第37話 続・ツイてない男

ツイていないといわれた翌日、辰次は朱鷺に博奕勝負をもちかけた。


「俺が胴元役、おまえが客役でサシの丁半あて勝負しようぜ」


辰次はなんとしても『運のない男』という不名誉を撤回したかった。

ふたりは騒がしい台所から離れた客間で丁半あて遊びを始めた。


「さあ、丁か半か。どっちだ?」

「丁でお願いします」


朱鷺は、つぼにある二つのサイコロの目が偶数に賭けた。


「てことは、半なら俺の勝ちだな」


辰次はどこか自信ありげだった。

なぜなら彼には秘策があって、必ず勝てると信じていた。


「では、勝負!」


辰次が壺をあけた。


「どうでしたか?」


サイコロの目が見えない朱鷺は、結果を辰次に聞くしかない。


「偶数の丁でしたか?それとも奇数の半でしたか?」

「……」


沈黙する辰次。

二つのサイコロの目は数字の二を仰向けていた。


「……うん、勝負は一回だけっていってねぇしな」

「サイコロ、丁だったんですね?」

「もう一回勝負だ!」


ふところにある秘策を信じ、辰次は朱鷺に勝負を挑み続けた。

そのたびに、辰次の「もういっかい!」が叫ばれた。

10回目ほどの「もう一回」が終わった頃、辰次は壺とサイコロを放り投げた。


「なんで一回も勝てねェんだよ!」


辰次はふところから秘策であった『札』をとりだして畳へと叩きつける。


「なぁにが神さまのご利益札、ツキ札だ!ぜんっぜん、効果ねーじゃねェか!ちくしょう!」

「……イカサマ、されてたんですね」

「そーだよ、悪いかよ!」


神さまの力を借りて勝とうとしていたことが彼女にバレた。

だが、辰次は開き直ったように堂々としていた。


「でもこんなツキ札、信じた俺がバカだったわ。神さまのご利益なんか、なーんもねえじゃねーか。神さまの力なんて、たいしたことねーんだな」

「……そのご利益札は本物なので、効かないということはありえないと思います」

「じゃあなんで俺は、一回もお前に勝てねェんだよ!」

「それはおそらく、それは純粋に辰次さんの勝負運が悪すぎるのかと」

「俺は、喧嘩で負けたことねーぞ!?」

「それでも、何か邪魔が入ったりしたことはありませんか?」


心あたりがある辰次は、思わずだまった。

神の使いである彼女は辰次の『勝負運』について診断を続ける。


「勝てる勝負でも苦戦したり、誰か何かに邪魔されたりなど、運の悪い人の特徴です。辰次さんは特に賭け事に対する運が悪いのだと思います。神さまのご利益札を使っても、このような簡単な丁半あて遊びで勝てないとなると、辰次さんの勝負運はかなり悪いのではないでしょうか?」

「俺の勝負運は、神さまでも救えねェほど悪いってか!?」

「悪いというより、ないのかもしれませんね」


ためらいもなく朱鷺はバッサリと言い捨てた。


「ない運を上げるというのは、神さまの力を持ってしても不可能ですから。ご利益札が効かなかったというのも納得できます」

「おまえは、ほんっと意外にキツいこという女だな」


朱鷺は大人しい見た目をして、言いたいことをはっきりという女だった。

辰次はじっと彼女の閉じた両眼をみつめた。


「わかった。お前がイカサマしてんだ!」

「どうしてそうなるんですか?」

「その目で」


彼女の両眼は、閉じたままでも外が見えるという特殊なものだ。


「この壺の中身もみえるとか」

「目を閉じた状態ではそこまでできません」

「ん?目を閉じた状態?ってことは、おまえ、その両眼開けられるのか?」


朱鷺は思いがけずに口がすべってしまったようだった。

口をすぐさまつぐんで沈黙してしまった。


「なあ、どうなんだよ?」

「……」


だまりこくる彼女に、辰次はしつこく聞いた。


「いいじゃねーか。神使のこととか、おまえの家のこととか、ほかは色々教えてくれたじゃん。それもついでに教えてくれよ」


朱鷺は顔をうつむけて、小さな声を出した。


「……目を開ければ、一般的家屋の壁程度なら向こう側を透視できます。それ以上、分厚いと無理ですが……」

「へえ、そんなことできんのか」


辰次の目は興味に輝いた。


「じゃあこんな壺の中身なんか見放題だよな?博奕勝負に便利そうな目だな、おまえの目」


辰次はそこでふと気がついた。


「でもおまえ、なんで両眼閉じてんだよ?」

「……このままでも、見えますから……」

「それでも見えないものあるだろ?色とか、文字とか、人の顔とか。不便じゃねーか?」


両眼を閉じて盲目のふりをする朱鷺が、辰次には理解できなかった。


「……わたしの目は、人さまに迷惑をかけますから……」


小さくつぶやかれた朱鷺の声は、どこか弱々しく、暗かった。

なにが理由かはわからないが、彼女は両眼を開けたくない。

それだけは辰次にはっきりとわかった。


「とにかく」


朱鷺が顔をあげた。


「辰次さんは、勝負運がないので博奕は控えた方がよろしいとおもいます」

「はぁ!?」


沈黙していた先ほどとうってかわって、朱鷺は流れるように言葉を口にしていた。


「勝負運が悪くて、もしくはないかもしれない辰次さんは、まず賭場での賭け事をやめた方がいいと思います」

「おまえは、そうゆう人が傷つくことをハッキリと言いやがって!しかも真顔で!」


朱鷺はまったく表情を微動だにさせていなかった。


「せめて愛想あいそ笑いくらいしながら言えよ!」

「愛想笑い?」


小首をかしげる朱鷺。


「それは、相手の機嫌をとるために媚びへつらう笑顔のことですか?」

「間違ってねェけど、なんかイヤな言い方だな」

「人の世では他者とうまくやっていくために、その愛想笑いというのが必要だと聞きました。けど、その笑うというのが、わたしにはよくわかりません」


神の使いである朱鷺の言葉は難解だ。

辰次は彼女のことを理解しようと眉根をよせる。


「あー……それは笑顔のこといってんのか?」

「はい。人はどんなふうに、どのようにして笑うのですか?」

「どうって……そりゃ笑うのは、面白いのとか、楽しいもんみたときにだろ」

「おもしろい、楽しいもの?それはどんなものですか?」

「どんなって……」


辰次は難しい顔でしばらく考えていたが、吹っ切れたように立ち上がった。


「よし、行くぞ」

「外へですか?」

「ああ。どうせ今日はこのあと、あの子うさぎがいる神社に行くつもりだったろ?」


辰次のいう子うさぎとは、朱鷺が脅して聞き込みに行かせた神使の子うさぎだ。

これからふたりは、あの子うさぎが何か情報をつかんだか確かめに行くつもりだった。


「時間あるんだ。奥山おくやまによってくぞ」

「おくやま?」

「浅草寺の裏、親父の賭場があるあそこらへんは浅草あさくさおくやま奥山って呼ばれてて、いろんな見世物やってんだ。そこでなら、おまえが面白くて笑えるもん、見つけられるだろ」


そう言っていて、辰次はふと気づく。

出会ってから彼女の笑顔を見たことがないということを。


「ま、奥山はいけば、お前も笑顔のひとつでもおぼえるだろ」

「わかりました。笑顔の勉強、させていただきます」


悪童はめくら娘に笑顔を教えるため、浅草の奥山へと遊びに連れ出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る