第21話 いけない遊びに誘われて 三
賭場は盛況なようであった。
あちらこちらで客たちが木の
博徒たちは、客たちをもてなす者と壁際で見張っている者に分かれていた。
朱鷺がまるで部屋を見回すように顔を左右にふった。
「とても広い場所ですね」
「わかるのか?」
「はい。これだけたくさんの人の声がしていれば、見えなくても、ここがとても広い大部屋だというのがわかります。江戸の賭場は、このように広い場所で開かれているるのですか?」
「いいや、ここが特別デカいんだ。普通なら盆はひとつだけだけど、ここはいくつもある。だから、客がたくさん入ってくる」
「ぼん?とは、なんですか?」
「博奕道具のサイコロとか転がす場所のことだよ」
辰次は空いている席を見つけて移動し、めくら娘を座らせた。
「手、ちょっと前に出して、下を触ってみろ」
「これは……」
朱鷺の手に触れたのは、畳とはちがう滑らかなものだった。
「布ですか?」
「ああ。これがここの
「
藁で編まれた茣蓙は薄茶色でガサついた手触りになる。
だが、朱鷺の前に敷かれているのはまっさらな手触りの白い布だった。
「博奕での盆茣蓙ってのは博奕道具広げる場所だから、それっぽいのならなんでもいいんだよ。だからウチの盆茣蓙は、畳に白い布まいた見た目がいい盆茣蓙。こっちの方が、サイコロの目がよく見えてイイって、客たちにもウケがいいんだ」
「サイコロ……博奕の道具にサイコロを使うのですね?」
「遊びの種類にもよるけど、だいたいがそうだな。胴元っていわれる奴が、サイコロと
辰次は盆茣蓙をはさんで真向かいの中央にいる男を見た。
この男がこの盆を仕切る胴元である。
胴元は上半身裸で、肩から背中にかけて
「今日は、
辰次に話しかけられ、胴元は手元を止めた。
「へェ、まあそうっスけど……」
胴元は眉をひそめていぶかしげに親分の息子を見ていた。
「よし。じゃあ賭け札くれよ」
「えっ!?」
「金ならあるぜ」
辰次はめくら娘から預かった小判一枚と自分の小銭を出した。
「この金額分の賭け札、よろしくな」
「ええー……その、ほんとにやるんですかい?」
「なんだよ、いけないのかよ」
「いやあ、いけないってゆうか」
胴元は周囲にいる博徒たちと不安そうな顔を交わしあった。
「坊っちゃん。ちなみに、鉄さんはこのこと知ってるんでしょうか?」
「鉄兄にならもう入り口で会った」
「じゃあ、親父はこのことー」
「しつけェな」
渋る胴元に辰次はいらだった。
「親父は花会行ってんだから大丈夫だって。それに、これ以上遊びとめてると、ほかの客に迷惑だろ?」
同じ盆茣蓙にいる客たちは、博奕が中断され続けている状況に不満げな顔をみせていた。
「……わかりました」
胴元は観念した表情で、辰次から金を受け取った。
木片の束が辰次へと渡される。
「コレ、おまえの分の賭け札だ」
朱鷺は賭け札を手の中で触って確かめる。
「小さな細い木のはし……まるで、神社にあるお守りの札のようですね」
「そういや似てるかもな。ま、あっちは何も出来ねぇただの札だけど。こっちは大金稼げる札だ」
「大金を、この賭け札というもので?」
「実際にやった方が早いな。ということだ。さっさと始めてくれよ」
そう親分の息子にいわれ、子分である胴元は諦めたような顔つきになった。
「では、どの皆様方もよろしいですか?」
盆茣蓙にあった三つの小さなサイコロと、『
いっせいに客たちが真剣な表情で胴元を見つめはじめた。
状況のみえないめくら娘のみ、顔をやや辰次の方へと向けた。
「辰次さん、胴元さまは何をしているのですか?」
「サイコロふたつに壺を持って、俺たちの方へよく見せてる。これで、イカサマの仕掛けがないってのを客たちに確認させてんだよ」
「サイコロは二つもあるのですか?」
「丁半博奕だからな。出たサイコロの目が偶数か奇数かをあてる遊びだ。サイコロひとつより、二つの方がより運試しになるだろ?」
「運試し?」
「ああ。どんだけ目を
幼い頃から一色親分に言い聞かせられた言葉を辰次は繰り返す。
「博奕なんざしょせんはてめぇ自身の運試し。見えてようが、見えなかろうが、関係ねえ。めくらのおまえでも、十分楽しく遊べそうだろ?」
「はい。でも運試しなんて、まるでおみくじみたいですね」
辰次の頭の中で、吉と凶、勝ちと負けが互いに繋がりあった。
(うまいこというな。さすが、実家が神職ってやつか)
胴元が三つの賽子を壺へと投げ入れた。
盆茣蓙へとふせられた壺はグルグルと回され、サイコロがカラコロと音を立てた。
壺がピタリと止まった。
胴元が大きく叫ぶ。
「さァ!丁か!?半か!?はった、はったァ!」
客たちが「丁!」もしくは「半』とさけびながら、盆茣蓙へ賭け札を叩きつけてゆく。
辰次はめくら娘に賭け方を教える。
「丁なら横向き、半なら縦向きに賭け札をここの盆茣蓙にのせるんだ。当たればその賭けた札の数、二倍返ってくる」
「なるほど。では、半の方に一枚賭けてみます」
「たった一枚?みみっちい賭け方だな。まぁ初心者らしいっちゃ、らしいけど」
「辰次さんは何枚賭けますか?」
「俺は、そうだな……」
辰次の手元には、今日の全財産と引き換えた賭け札四枚がある。
「四って数字は好きじゃねぇんだよなぁ。なあ、おまえの一枚貸してくんね?」
「わたしの賭け札ですか?」
「さっき、俺、おまえの分の遊び代払ってやっただろ?」
ひとり分の遊び代より、朱鷺が持つ賭け札一枚の方が高い。
だが、賭場の初心者であるめくら娘はそんなことを知らない。
「そうでした。こちら札一枚で、先ほど払って頂いた遊び代を精算、ということでお願いします」
「オウ」
悪童はまんまと賭け札一枚をせしめてほくそ笑んだ。
「そいじゃあ、俺は丁に五枚だ」
「それって、辰次さんが持ってる札、全部ですよね?」
「今日はツイてる気がすんだ。こうゆうときは、思い切って全部賭けるのが江戸っ子だぜ」
自信満々に胸を張る辰次を周囲の博徒たちが不安そうにみていた。
とくに胴元の男は、かなり緊張しているようで壺を潰しそうなほど握っている。
「では、いきます」
胴元の男は覚悟をきめたように、思い切って壺を開いた。
「二のニ……二の二で、丁!丁だ!」
出たサイコロの目を胴元はおどろきをもってさけんだ。
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