第38話 浅草奥山・見世物小屋

浅草寺裏西側、奥山にはたくさんの見世物小屋がひしめいていた。

軽業かるわざをみせるような曲芸きょくげい小屋からかご細工ざいくといった工芸品の販売を兼ねた店のような小屋などたくさんある。

そんななかで朱鷺が興味をもったのは、子どもたちが群がっている小屋だった。


「あれは、なんの見世物でしょうか?」

「ギヤマン細工だな、ありゃ」

「ぎやまん?」

「知らねェの?透明でキラキラしてるやつだよ」

「きらきら?」


言葉で説明するよりも見せた方が早いか、と辰次はおもった。

二人はギヤマン細工の小屋に入った。


「これが、ギヤマン細工?」


棚にならべられた物体に小首をかしげる朱鷺。


「これらは、なにを形どっているのでしょうか?小さな魚?」


色が見えない朱鷺には、ただの小魚の影がそこにあるだけだった。

しかし、辰次の目にはちがう景色がうつっていた。


「いいや、これは金魚きんぎょだ」


色とりどりに輝く金魚たちが泳ぐように飾られており、辰次はまるで金魚の池にもぐっている気分であった。

硝子ギヤマン細工の金魚に子供たちだけでなく、大人たちも感嘆している。


「辰次さん、アレは?」


朱鷺が上段の棚に飾られているものを指さした。


「アレもギヤマン細工ですか?」

「ああ、あっちは江戸切子きりこだ。まあギヤマン細工ではあるけどな」

「江戸、きりこ?金魚のものと、なにがちがうのですか?」


盲目めくらの娘が小首をかしげて、ギヤマン細工小屋にいるのは目立ったようだ。

店主である男が近寄ってきて、彼女に説明をはじめた。


「めくらのお嬢さんには、まず硝子ギヤマンが何か教えてあげよう。ギヤマンというのは透明な材質で、光を反射するものなんだ」


店主は特別だと言って、上段の棚にあった『江戸切子』を朱鷺に触らした。


「壊れやすいから、優しく、そおっと持ってね」


ヒヤリとして、ツルツルとした感触が朱鷺の手に触れる。


「これは、小さな器?湯呑みのような形ですね?」


朱鷺は両手の指で江戸切子の表面をなぞった。


「表面に切り込みのような模様……?」

「そうだよ、それが江戸切子の特徴さ。その切り込み模様がより光を反射させ、江戸切子を美しくみせるんだ。でもこれがとっても難しい作業でね。何年も修行がいる高度な技術なんだよ。壊れやすい硝子ギヤマンをうすーく加工して、かつ細かい切り込みをいれる。まさしく、江戸切子は江戸職人の技がつまった逸品いっぴん。江戸職人のいきってやつさ」

「粋?これが?」


朱鷺は江戸切子へ興味をひじょうにもったようで、熱心に手にある江戸切子を触っている。

そしてそれが、店主の狙いだったらしい。


「お連れさんのめくらのお嬢さん、もしかしてギヤマン欲しいんじゃない?」


辰次に揉み手をしながらすり寄る店主。


「どう?いっこ買ってあげたら?」

「おっさん、残念だけど、俺は見えない女にギヤマン買ってやるほど酔狂じゃねえよ」


辰次は店主へ冷めた視線を送った。


「それに、こんなバカ高ェもん買う金なんかもってねぇっつうの」


ギヤマン細工、特に江戸切子は高価な品で、金の小判数枚は確実に飛んでいく。


「オイ、行くぞ」


辰次はめくら娘の袖を引っ張って、ギヤマン小屋から強制的に連れ出した。


「あそこに入ったのは失敗だったな」


色の見えない朱鷺に、色が見えてこそ面白い硝子ギヤマン細工は、よくわからなかっただろうと辰次はおもった。


「でも、おもしろかったです。ギヤマン細工も、江戸切子も」


まだ気になっているのか、朱鷺は顔をギヤマン細工小屋の方へ向けている。


「じゃあ戻るか?」

「え?」

「おまえ、目を開けたら普通に見れんだろ?」


見えるくせにみようとしない彼女が、辰次からすればじれったかった。


「見ればいいじゃん。ちゃんと両眼あけてさ。そうすりゃ、もっとギヤマン細工が綺麗に見れるぜ?」

「……だめです。絶対にわたしは、人前でこの両眼をあけてはいけないんです……」


朱鷺はうつむいて黙ってしまい、声をかけづらい雰囲気となった。

辰次がどうしようとおもっていると、馴染みのある声が耳に飛び込んできた。


「さァさァ、よってらっしゃい、みてらっしゃい!」


特徴のある艶っぽい美声に、辰次も朱鷺も引き寄せられた。


「綺麗な姫さん人形が、唄って、踊る!世にも美しい人形浄瑠璃じょうるりの見世物小屋だよォ!見なきゃこの世の損だァ!」


美声の主は鹿之介だった。

彼は華のある笑みをふりまいて客引き文句を唄っていた。


「なんてったって歌舞伎座に出てる、本物の太夫たゆうと三味線弾きがやってんだ。こんなのめったにみれないぜ!大人はもちろん、ガキどもも…じゃなかったぁ、お子ちゃまたちも楽しめる!そんな人形浄瑠璃の見世物小屋へ、さァさァ、いらっしゃい、いらっしゃい……あれ、辰次じゃん?」

「てめェは、また何をしてんだ?」


辰次はおかしなものを見る目で、幼馴染をみていた。

このあいだ歌舞伎の宣伝をしていた幼馴染が、今度は見世物小屋の宣伝をしているのだ。

だが、鹿之介はこれも歌舞伎座の裏方仕事の延長だと説明した。


「芝居町の人間がここの見世物小屋やってんだよ。だから、呼び込み手伝ってくれって頼まれてさ。どう、おトキちゃん?せっかくだからのぞいてかない?人形浄瑠璃」

「人形、浄瑠璃ですか?」


浄瑠璃とは、太夫たゆうといわれる語りが琵琶の伴奏で物語を聞かせる芸能のことだ。

浄瑠璃は知っていても人形浄瑠璃は知らないようすの朱鷺に、鹿之介が説明した。


「人形浄瑠璃はね、伴奏が三味線で人形が物語を演じるんだよ」

「人形が演技をするということですか?」

「人があやつってね。三人で一体の人形操って、人間そっくりな動きをさせるんだ。そうやって人形と、三味線の音楽、そして語り部の太夫。この三つで人形浄瑠璃の舞台を作ってんだ」

「なんだか歌舞伎と似てますね」

「さすがおトキちゃん、その通りだよ。人形浄瑠璃と歌舞伎は演劇舞台の親戚みたいな感じなんだ。演目なんか同じのあるし、お互い参考にしたりしてさ。三味線弾きと太夫なんかは、歌舞伎の舞台にも出ることあるんだよ」


だから、盲目めくらの人間でも聞いてるだけで楽しめる。

そう言って、辰次に宣伝する鹿之介。


「今日は子供向けだから、短い内容でわかりやすい演目なんだ」

「ふーん。じゃあ、ちょっとのぞいてみるか。もちろん、無料ただで入れてくれんだろ?」


幼馴染なのだから、これぐらいは当たり前だろうと辰次は思った。

だが、そこはやはり鹿之介だった。


「おトキちゃんの分はいいよ。でもお前は払え」

「ああ゛!?」


悪童ふたり、互いをにらみつけあい始める。


「ふざけんな、この年中色ボケ発情期野郎が」

「うるせェよ、この万年大馬鹿喧嘩野郎が」


鹿之介が小さな舌打ちをした。


「わかんねーのか?俺は二人分を一人分にまけてやってんだよ。普通は割引なんかしねェんだからな。幼馴染みのよしみでやってやってんだ。てめェ感謝しろよ?」


鹿之介相手に辰次は力で勝てても、口では勝てたことがない。

納得しかねながらも、辰次はひとり分の入場料を払った。

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