第24話 辻十番 二

「よォ!辰次じゃねぇか」


編笠男の方が辰次に気づいた。


「こんなとこで何してんだ?」

「そりゃこっちが聞ききてェよ。たかが歌舞伎の宣伝で、あんな派手な客引きしやがって。普通に配れねぇのかよ」

「ああでもしなきゃ、刷りすぎちまったもんがさばけねェんだよ」

「またそれか。じゃあその編笠は?んなもんかぶってるから、最初、誰だかわかんなかっただろ」

「ああ、コレ?」


編笠男は手にもてあましているように、編笠を指でくるりと回した。


「俺もこんなダサいのかぶりたくなかったんだけどさ。芝居町出た瞬間、うるっせぇ役人に会っちまって。芝居者しばいものは町から出たら編笠かぶるのが規則だって、うるっさいのなんの」

「それで大人しくかぶってきたのか?」

「とりあえずな。にしてもあの野郎、こっちが芝居者だからって下にみやがって」


編笠男は苦々しい表情をしたのち、ニヤリと悪ガキのような笑みを浮かべた。


「あとで必ず見つけたら、後ろから石でも投げやるさ」


芝居者?と小さく朱鷺がつぶいた。

編笠男が彼女に気づいて顔を向けた。


「そうだよ、俺は芝居町で働いてるから、芝居者ってやつなんだ。めくらのお嬢さん」

「芝居町?それは、どこですか?」

「あれ?知らない?幕府公認の芝居小屋が集まる猿若さるわかちょう、通称芝居町。浅草の北側にあって、こっからすぐ近くなんだ。そこにある三つの有名な歌舞伎小屋のひとつ、守田もりたで俺は裏方として働いてンのさ」

「裏方?それは、具体的にどんなお仕事をするのですか?」

「そうだなぁ。ざっくりいうと芝居小屋の何でも屋、かな?普段は衣装とか小道具作ってるけど、人が足りなきゃ大道具手伝ったり、こうやって辻十番配ったり。守田座の歌舞伎を支えるため、舞台裏で色々働き回ってるのが、この俺、鹿之介しかのすけってわけだ」


鹿之介はニコニコとしながら、めくら娘との距離を詰めていく。


「ところでお嬢さん。名前、なんてゆうの?」

「朱色の鷺とかいて、朱鷺と申します」

「なるほど。じゃあ、おトキちゃんか。それでおトキちゃんみたいな、真面目でイイ子そうなお嬢さんが、どうしてこの目つきわるーい男といっしょにいンの?」


目つきの悪いといわれた男、辰次がおもいっきり鹿之助をにらんでいる。

が、鹿之介は気づいていないふりをしている。


「まさかコイツに脅されて、その帯でイヤイヤ連れ回されてるとか?」

「んなことするかッ!てめェは人聞きが悪いこというな!俺は、めくらのコイツが歩きやすいように、帯で引っ張ってやってるだけだ!」


辰次を鹿之介は無視し続ける。


「この男、昔から女の子の扱い方なんてわからない男だよ?おトキちゃん、そんな男に帯にぎらせてて大丈夫?俺が代わってあげようか?」

「ご心配いりません、大丈夫です。ところで鹿之介さんは、辰次さんと昔からのお知り合いですか?」

「まぁね。子供の時からの腐れ縁で幼馴染おさななじみってヤツ。おトキちゃんは?どんな縁でコイツと一緒にいんの?」

「失踪した兄の捜索を一色親分さんにしているご縁です」

「あれま。お兄さん、いなくなっちゃったの?」

「はい。突然、働いていた京の神社よりいなくなりました」

「へぇ、京。おトキちゃん、京の出身なの?」

「はい」

「どおりで肌の綺麗な色白サンなわけだ。西の女の子は色が白いってゆうもんね」


鹿之介はよりいっそうめくら娘へと近寄った。

手をかざし、互いの身長を間近で見比べている。


「背ェ、高いね?目線がほぼおんなじだ。なんか新鮮でいいなァ。その目が見えないのは残念だけど……見えなくたって、楽しみ方は色々あるからね」

「楽しみ方?」

「そ。たとえば、歌舞伎を一緒に観に行くとか」

「わたし、見えませんが」

「大丈夫だよ。歌舞伎は音楽、踊り、演技の総合芸術舞台。見えなくても、聞こえてりゃあ十分に楽しめるさ」


朱鷺の耳元で鹿之介の美声がささやく。


「俺が、つきっきりで横にいて、丁寧に説明してあげる。芝居町には美味しいお菓子出す茶屋もあるよ?どう?一緒にこれから芝居町へ行かない?」


めくら娘を口説く鹿之介の後ろ首を辰次の手がつかんだ。

辰次は強制的に鹿之介を朱鷺から引き離した。


「いい加減にしろ、この女タラシ」

「あぁ?」


鹿之介は小さく舌打ちをして、うっとおしそうに辰次をみた。


「なんだよ邪魔しやがって。いつもはしねぇだろ」

「いつもだったらな。いいか?この女には許嫁いんだから、やめとけ。いつかみたいに、怒り狂った相手の男に追いかけ回されんぞ」


鹿之介は思い出すような遠い目をした。


「ああ、あれかぁ。あれにはまいったな。あの野郎、家まで押しかけてきやがってよ。家の中だけじゃなく、作ってた小道具めちゃくちゃしやがってよ」

「自業自得だな。おまえ、あの女に許嫁いるってわかってて手ェ出したんだろ?」

「うん」


悪びれもしないようすの鹿之介に辰次はあきれた顔になる。


「なんでだよ」

「いやだって。人のもんって、気になるじゃん。どこがいいんだろ?って知りたくならないか?」

「クズだな」


辰次は握ってる帯を軽く引いて、めくら娘に女たらしから離れるよううながした。


「オイ、この最低なクズ男には近づかねぇ方がいい。病気うつされんぞ」

「あっはっはっ、やだなァ辰次。おトキちゃんになんてこといってンだよ」


物腰柔らかだった鹿之介が急に態度を変えた。


「この喧嘩馬鹿のチンピラが」


低音美声からドスの効いた重低音へと変わった鹿之介の声。

ガラが悪くなった鹿之介は辰次をにらみあげていた。


「てめェの今までの悪事あくじ、ここで全部いたろかァ?あぁ?」

「はぁ?悪事ィ?なんのことだよ」

「まずひとつ目は、寺子屋の先生が可愛がってたにわとりを腹減ったからって食っちまった」


辰次が10歳そこそこだった頃だ。

寺子屋の先生が飼っていた鶏を一匹、絞めて鍋に入れて食べたことがあった。


「確かにやったけど、お前も一緒に食ってたよな?」


辰次の声は鹿之介に聞こえていないらしい。

鹿之介による辰次の悪事の暴露が続く。


「ふたつ目。浅草寺の坊主どもが、お経あげてる最中にネズミ花火を投げ込んだヤツ」


ネズミ花火とは小さな輪っかで、火をつけるとくるくると回って火花を散らすものである。


「それ、俺だったけ?アレは政虎まさとらじゃね?」


もう一人の幼馴染の名を出す辰次。

だが、違うと断言する鹿之介。


「坊主どもがやってる毎日のお経が耳障りでうるせぇって腹立ててたお前に、政虎が、冗談半分で火ィつけたネズミ花火渡したんだよ。そしたら、ほんとに投げ込みやがって」

「あ、そうだったわ」


辰次は当時を思い出し、笑いをかみ殺す。


「坊主どもがハゲ頭真っ赤にさせて慌てて逃げるみてぇに出てきてよ。あれは面白かったよな」

「どこがだよ。お前らのせいで、俺まで一緒に説教と坐禅ざぜんくらうハメになっただろ」

「イヤ、それはおまえが横で腹抱えて笑い転げてたからだろ」

「あとそれから」

「なんだよ、まだやんかよ」

「蛇を使った悪戯いたずら

「……どれのことだ?」


心あたりがありすぎる辰次は腕を組んで首をひねった。


「蛇を橋にあちこち結びつけたヤツか?」

「ちげぇよ。蛇に竹筒たけづつぶち込んでから、水流し入れて膨らました時の話だ」

「ああ、そっちね」


当時、大人たちの中で特に辰次たち悪童を叱る大工の親方がいた。

その大工の親方に、辰次は一泡吹かせようと蛇の風船を親方の道具箱にしこたま詰め込んだ。

結局、すぐに辰次たちの仕業だとバレて、大工の親方に説教とゲンコツをくらった。


「つーか、どれもこれもガキの頃の話じゃねーか」

「そうだよ。ほんと昔からとんでもない悪ガキだよなァ、お前」

「イヤ、おめェもだろ」


どの悪戯いたずらにも必ず鹿之介もいた。

だが、鹿之介は自分は関わりなかったという前提で話している。


「まったく、これだからお前は悪童なんて呼ばれンだよ」

「イヤ、だから。オメーもだよ」


もう一人の悪童である鹿之介は辰次より口達者で女好きだ。

ここぞとばかり、めくら娘と仲良くしようとした。


「ね?わかったでしょ、おトキちゃん。コイツ、辰次の野郎はほんと悪い遊びばっかくり返してる、しょーもない男なんだ。そんなヤツより、俺の方がー」

「なるほど。人の世には、さまざまな遊びがあるのですね」

「ん?」

「お寺参りや芝居鑑賞などの一般的な娯楽のほか、剣術に喧嘩、博奕、そして動物などを使ったもの。世の中には多種多様な遊びが存在するのだと、本日はとても勉強になりました」


朱鷺は至極真面目なようすであった。

鹿之介は面食らったように目をまるくさせ、こっそりと辰次に尋ねる。


「おトキちゃんって、もしかして箱入りのお嬢さん?これはちょっと世間なれしてないって感じだよな?」


苦りきった表情をうかべて辰次はだまった。

鹿之介のいう通り、この娘は間違いなく世間に慣れている女ではない。

このめくら娘は頭がどこかおかしい。

浮世ばなれしてやがる、と辰次は心の中でつぶやいた。

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