったり下がったりを繰り返していた。


 しかし、寝ているだけでも腹は減る。何もしない俺は食事を貰えないかと思っていたが、意外な事に飯はもらえるらしい。もしかしたらこれもシエラのおかげかもしれないが。

 この盗賊団では食事が一日二食出る。それも薄いスープでなく肉料理だ。むしろ肉しかない。

 悔しいがこれはありがたかった。記憶が覚醒してから五年、まともに食事をしたのは収穫祭の年に一回のみ、最後はこいつらに荒らされてしまったので都合四回しかちゃんとした食事をしたことがない。

 こいつらのした事は許せないが、即物的な誘惑には中々抗えなかった。


 食い物で懐柔された訳ではないが、それでも食べれば少しは頭も働くというものだ。今後のことも考え、俺は遂に動く事に決めた。といっても何をしていいか分からないので結局シエラ頼みだが。

 早速シエラのところに顔を出す。



「お、ついに起きたか。そのまま死ぬかと思っていたぞ」


 アジトの洞窟で見かけたシエラに声をかける。いや、正確にはシエラと思われる人物に、だ。

 何せ俺はシエラの顔をまともに見ていない。村を襲われた時にはフードを被っていたから声しか分からない。それでも、この人がシエラだと分からせるには充分なオーラを放っていた。

 簡単に言えば、シエラは美人だった。それもとんでもなく。ハリウッド女優と言われれば「はいそうですか」と信じてしまいそうだ。

 ただ、その目に宿す光はハリウッド女優と言えども到底真似出来そうにはないが……。



「あ、あの、なんか色々すいません。気を使ってもらったみたいで……」


「……いや、いい、気にするな。それで、どうした?」


「あのっ、俺はこれからどうすればいいですか? 何か、何をすればいいですか?」


「そうだな。お前は何が出来るんだ?」


 シエラに俺の出来ることを伝えた。と言っても奴隷時代にした事といえばトイレ掃除と畑仕事くらいだが。前世では病気で死ぬまでにそれなりに色々経験をしているが、流石にその経験は伝えられない。一体どこで、となってしまうので、とりあえずは俺がこの今の人生で経験をした事だけだ。


 シエラはしばらく悩んでからおもむろに立ち上がる。


「よし、じゃあ私についてこい。何かしら出来る事はあるだろう」


 そう言って少し笑いながら洞窟の中を進んでいくシエラ。俺は黙ってそれについて行く。暗がりの中を進むシエラが、唐突にこちらを振り向いて言った。


「そういえば、お前の名前を聞いていなかった。名前はなんと言うんだ?」







 ※ ※ ※ ※





「おい、マンケ。こいつは新入りのセルウスだ、しばらくお前のところで面倒を見てやってくれないか?」


 結局、俺はここでは「セルウス」と名乗る事にした。名前は自分で適当に付けた。

 奴隷時代は「おい」とか、「お前」とかしか呼ばれた事がなかったので自分の名前など知らなかったし、母さんが教えてくれた本当の名前はこいつらに言いたくなかった。


 マンケと呼ばれた片目の潰れたおっさんは、残った片目で俺の事を睨みつける。


「おいガキ。お前は、何ができるのか」


「なんにもできません。これから出来るようにがんばります」


「……姐さん、とりあえずは預かりやしょう。使えなかったら好きにしても?」


「ああ、構わない。ただここではやるなよ、匂うからな」


 なんの話か分からないが、とりあえず俺の仕事はこのマンケという人の手伝いにきまった。部屋を見る限りでは工房のようである。何かを作ったりするのだろう。せめて与えられた仕事はまっとうしよう。


「おう、ガキ。じゃあまずはこの革紐をなめすところからだ」


「はい!」


 さて、頑張ろうじゃないか。



 ※ ※ ※ ※



 その晩、夕食時。

 アジトの入り口で作られた料理が配られる。まぁ適当に自分達で取りに行くだけだが。

 俺が通路の端でモゴモゴ食べていると隣にシエラが座った。


「どうだ? マンケの仕事は手伝えそうか?」


「シエラさん。あの、ありがとうございました。俺でも出来そうな仕事を紹介してくれて。あれならなんとか続けられそうです」


「そういう訳ではないんだがな。ここにいる以上、何か仕事をしてないとボスが、な。わかるだろ?」


 そう言われてあの筋肉ダルマを想像し、鳥肌が立つ。アイツは異常だ。人を真っ二つにして笑っていられるなんて狂っている。俺の真っ青な顔を見てシエラが続ける。


「ボスは同業からも恐れられていて、ラフィン・キラーとも呼ばれている。だがあれで頭も切れるからな。言動には注意した方がいいぞ」


「あ、はい、わかりました」


 そうでなくてもそうするつもりです。俺は慌ててうなずく。


「それにしても、お前は変わった奴だな。奴隷で、しかも子供なのに言葉遣いも丁寧だし。今まで何人か子供を拾ってきたが、お前みたいのはいなかったぞ? 本当は何歳なんだ?」


「そんなに変でしょうか? 正確な歳は分からないですけど、物心ついてから五年は経ってるので八歳くらいだと思います」


「……そうか、やっぱり変な奴だ」


 あなたも結構変だと思いますけどね。

 普段フードを被っていてあまり目立たないけど、フードの下には想像以上の美貌を備えている。そんな姿の割に、みんなに恐れ? られている気がする。


 それに盗賊らしからぬ立ち振舞い。

 盗賊団内の上下関係が厳しくてキリッとしているのかと思ったが、他の奴らはなんか想像通りの盗賊だった。

 性格的なものなのか出自によるものなのかは分からないが、盗賊に身をやつしている時点で何かあるのは間違いないだろう。

 俺に対してはやけに気を回してくれるが、無駄口を叩ける程親しくもない。いつかわかる時が来るだろうか。



 一日の終わりの夜。俺はアジトの大部屋の中に押し込まれている。

 アジトは元々洞窟で、人一人入れるだけの穴しかなかったものを、ボスが素手で堀ってここまで大きくしたらしい。ほんと何者だよ、アイツ。


 大部屋には布団なんて当然ないし、周りはおっさんだらけでいびきもうるさい。

 それでも雨風しのげて飯も食えて、一応命を脅かされることのない状況に俺は満足していた。




 ……。

 ……………。

 …………………いやいやいやいや、満足しちゃダメだろ!


 何満足してんだ、俺。

 お前は自分の好きに生きる為に転生を願ったんじゃないのか!? そもそもここのコイツらも、俺の村を襲った悪人じゃないか。こんな奴らと一緒に生活をして落ち着いてる自分って……。

 どうやら転生直後からの奴隷生活にすっかり毒されてしまって、俺の心はすっかり奴隷になっていたようだ。



 ただ、活動してみて分かったこともある。

 まず、世の中が厳しい。異常に厳しい。比較対象が前世でも特に安全な日本だからではあるが、それにしたって死が身近すぎる。

 奴隷時代にも感じていたが、怪我や病気で死ぬ確率が高いし、今回こうして盗賊の襲撃のリスクも実体験として感じた。

 自分の思う通りに生きていこうにも、チートの能力もなく、身体能力も極々普通の子供ということであれば、単独で生き延びるのはまず不可能だろう。


 それと、とにかくボスが強い。多分これも異常なくらいに。世間一般がどうとか分からないが、普通人間を半分に斬るなんて出来ないだろう。

 それを片手間でやってのけるというのであれば、やはりここのボスは異常に強いのだろう。



 いつかはこの盗賊団を抜け出そうと思うが、今の俺じゃ色んな意味で生きていけないだろう。せめてここにいられるうちに生きて行く術を身に付けなければ。

 そんな事を考えているうちに睡魔が襲ってきた。今日は久しぶりの労働で疲れた。休めるうちに休んで、食べれる時に食べて、生きる力を付けなくては…………。

 あ、正拳突き……。




※ ※ ※ ※




 セルウスが眠りについた頃、まだアジトの中では酒盛りをしている連中が多勢いた。今日は遠出していた部隊がそれなりの戦果をあげて帰ってきたようだ。

 酒盛りの中心は、帰ってきた部隊、それと団の中でも幹部の連中や、アル中気味の酒好き達である。その中にシエラとマンケの姿もあった。


「姐さん、あの小僧はどこで拾ってきたんで?」


 木のジョッキを片手に、マンケがシエラの隣に座る。


「あぁ、この間の村でな。珍しく自分から入団を希望してきたやつだ。まぁ理由は色々あるがな」


「左様で。って事はボスの試練も乗り越えてたんですかい?」


「もちろんだ。ボスに直接声をかけてしまっていたからな。見逃す訳にもいくまい」


 見逃したら被害が一人二人じゃ済まなくなる、と言いつつ手の中のジョッキを傾けるシエラ。


「ははーん、中々肝が据わったやつですな。変な気を起こさなきゃいいですが」


「何かあったのか?」


 シエラは身を乗り出し、マンケの方へ体を向けた。


「いやね、特に何もないですぜ。ほんとに何もなかった。なさすぎるくらいに」


「どういうことだ? 何もないならそれでいいではないか?」


「今日はあいつに革の加工をやらせたんでさぁ。なめしたり切ったり縫ったりと。普通、あれくらいの子供じゃ勝手が分からなくて何回も聞いてくるもんです。覚えがよくても初めてなら一回二回は聞かなきゃわかんねえ」


 マンケは一息にそこまでいうと、喉を潤す為に自分のジョッキに手を付ける。


「なのに、やつは聞かない。俺が見せたことを一回で覚えちまう。しかも完璧に。出来上がりも上等でさぁ。俺とおんなじくらいに」


「ほう! それは重畳。やつにそんな才能があったなんてな。すごいじゃないか」


 シエラは無邪気に喜ぶが、マンケの顔色はすぐれない。


「団にとっちゃあそれでいいかも知んねぇ。ただね、姐さん、忘れちゃいないですかね。あっしはスキル持ちなんでさぁ。何年も、何十年もかけて、それこそ、この目と引き換えに会得したスキルが。それを今日の今日であっしの技術を盗まれちゃ、そりゃあ立つ瀬がないってもんですわ」


 それだけ言ってマンケはジョッキを空にした。


 マンケの言葉にはっとするシエラ。その言葉の意味するところは何なのか。セルウスがただ器用であった、ということならばそれでいい。ただ、マンケの話からすればそれだけではない事は確実だ。


 ——やつは、セルウスは何かある。あの村での育ちもあり得ないものだった。

 今のところ、ただの礼儀正しい子供だ。でも実はそうではないとしたら。


 シエラはマンケの言葉に黙り込んでしまった。

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