第31話 神の使い 二
信じられない光景に辰次は
神社の拝殿から出てきた赤い目の白い子ウサギは、人間の言葉を話している。
「
子うさぎはためらいがちに朱鷺へ近づいた。
「しかも、じんぎかんって……悪さをした神使たちを捕まえて罰を与えるってゆう、白兎の人たちの中でも特殊なお仕事をする人たちですよね?」
「はい。帝の勅命により、京から江戸へと脱走した神使を追ってきました。捜索の協力をおねがいします」
子うさぎが耳をピンと立て身を低くし、警戒するような姿をとった。
「江戸で
朱鷺を疑っているようで、赤い両眼をやや細めて怪しむような目つきになった。
「本物の神祇官で白兎さまっていう証拠、ありますか?」
朱鷺は朱色の杖をわずかに抜いて、仕込み刀の
銀色の刃が赤くキラリと光った。
子うさぎはギョッとしたように刃をみた。
「それはもしかして、
子うさぎはぶるりと身震いをし、地に前足をつけてひれ伏した。
「ご無礼をしましたー!どうかおゆるしをっ!だからそれでボクを斬らないでっ!」
「……斬りません」
刀をしまい、朱鷺はかがんで子うさぎへ近づいた。
「それより、京から逃げてきた神使の蛇を聞いたことはありませんか?」
白うさぎは後ろ足二本で立ち上がり、朱鷺をみあげた。
朱鷺は懐より木の
先ほど辰次が投げつけたツキ男のお守り札だ。
「ちょっと変わった蛇の匂い?」
子うさぎがクンクンと鼻をひくつかせ、札の匂いを嗅いでいる。
「脱走した神使の蛇が仕える
「え?ボクが?」
子うさぎは首をかしげた。
「なんで?」
「江戸の神使たちは白兎家の
「ああ、それはしょうがないですねぇ。みんな江戸以外の神使なんて知りませんし、よそ者ってだけで怪しまれちゃうんですよ」
「だから、あなたが聞きにいってください」
「え、えぇー……?」
子うさぎは両耳をたれて、しぶっていた。
「どうしても、ボクが聞きにいかなきゃだめですか?」
「神使は神祇官に協力すべし、と
「えー……でも、でもボク、生まれも育ちも江戸ですよ?」
よほど手伝いをしたくないのか、子うさぎは
「ご先祖さまは一緒でも、ずぅっと、ずーっと遠い親戚っていうか。ほとんど他人のよそのうさぎ。繋がってるのかな?くらいの、
「……お礼に食べ物をあげます」
「え、食べ物?」
子うさぎが嬉しそうに赤い目を輝かせた。
「神使の蛇について聞き込みをしてきてくれたら、食べ物をあげると約束いたします」
一瞬うなずきかけた子うさぎだったが、何か思うところがあったらしい。
また迷うような態度をとり始めた。
「どぉしよっかなぁ。ボク、氏神さまのお仕事もあるしなぁ。お礼に食べ物だけもらってもなあ」
チラチラと後ろの拝殿をみている子うさぎ。
「……だれかお仕事、代わってくれたりとかしないと、できないかもなぁ」
仕事の代理を要求する子うさぎに、朱鷺は何も答えなかった。
代わりに、彼女は無言で刀を少し抜いた。
チラつく刃を目にし、子うさぎは態度をガラリと変えた。
「やりますッ!」
白うさぎはビシッと人間のように直立して姿勢をただした。
「今すぐ、このあたりの神使たちに聞き込みしてきますっ!」
「お願いします」
白うさぎは大慌てで神社の外へ飛び跳ねていった。
朱鷺はうしろにいる辰次へとふり返った。
「どうですか?神使について、少しはお分かり頂けましたか?」
「ああ。お前が意外にもキツくて物騒な女だというのがよくわかった」
辰次は天地がひっくり返った気分だった。
しゃべるウサギにもおどろいたが、辰次が何よりも衝撃を受けたのは朱鷺だった。
仕事をごねる不真面目なウサギを最終的に刀で脅していうことをきかせた彼女。
(神さまの使いって、そこら辺の不良どもと変わんねーんだな)
『神の使い』にたいし、辰次は親近感すら覚えはじめていた。
「……まあそれで、おまえは京から脱走した神使の蛇を探しに江戸に来たってことか」
「はい」
「じゃあ、神崎っていう野郎の方は?なんで兄だってウソ言って探してたんだ?」
「神崎政輔が神使の蛇の協力者だからです」
「協力者?」
「京の町では、神祇官たちが神使たちを常に見張っている状態です。そんな町から逃げ出すには人間の協力が必要になります」
朱鷺が子うさぎにみせた札を辰次にもみせる。
それは辰次が持っていた『ツキ男』の守り札だ。
「ひと月前、この札を交換条件に蛇は神崎政輔の協力を得て、京から脱走できたのだとおもわれます」
「この札が交換条件?協力したらもらうってことか?これを?」
「これは、神さまのご
「ご利益?って、あの健康運とか商売運とかのことか?」
「はい」
「じゃあ、その札はお守りと同じってことか?」
「同じであって同じではありません。この札は、脱走した神使の蛇が氏神さまより盗み出したものです」
「氏神さま?」
「神使が仕えている神さまのことをそう呼びます。蛇の氏神さまは、勝負運と金運を
辰次の頭に賭場での
「あのさ」
「はい?」
「たとえばさ、この神さまの札もって賭場で勝負したら、絶対負けずに勝ち続けられるか?」
朱鷺は考えるようにちょっと小首をかしげた。
「……そうですね、お金を賭けた勝負事である
「つまり、その札で勝ちまくりの稼ぎ放題ってか?」
「はい、そうなるかと」
辰次は『ツキ男』関連の騒ぎを思い起こす。
ひと月前に現れて、浅草中の賭場で勝ちまくって荒稼ぎをしている『ツキ男』が持っていた札は、勝負運と金運の神さまのご利益札だった。
「なるほど。イカサマの種は、やっぱりその札だったってことか」
辰次はこめかみに青筋をたて、札をにらみつけていた。
「蛇がごときが、よくも親父の賭場を荒らしやがったな。いや、神崎の野郎もか。ヤツら必ずまとめてみつけ出して、落とし前つけてやるぜ……!」
「あの、それはどういうことでしょうか?」
事情を知らない彼女に辰次は『ツキ男』の騒動を教えた。
賭場でご利益札が悪用されている事実、さらに『ツキ男』が複数人いるかもしれないという話を朱鷺は問題視した。
「もし、ツキ男と呼ばれる人間たち全員がご利益札を持っているとしたら、脱走した蛇はご利益札を複製したことになります。全てを回収しなければいけません。なんて厄介な状況に……」
考えこむ朱鷺に辰次がくるりと背をむけた。
「叔父貴の賭場に行くぞ」
「辰次さんの叔父さまというと、あの虚弥蔵さんという方ですか?」
「ああ。おととい、叔父貴に会ったとき、二日後にツキ男とサシで博奕勝負するって言ってたからな。今日はその二日後。もしかしたら、そのツキ男は神崎かもしれねえ」
「もしちがったとしても、神使の蛇と関係がある人間かもしれませんね」
辰次は『ご利益札』を持つ賭場荒らしたちを捕まえたい。
朱鷺は『ご利益札』を回収し、脱走した神使の蛇を捕まえたい。
ふたりは互いの利害と目的の一致を認識した。
「イカサマの賭場荒らし野郎どもめ。死ぬほど後悔させてやる」
辰次は不敵な笑みを浮かべながら、『神の使い』とともに神社を出た。
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