第36話 ツイてない男 二

ツキ男のひとり飯尾いいおは、まぬけと言われて憤慨していた。


「なんだと、このクソガキ!相変わらず目つきも頭も悪いガキめ!」

「んだと、オッサン。またすっ転ばしてやろうか?」


辰次は喧嘩腰でにらんでいた。

飯尾は負けじとにらみ返しながら、赤松に辰次の正体をバラした。


「この目つきの悪いクソガキは、一色親分の息子です!どうか、お下がりください赤松殿。こやつに取られた俺のツキ札、ここで取り返したくおもいます」


飯尾の背後からゾロゾロと4、5人の男たちが出てきた。

全員、雇われのやくざ者だが腰に刀をさしていた。

飯尾はニヤリと笑みを辰次にむけた。


「賭場でも、よくこうゆう男どもを用心棒としておいてるだろ?博徒の悪ガキにとって、ちょうどいい喧嘩相手じゃないか?」

「ふん、上等だ」


喧嘩と聞いて、辰次の血が騒いだ。

多勢相手の不利な状況でも悪童は闘争心をむき出しに拳を鳴らしてニヤリとする。


「売られた喧嘩は買ってやる」


これから乱闘の喧嘩がおきる、と誰もがおもった。

が、めくら娘のみ違うことを思ったようだった。


「辰次さん、喧嘩を買うとはどういうことですか?」

「あ?」

「喧嘩とは、暴力を使って争うことですよね?それを売ったり買ったりなど、江戸では喧嘩を売買するものなのですか?」

「んなワケねェだろ」


さっぱり状況を理解していない朱鷺に、辰次はあきれながらも説明をしてやった。


「喧嘩を買うっつうのは、あっちが喧嘩をしかけてきたから、こっちも相手をしてやるって意味だよ!」

「なるほど、そういうことでしたか。ではこれから皆様ご同意のうえ、暴力を互いに使用する。つまり、武力によって要求をおし通すということですね」

「なにいってんの、おまえ?」


全員の目の前で、盲目めくらの娘はゆっくりと仕込み刀を抜いた。

彼女の優美な所作、そして白昼堂々とした抜刀ばっとうに男たちはあっけにとられた。


「改めておうかがいします、お侍さま」


抜き身の鋭い刃を手にぶらさげ、盲目めくら娘は赤松にたずねた。


「そのお持ちの札、どこで手に入れたのか、お聞かせ願います」

「そ、そのように刀を持って聞かれて、答えるわけがないだろう!」


刃物を持って脅してくる盲目めくら娘に怯える赤松。


「おい、この頭のおかしな娘をどうにかしろ!」


怯える上司にせっつかれ、飯尾はやくざ者たちへと命ずる。


「お前ら、そのめくら娘から刀を取りあげろ」


そう命じられ、やくざ者たちのひとりがめくら娘へと手を伸ばした。

が、男の手が届く前に彼女の朱色の鞘が、男の喉元のどもとにのめり込んだ。

男はそのまま彼女の朱鞘しゅざやあごと腹をしたたかかにたれた。

あっという間に男はうずくまって悶絶した。

やくざ者たちがいっきに殺気立った。


「なにしやがった、この女ァ!?」


男たちは怒号を発しながら刀を抜いた。

瞬間、稲妻いなずなのような速さの斬撃ざんげきひらめいた。

次に男たちが手にする刀をみると、おかしなことに短くなっていた。


「あれ?折れてる!?え?さやまで!?」


彼らの刀は鞘ごと切断され、鉄クズとなって地に散らばっていた。

彼らは困惑しながら、刀と盲目めくら娘を見比べた。

彼女は微動だにせず、刀をぶらさげて小首をかしげている。


「どうでしょうか?これで、話していただけますか?それとも、手足の方も少し斬ったほうがいいのでしょうか?」


男たちは呆然として、確信した。

間違いなくこの盲目めくら娘は普通じゃない、イカれてる。


「人の体は、ちょっとくらいとれても大丈夫ですよね、辰次さん?」

「なに恐ろしいこと聞いきてんだ!?」


辰次は喧嘩のやる気どころか、血の気もすっかりと引いてしまっていた。


「おまえ、いきなり刀抜いたとおもったら、なんで人間の体を切り刻もうとしてんの!?」

「だって、辰次さんが喧嘩を買うっておっしゃったから」

「俺のせい!?」


ぶっ飛んだ思考回路をしている神の使いに、辰次はなんとか人の世の常識を教え込もうとした。


「人間の体は取れたりとか、つけたりとか簡単にいかねーんだよ!つか、刀はホイホイと抜くな!こんな真っ昼間からオメーみたいな小娘が刀ぶらさげてたら、色々マズイから!」

「でも辰次さん」

「こんどはなんだ!?」

「あの方たち、逃げていきます」


辰次がふり返ると、そこには武士たちもやくざ者もいなかった。

めくら娘はよほどの恐怖を男たちに植えつけたようだ。

彼らは逃げていた。


「あの野郎ども!」


すかさず辰次は彼らを追った。


「待ちやがれ!」


そう言って彼らが止まるわけもなく、かわりに路端みちばたにある竹ざお、板きれ、おけなどを投げつけてきた。

が、すべて朱鷺が斬った。

実はぜんぶ豆腐じゃないのか?と辰次が疑ってしまうほど、彼女はスパスパといろんな物をたやすく斬った。

それでも、辰次は彼らに追いつけない。


「くそ、いい加減ー」


辰次はいらちながら、朱鷺がたったいま斬った桶をつかんだ。


「止まれよ!」


一番遠くで走る赤松の頭へめがけて、辰次は桶をぶん投げた。

が、桶は赤松にあたらず、ちがう男にあたった。

この男、こめだわらを運んでいた人足にんそくであった。

偶然ぐうぜん桶にあたってしまったかわいそうな彼は、よろめいてそばにあった荷台を引く牛にぶつかった。

そしてこの牛が、おどろいてあばれれるように辰次へ突進してきた。


「ウソだろっ!?」


辰次は転がりこむように暴れ牛をよけた。

しかし、彼の災難は終わらない。

牛が引いていた荷台の米俵が、襲いかかるように降り落ちてきていた。

辰次はとっさで身動きが取れなかった。

そこへ、朱鷺が飛び込んだ。

居合い抜きの斬撃が轟音ごうおんとともにひらめき、つばりの音が響く。

米俵は十字に斬れ、中身の米が爆発したようにあたりに飛び散った。


「逃げられてしまいましたね」


赤松らが逃げていった方向へ顔をむけている朱鷺。


「まさか、米屋の荷卸し作業にぶつかるとは。運が悪かったですね」


朱鷺は顔を地面に座り込む辰次へと向けた。

辰次は全身なま米だらけとなっていた。

彼はみじめな姿になっても、赤松らが逃げていった先をひたすらにらんでいる。


「あんの野郎ども……!」


辰次は諦めずに赤松たちを追いかけようとした。

だが、誰かに後ろ首をつかまれた。


「あぁ!?誰だこの野郎!?」


ふり返って相手をにらみつける辰次。

首根っこをつかんでいる人物に目を丸くさせた。


「げ、くめの兄貴!?」


兄貴分のひとり、米屋の主人である粂三郎がにっこりとほほえんでいた。


「なんで兄貴がここに!?」

「お得意さまに納品がてら挨拶に来てたとこだ。辰次、喧嘩の相手は選べといったはずだよ?私に喧嘩を売るとは、いい度胸じゃないか」

「はァ!?なんでそうなんだよ!?」

「おまえさんがひっかぶってるその米は、私のとこの米だ」

「え……?」

「納品の邪魔だけでなく、大事な商品までダメにされた。これは喧嘩をふっかけられてんのといっしょだね」


いつもは優しいが怒ると怖い粂三郎。

そんな彼が笑みを浮かべながら青筋を立てているとあって、辰次はあわてた。


「いや、ちがっ……!これはその、事故ってやつで……!」

「ここまできて往生際が悪いね、辰次」


普段の行いが悪い辰次の言葉は、なんとも説得力に欠けていたようだ。


「安心しな。親父や鉄とちがって、私は頭ごなしにしからないよ?ちゃあんと悪ガキの言い分にも耳をかたむけるさ。でも一発、ゲンコツは受けてもらうからね?」


粂三郎の長い説教がはじまった。

辰次が正座させられ説教を受ける姿を朱鷺はやや離れた場所からみていた。


「辰次さんは、 ほんとうにツイてないのかもしれないですね」


そうボソリとつぶやかれた彼女の言葉は辰次の耳に届いていた。

ツイてない男だとおもわれたのが、辰次は心底くやしかった。


(たまたまだ。たまたま、今日だけ運が良くなかっただけだ!)


神の使いである彼女へ、自分はちゃんと運があるところを見せてやると思いながら、辰次は重いゲンコツを一発受けたのだった。

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