第22話 いけない遊びに誘われて 四
辰次は最初の賭けに勝った。
「よっしゃぁ!!」
辰次が拳をにぎって勝った喜びをみせる。
客たちも同様に勝ち負けの反応をあらわにしたが、それ以上に反応して騒いだのは博徒たちだった。
「ウソだろ?坊ちゃんが勝ったのか!?」
盆茣蓙と胴元を見比べる博徒たち。
「おいテメェ、イカサマしたのか!?」
「はァ!?するわけねェだろ!」
「だったらなんで坊ちゃんが勝ってんだよ!?しかも十枚の大勝ちじゃねぇか!」
辰次の眉間にシワがよる。
「テメーら、俺の勝ちが嬉しくねぇのかよ」
凄まじく悪い目つきににらまれ、博徒たちは居心地が悪そうであった。
胴元がひきつった愛想笑いを浮かべた。
「いやぁ、そんなことないっすよ。俺たちも嬉しいですって。ただ、ちょっと驚いて。なぁ?」
胴元は辰次をなだめるようとしていた。
「今日はほんとに坊ちゃんツイてるみたいっスね!じゃあこの勢いのまま、次、さっさといきましょうか!」
胴元がふたたびサイコロを壺に入れた。
辰次は手元にある八枚の札を満足げに見て、横のめくら娘の手元をみた。
「残念だったな、負けちまって」
「仕方ありません。でも、丁半博奕がどんなものかは理解いたしました」
「そうか。まだまだ札はあるから、次、狙えばいいさ」
「はい」
ふたたび、胴元が「はった!はったァ!」という客たちに賭けを誘う文句を叫んだ。
「さあ次は、どっちに賭ける?」
そう辰次に聞かれ、朱鷺は三枚の賭け札を縦向きに盆茣蓙へ置いた。
「半に三枚でいきます。辰次さんはまた全部ですか?」
「オウ、あたりめェよ!丁に全部だ!」
勢いよく十枚の賭け札をドンっと横向きに辰次は盆茣蓙へ置いた。
「さァ、勝負だ!」
客たちだけでなく、博徒たちまでもが
いきます、と緊張したようすの胴元がおもむろに壺を開けた。
「……三の四、三の四で半っ!」
博徒たちの間から残念そうな声と
腕を組んで壺をにらむ辰次の前から、十枚の賭け札が没収されていく。
めくら娘が現状を把握しようと確認する。
「えぇっと、いま辰次さんは負けたので、全ての十枚の賭け札を失った、ということですよね?」
「……そうだな」
「これが世にいう、辰次さんは
「その言い方、やめてくんない?たしかにいま、俺は一文無しだとしても、そこまではっきりと言葉にされると、こう刺さるっつうか、恥ずかしいってゆうか……」
「では、賭け札ナシになってしまった辰次さんですが」
「……」
「博奕の継続を望まれるのでしたら、わたしの札をお貸ししましょうか?」
「いいのか?」
「はい。わたし、今ので勝ちましたので余分に賭け札が手元にあります。四枚ほどで足りますか?」
ふたたび賭け札を手にして辰次はニヤリとした。
博徒たちがまた不安げなようすになった。
「おまえに借りた四枚分、倍にして返してやるよ」
『したらいけない』と言いつけられている博奕に、辰次はふたたび誘われてゆく。
盆ござのうえで、壺がふられては開けられるのが数回続いた。
「辰次さん。今のところ、わたしは札を何回お貸ししましたか?」
めくら娘の言葉に辰次は考えこむ。
「……5回、かな?」
「そのうちの何回、辰次さんは勝てましたか?」
「……」
「わたしの記憶が正しければ、いっかいも辰次さんの勝ちはなく、すべて負けだったと思うのですが」
辰次は腕を組んで黙りこむ。
「わたしは賭け札を合計で何枚お貸したのでしょうか?」
「……何枚、だったっけ?」
「二十枚です。それを全部、辰次さんは負けて失ってしまい、また今、札なしの状態となったわけです」
「……」
「どうして辰次さんは、お貸しする札を毎回ぜんぶ賭けては負けてしまうんでしょうか?」
朱鷺は心底不思議そうに小首をかしげている。
それが余計に辰次には底知れない怖さを感じさせていた。
(怒ってる。多分、これ怒ってる)
辰次はおそるおそるとめくら娘をうかがいみる。
彼女のまぶたを閉じた顔は怒っているとも、あきれているとも、もしくはまた別の感情があるようにもみえた。
つまり、辰次にはめくら娘の気持ちが全く読み取れなかった。
それがまた怖さを増し、さらに借りた手前負けたという後ろめたさがどんどんと増していった。
「すんませんでした」
辰次は潔く謝罪の言葉を口にした。
「家に帰ったら借りた分の金、ちゃんと返します」
めくら娘に情けなくも頭を深くさげる博徒の息子。
それを遠目にみていた鉄ノ進は、そばにいる博徒たちと嘆いていた。
「だからやめとけって言ったのに。一回目がどうもおかしかったんだ。調子乗っちまうから、あんなことになってよ。それにしたって、どうしてアイツはあんなにも博奕が下手なんだろな?アイツが来ると、賭場の運自体も下がる気がするよ。ほら、あっちの盆、客が全員丁に賭けて勝っちまったよ。ウチが大損だ。辰次の野郎、早く賭場から出てってくんねぇかな」
博徒の息子辰次は運がない、いわゆるツいてない男だった。
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