テっトリばやくスめる部屋

北 流亡

テっトリばやくスめる部屋

 変わった建物だとは思った。

 色とりどりの立方体が、積み木のように積み上がっている。そんなデザインだ。いわゆるデザイナーズマンションとかいうやつだろうか。


「それでは島田様、お部屋を見ていきましょうか」


 不動産仲介業者の黒木が慇懃に案内する。

 俺がこのマンション「サーテット」の内見に来たのは、このデザインに惹かれたからではない。

 俺がいま住宅に求めている条件はふたつ。家賃が安いこと、すぐに住めること。


 急に決まった転勤だった。社員が急に辞めて業務が滞っている営業所にヘルプで入るような形だ。だから、長居する可能性は低い。寝る場所さえ確保出来ればなんでも良かった。

 そう考えると、このマンションは好条件な物件である。家賃2万円。敷金礼金無し。おまけに新築で、札幌市中央区という好立地である。


 しかし、あまりに好条件すぎるのである。


 逆に怪しい。欠陥住宅なのか、事故物件なのか、はたまた他の理由があるのか。

 急な転勤を命じた会社側にも負い目があるのか、1日休暇をもらえたので、実際に見て確かめることにした。


「このマンションはテトリ構造と言いまして、3mの立方体を4つくっつけて、ひとつの部屋を作ってるんですよ。建造が従来の住宅に比べて簡単で、増築も容易なので安価なんですよ」


 黒木はそう説明しながら部屋を開けた。




◻︎◻︎

◻︎◻︎




 黒木曰く、5種類の部屋があるらしい。まずはオーソドックスな、縦2横2の構造の部屋を見せてもらう。

 玄関を開けると、リビングが広がっていた。新築なだけあって、とても清潔感がある。まだ物を置いていないというのもあるだろうが、開放感もある。

 俺は床や壁を触って、欠陥が無いかさりげなく調べる。特に問題があるようには思えなかった。

 リビングの隣はキッチンであった。広く作られており、料理好きには喜ばれそうだと思った。IHコンロ3台と魚焼きグリル1台が備え付けられていて、一人暮らしには十分過ぎるほどだ。

 それから、ハシゴを登って2階に行く。

 キッチンの真上は寝室だ。ここもリビング同様開放的で清潔だ。

 そして寝室の隣でリビングの真上が、洗面所・風呂・トイレである。多少狭くは感じるが、風呂とトイレが分かれているのはありがたい。家賃を考えると、ユニットバスになるだろうと思っていた。


「この部屋は以上です。形は違いますが、リビング、寝室、キッチン、風呂・トイレの、4つの立方体の組み合わせで、ひとつの部屋を構成しております」


◻︎

◻︎

◻︎◻︎



◻︎

◻︎◻︎

 ◻︎



 ◻︎

◻︎◻︎◻︎



 他のタイプの部屋も一応見せてもらった。

 黒木の言う通り、位置が変わるだけで、部屋の中身は差が無かった。

 ひとつ、懸念材料があった。どの部屋も縦の移動にはハシゴを使っているのだ。これが存外に疲れる。俺ももう40代半ばだ。情けない話だが、体力・気力ともに下り坂なので、なるべく疲れることはしたくない。仕事終わりのくたびれた身体で、3mのハシゴを登って寝室に向かうことを考えると気が重い。


「あの、すみません、部屋が真横に4つ並ぶタイプの部屋はありませんか?」

「ございますよ。ちょうど今増築しようとしてるあの部屋の、横に倒したバージョンですねー」

「ん?」



◻︎

◻︎

◻︎

◻︎



 部屋が、クレーンで吊り下げられている光景が、窓から見えた。立方体が縦4つに重ねられている。それが、ゆっくりと降ろされようとしていた。

 何故だろうか、それを見た瞬間、言い知れぬほどの不安感が込み上げてきた。


「あ、あれ? 島田様どちらに?」


 本能が、警鐘を鳴らしていた。俺は靴も履かずに外に飛び出した。



◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎

◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎

◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎

◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎



 眩い光、そして激しい電子音。

 部屋が、いや、マンションが丸ごと消えた。

 縦4つの部屋が置かれた瞬間である。

 更地だけが、目の前に広がっていた。


 黒木が、苦笑いを浮かべながら近づいてきた。


「こんな感じの部屋なんですけど……住みます?」

「誰が住むか!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

テっトリばやくスめる部屋 北 流亡 @gauge71almi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ