五話 離別
「……あぁ? おい、ガキ、お前言ってる意味分かってんのか?」
「あ、お……、はい、わかってます」
リーダーらしき髪も髭もモジャモジャの筋肉ダルマは、不審者を見る目で俺のことを見据える。近くで見ると、あのスキンヘッドのゴンザよりも更にデカい。
「……おいっ! 今回、ガキ何人捕まえたっ!?」
「へ、へいっ! そのガキを入れて四人ですっ!」
「全員連れてこいっ!」
筋肉ダルマの言葉に盗賊達は慌てて道を開ける。そして縄で縛られた子供を連れてきた。
「ふーん、女二人に男一人か。お前を入れて男が二人。……どっちかでいいな」
その言葉に縄で縛られた子供が震え上がる。名前は知らないが村人の子供だ。顔は見た事がある。
「そっ、そいつは奴隷です! 奴隷の子供です! そ、そんな汚らしい奴より僕の方が絶対いいはずです!」
おいおい、よせやい、そんなに褒めるなよ。絶対的な暴力の前じゃ俺もお前も立場に差なんてないんだぜ?
「ほう、お前は奴隷なのか?」
「は、はい、そうです。多分、生まれた時から」
筋肉ダルマは岩の様な顔を近づけて俺を見るが、多分俺の体から漂う臭いに顔をしかめる。
「お前はあのガキよりも汚らしいってよ。確かにくせえしな。それで、アイツの方がいいらしいぞ? そうなのか?」
「…………」
突然の問いかけに何も答えられず、ビビりながらも真っ直ぐ筋肉ダルマの目を見る。筋肉ダルマは変わらず顔をしかめながら俺を見る。そんなに臭いでしょうか。
何が良い、か。そんなの分かるわけない。
盗賊の価値観なんて分からないし、こいつらの掟とか知らん。
何か言わなきゃとは思ったが、結局何も言葉は出てこなかった。
心臓バクバクで小便ちびりそうだったが、筋肉ダルマは意味不明に納得し、もう一人の少年の元に。
「おいお前、お前はアイツより何が良いんだ? 何が優れてるんだ?」
「あ、あいつは奴隷の子供です! 毎日糞まみれになって、畑仕事しかした事ないんです! 今だって何も言わないし、もしかしたら言葉も知らないのかも!!」
筋肉ダルマに聞かれて、ここぞとばかりに畳みかける子供。そりゃそうだ、多分自分の命がかかってるもんな。俺もこれくらい必死になった方がよかったのかも。まぁ、もう遅いけどな。俺は半分諦めた。
「そうかそうか、こいつは糞まみれで畑仕事しかした事のない馬鹿だっていうんだな。よし、よーく分かったぞ。それで、お前の良いところはどこっ、なんっ、だっ!?」
言葉に合わせて筋肉ダルマは手に持っていた巨大な斧を振り回す。
次の瞬間には縄で縛られていた子供は、頭から真っ二つに割られていた。
二つに割られた少年の中身を、筋肉ダルマがこねくりまわす。
「うーん、中身見ても良いところわかんねーな。 糞まみれで畑仕事しかしてなくて何が悪いんだ? それもわかんねーな、うはははは!」
筋肉ダルマは何でもないかの様に笑った。たった今、人を一人殺したとは思えない態度だった。その狂気と冷酷さに戦慄する。こいつはヤバいやつだ。
……俺は選択肢を間違えたのかも知れん。現状での最適解を選んだつもりだが、こいつの下でやっていけるとは到底思えなかった。
「よし、そこのガキ、お前を今日から俺達の仲間にしてやる! 俺様のために死んでも働くんだぞ!
おい、シエラ! シエラはいるか?」
「はっ! ここに!」
「今日からこいつを仲間として迎える。お前が面倒をみろ」
「かしこまりました」
筋肉ダルマから呼ばれて、背筋を伸ばした盗賊が出てくる。きりっとした立ち姿は正直盗賊らしからぬ見た目で、フードを目深に被っているが声は女のものだった。
「シエラ、いつも通りにな。情けはかけんなよ」
「……もちろんです」
それだけ言うと筋肉ダルマは村の中へ入っていった。
仲間として認められたんだろうか。果たしてこの選択は正解だったんだろうか。
俺の疑問は間も無く答えがでる。
「おい小僧、お前、家族はいるのか?」
「え、ええ。病の母親が村にいますが、でも……」
村人は多分皆殺しだ。子供ですら本当はもっといたはずなのに、さっき残ってた奴らしかいなかった。母さんは多分、きっと。
「うちの奴らは容赦しないからな。一応確認に行くぞ」
シエラに連れられて村に入る。中央の広場には村人の死体が乱雑に積み重ねられていた。
「ここにお前の母親はいるか?」
おもちゃを探せくらいの気軽さで言われるが、こちとら転生したての元現代人だ。ただでさえ死体なんて見る機会は滅多にないし、しかもここにあるのは盗賊達が気ままに蹂躙した無惨な死体達だ。
村人達との付き合いなんてほぼなかったとは言え、知ってる顔が苦悶の表情で事切れているのを見るのは正直堪える。こいつらのメンタルはどうなっているんだろう。
盗賊襲来の衝撃から動揺していた心がここに来て落ち着いてしまい、今度は嫌悪感と吐き気に襲われる。それでも必死になって母の姿を探していた。
「どうだ? いたか?」
そんな気軽に聞かれたって。俺は首を横に振るだけで精一杯だ。
「そうか……」
なんでお前が残念そうなんだよ。死んでた方がいいってことかよ。
「じゃあ、お前の家に行って見るか。もしかしたらまだ集められてないのかも知れない」
あくまでも死んでいる前提で話をするな。
怒りを感じるがとても表に出すことは出来ず、俺は黙って自分の家に向かって歩き出す。その後ろを女盗賊達は着いてくる。
母さん……。どうか無事でいて欲しい。
大きくもない村だ、あっという間に家の前についた。
「お前……、凄いところに住んでいたんだな……。おい、この家は調べたのか?」
「いえ、姐貴。なんせこの臭いです。中はざっと見ましたが、腐った死体があっただけでした」
他の奴隷の家と大差ないと思うが。それでも漂う異臭は隠しようもない、その腐った死体は多分母さんのことだろう。
だとしたら……。もしかしたら……!!
盗賊達を無視して家に入る。ツンとくる臭いも慣れたものだ。部屋の片隅、ゴザ敷きの上に横になっている母さんの姿が見えた。
「母さん……、無事だったんだね……!!」
「あ゛ぁ、あ゛ぁ」
良かった、生きてたっ!! これで希望が繋がった!
慌てて外に出て、女盗賊に話しかける。
「母さんは生きてました! ここに、ここにいますっ!!」
「……そうか」
「それで、これからどうすればいいですか!? 母さんは助けて貰えるんですよね? 俺、仲間になったんですもんね? 仲間の家族なんだから当然ですよね!?」
「……正確に言えば、まだお前は仲間じゃない。正式に仲間になるには、もう一つだけ条件がある」
女盗賊は腰から短剣を取り、おもむろに俺に渡す。目の前に差し出されて、俺は反射的に短剣を受け取った。
初めて持った短剣は見た目よりもずしりと重かった。
「その剣で、……母親を殺せ」
「……えっ?」
「お前が正式に私たちの仲間になる為の条件だ。お前の家族を全員、殺せ」
「……な、なんでですか!? せっかく母さんは生きていたのに! せっかく俺が仲間になったんだから、仲間の家族くらい見逃すのが普通でしょ!? なんでわざわざ殺さなくちゃいけないんだ!」
「それだ。お前のその感情の昂ぶり。それは致命的な弱点となる。お前のその感情が時に仲間を殺すのだ。だから最初から弱点を潰す、家族はみんな殺しておくのだ」
そんな……。無茶苦茶だ!! こいつらの言っている意味が全く分からない。なんだよ弱点って、家族は逆に力になるだろ!?
……もとはと言えば、こいつらが村に来なければ、村を襲いさえしなければこんな事にはならなかったのに!
降りかかる理不尽への怒りで体が震える。手が真っ白になるくらいに短剣の柄を握りしめる。
——これで、これでこいつらを殺せば。
そんな考えが頭に浮かび、実行しようと短剣を鞘から抜こうとした瞬間、白い手で柄頭を押さえられた。
「妙な気を起こすなよ小僧。せっかく繋いだ命だ、無駄に散らす事もあるまいて」
シエラと呼ばれた女盗賊は、一瞬で目の前に現れ俺に耳元で囁く。俺にはその動きが全く見えなかった。
……ダメだ、きっとこいつは強い。俺と比べるまでもなく。例え剣と素手であっても勝てないだろう。
もうどうしようもないのか。もう、母さんを助けられないのか。ならばいっそ、二人で死んでしまうか。
力なく頷き、盗賊達の監視の中俺は家に入る。
うつむいたまま足を踏み入れた家は、不思議といつもの腐敗臭が薄くなっていた様な気がした。
「母さんっ……」
それ以上何も言えず言葉に詰まる。どんな顔をして母さんと向き合えばいいのか。
俺はゆっくりと視線をあげる。
母さんがいつも寝ている場所、そこに母さんの姿はなく、代わりに長い黒髪の女性がいた。
「……えっ?」
長く艶やかな黒い髪。薄い唇。穏やかな表情。所々のぞく白い肌には、緩く包帯が巻き付いている。
その女性は母さんと同じ真っ黒な瞳でこちらを見つめている。
見知らぬ人間に一瞬戸惑う。が、俺には分かった。この人は、母さんだ。
「母さん、どうして——」
「あぁ、坊や。私の愛しい坊や。もっと近くにきておくれ。もっと顔を良く見せておくれ」
俺の言葉に被せるように母さんが言う。その言葉に引き寄せられ自然と母さんに近付いていく。
——あぁ、これはきっと夢だ、夢なんだ。いつかこうしたいとずっと願っていた。母さんに、大好きな母さんに抱き締めてもらうこと。今際の際にそれが叶ったんだ。
気付けば俺の目からは大粒の涙が溢れていた。
「あぁ、坊や。そんな顔をして。可愛い顔が台無しよ」
「母さん、どうして……。母さん! 母さんっ! 母さんっ!!」
俺は無我夢中で母さんに泣きながら抱きついた。転生してから僅か五年、前世では中年だったにも関わらず俺はもう完全にこの人の子供になっていた。
「母さん、母さんっ、僕は、僕はっ……!」
「もういいのよ、大丈夫、分かってるわ。辛かったのね。悲しかったのね」
震える体を母さんが優しく抱きしめる。初めて感じる母さんの温かさに涙がとめどなく溢れてくる。
「うぐっ、うぐっ、ひっく……」
「坊や、ごめんね、今まで辛い思いをさせて。母さんもずっとこのまま、こうしていたいわ。でも時間がないからよく聞いて。これからとても大切なお話があります」
母さんは俺の肩をつかみ正面から目を合わせる。母さんの真っ黒な瞳に吸い込まれそうだった。
「今、母さんは最後の力を使ってここにいます。そんなに長くは保たないの。だからちゃんと聞いてね。——あのね、母さんはね、昔、呪いの巫女と呼ばれる存在だったの」
突然の母さんの告白にやや呆然とする。理解が追いつかない。
「呪いの巫女はね、産まれながらにその体に受けた痛みや病を呪いとして溜め込む事ができる、ううん、溜め込んでしまう、そんな体なの。そのおかげでこうして坊やとお話する時間ができたのだけどね」
悲しそうに笑う母さんの顔が印象的だった。
「母さんはとても重宝された。それは他の人の痛みや病気も取り込んでしまうから。母さんがいれば周りの人は怪我も病気もしなかったわ」
母さんの白い肌に、黒い斑点ができ始める。
「でもね、物事には限界がある。いつの日かその限界を越えてしまったの」
黒い斑点が大きくなり、身体中に拡がっていく。
「限界を越えて溜め込んだ呪いは、周りの人に無差別に襲いかかった。大人も子供も関係なく、母さんの大切な人もみんな……」
拡がった斑点はやがて穴になり、肉が腐り落ちる。
「母さんは必死でそれを抑えつけた。その結果があの醜い身体よ。坊やはそんな母さんの子なの。それでも母さんのたった一人の大事な大事な子供なの。あなたにもきっと呪いが降りかかる。ごめんなさい、こんな母さんの元に産んでしまってごめんなさい」
母さんの目から涙が零れ落ちる。涙が通った跡は肉が溶け落ち、骨まで丸見えになった。
「大事な坊や、愛しい坊や。母親らしい事は何一つ出来なくてごめんなさい。こんな宿命の元に産んでしまってごめんなさい。でも、心の底から、愛して、いるわ。坊や、の、未来が、闇に、閉ざさ、れないように、母さん、か、らの最後の、贈り物、よ」
話しながらも既に肉もほとんどが腐り落ち半分以上が白骨になっている。
そんな母さんが右手に一つの石を乗せる。
「これが、きっと、坊や、を、守って、くれる、わ」
ほとんど全身が白骨になった母さんが、俺に寄りかかる。
「坊や、の、名前は、ね、——、よ。産まれ、て、きて、くれて、ありがとう……」
それだけ言って、母さんは完全な骨となった。後には粗末な服と、母さんの瞳の様に真っ黒な石だけを残して。
「母さん……?、母さん、かあさんっ! かあさぁーーーーんっ!!!」
母さんの遺骨を抱きしめて、俺は泣いた。泣くしか出来なかった。
泣いて泣いて、泣き止んで、気づいた時には黒い石もなくなっていた。でも、その存在を感じた。石はある、たぶん俺の体の中に。
母さんの骨に触れると、風化した木の様に塵になった。それを一掴み握り家を出る。
「もう、終わったのか?」
「……はい」
「おい、確認してこい」
「へいっ!」
女盗賊に言われ、男が家の確認に行く。
「ひいいぃっ! なんだよこれっ!!」
男が尻餅をついたまま後ずさって家から出てくる。
「なんだ、何があった」
「いや、あのっ……」
「要領を得ないな」
そう言いながら女盗賊が家に入る。特に悲鳴もなく物音もない。
しばらくして、静かに女盗賊は出てきた。
「コイツの親の死を確認した、問題ない。これで晴れて我々の仲間と認めよう」
それだけ言ってその場を後にする女盗賊。認められた事を喜んでいいのか、この状況に悲しむべきなのか。ただ俺にはもう選択肢はなかった。
もう、このまま行き着く所まで行くしかない。望んだ通り、俺は悪人になるのだ。
※ ※ ※ ※
村の中を足早に歩く人間がいた。その表情は暗く、顔は下を向いていた。シエラと呼ばれた女盗賊だ。
ボスに全て済んだと報告にいかねばならない。だが果たして本当に全て済んだのだろうか。先程見たアレはなんだ。
「アイツは、一体ナニと一緒に住んでいたんだ……」
--------あとがき--------
ここまでお読みいただきありがとうございました。
重い話が続いてしまいましたが、次の話から多少コミカルに、また主人公の力が少しだけ覚醒してくる展開になります。
よろしければここまでの話について、そしてこれからもっと頑張れ! という意味を込めて応援していただければ幸いです。
しばらくは毎日更新できると思いますので、これからも宜しくお願い致します。
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