第20話 いけない遊びに誘われて 二

辰次と朱鷺は浅草寺境内へと戻ってきた。

寺の中に賭場とばがあると教えられ、朱鷺は少しおどろいていた。


「金銭の賭け事は幕府が禁じている御法度違反ですよね?その賭け事をする賭場をお寺の中でやるなど、お坊さまに怒られませんか?神様をおまつりする神聖な場所で法を犯すことなんて……」


『幕府』と『神域』の両方を辰次は鼻で笑った。


将軍様うえさまだか神様だか知らねぇけど、昔っから賭場は寺や神社で開くのがあたり前。博徒たちにとっちゃ常識だ」

「どうしてですか?」

「まず、幕府の役人どもは神さまと坊主どもに遠慮して調べにはこねえってのがある」


江戸の町には幕府の力が及びづらい場所というのがあった。

いわゆる治外法権の場所というもので、そのひとつが寺や神社という神域であった。


「寺や神社の方は、博徒たちから賭場を開く場所代、つまり寺銭てらせんってのをもらえる。それに、バクチ遊び目当ての人間が賽銭落としてくこともある。な?わかったろ?賭場は、両方にとってイイ金稼ぎができんだよ」


一色親分の賭場は浅草寺本堂の真裏にあった。

巨大な本堂にすっぽりと隠れる、五間八間(約9メートルと14メートル)の平屋ひらやづくりである。


「この昼間の時間帯なら、たいして混んでないはず……ん?」


辰次は眉をひそめた。

賭場の入り口をふさぐように大きな影がふたつ立っていた。

ひとりは兄貴分である鉄ノ進で、もうひとりは達磨だるまによく似た男だった。

達磨のようなギョロリとした目ん玉が辰次をみた。


「おお、辰次じゃないか!」


達磨男は大きな口をあけて、豪快な笑みを辰次にむけた。


「なんだ、一丁前に女を賭場に連れてきやがって」


達磨男は朱鷺をチラリとみた。


「とうとうコレができたか?」


達磨男は辰次へこれみよがしに小指を立ててニヤニヤしている。

からかわれているのをわかったうえで、辰次はムッとした。


「ちげーよ。こいつは親父が訳あって世話してる女だよ」

「ほお、そいじゃあこの子か。兄貴がいってた、めくらのお嬢ちゃんってのは」


達磨男はめくら娘を上から下までながめた。


「目も見えねえ細っこい体だっつうのに、ひとりでよくもまぁ京から来たもんだな。嬢ちゃん、見かけによらず度胸があんじゃねえか」

「恐れいります。ところで、あなたさまは一色親分さんのお知り合いの方でしょうか?」


達磨男はおどろいたように目を丸くさせ、隣にいる鉄ノ進みた。


「聞いたか?俺ごときにをつけたよ、この嬢ちゃん」

「こちらはまっとうな堅気かたぎのお嬢さんらしいですからね。ちゃんと挨拶、してあげてくださいよ」

「おお、それもそうだな」


達磨男はめくら娘に芝居がかった挨拶の口上こうじょうをはじめた。


一色いっしき忠次ちゅうじと兄弟さかずきわし、生死を共にし約三十年。一色組の縄張りを広げ、忠次の右腕と呼ばれる男。それがこの俺、虚弥蔵こみぞうだ。兄貴の子分はたくさんいるが、俺ほど一番強くて頼りになる男はいねぇ」


胸を張って自慢げな虚弥蔵に、辰次が横からちゃちゃを入れた。


「一番迷惑な問題児の間違いじゃね?」


生意気な口をきくわっぱに、虚弥蔵はすぐさまお仕置きをはじめた。

虚弥蔵は太い腕を辰次の首へ回して締めはじめる。


「この野郎、いったな?誰のおかげで、その『悪童』と評判になるほど喧嘩に強くなれたんだ?ん?俺のおかげだろ?俺が喧嘩のコツを教えてやったからだろ?」


虚弥蔵は辰次にとって叔父であり、また喧嘩の師匠でもあった。

その師に首根っこをおさえられて、辰次はもがくが身動きはまったく取れない。


「そうだな!叔父貴のせいで、俺は悪童とか呼ばれてんだろうな!くそ、もう離せって!」


やっとのことで辰次は虚弥蔵の腕から解放された。


「つーか、なんで叔父貴おじきはここにいんだよ。花会は?親父と一緒に行ったんじゃねぇのかよ?」

「それよりも大事な用ができちまったんでな」

「花会より大事?どんな用事だよ、それ」

「ツキ男だ」

「は!?ツキ男!?」


『ツキ男』に大きく反応をする辰次に、鉄ノ進が眉をひそめた。


「虚弥蔵さん。その話、コイツの前ではちょっと……」

「ったく、おめェもかよ」


虚弥蔵は心底あきれた顔になった。


「兄貴もお前も、辰次にゃ過保護が過ぎるぞ。いいか?コイツは、もう立派な一人前の男だ」


虚弥蔵は辰次へニヤリと笑いかけた。


「やりたいようにやらせりゃいいんだよ。責任は十分に取れるって。なぁ?」


辰次の周りの大人たちの中で、虚弥蔵のみが常に辰次を一人の男として扱ってくれていた。

それが辰次には嬉しく、またこの問題児である叔父をしたう理由でもあった。


「それで、叔父貴が花会に行かないことと、ツキ男がどんな関係あるんだ?」

「実はな、ツキ男が昨日の晩、俺の賭場に現れやがったんだ」

「はあ?昨日の晩?」


辰次は困惑した。


「ツキ男なら、昨日の晩、俺たちと喧嘩してたぞ?」

「らしいな」


虚弥蔵はおどろく素振りもみせず、いたって落ち着いていた。


「お前が喧嘩したツキ男は、どんな野郎だった?」

「どんなって……」


『ツキ男』こと、飯尾という武士の姿を辰次は思い出す。


「中年の小太りで、どこにでもいる金なさそうな汚ねえ浪人って感じだった」

「そうか。だが、俺の賭場に来たツキ男は、痩せ型で身なりのいい侍だった」

「……は?」


自分の知る『ツキ男』とは正反対の特徴に、辰次はますます困惑した。


「そのほか、ツキ男が出たという賭場の人間たちから、ツキ男は若い浪人、または太った浪人だとバラバラなことを聞いた」

「どうゆうことだよ」

「つまり、こうゆうことだ。ツキ男は複数いる」


辰次は鉄ノ進の顔をみた。


「そうなのか?」

「……かもしれねぇって話だ」


辰次の前ではしたくない話題だったようで、鉄ノ進は苦い顔つきだった。


「虚弥蔵さん、さっきも話したけど、本当にそいつはツキ男だったのか?」

「間違いねえ!野郎は俺の賭場に通い始めてから負けなしで、大金をガッポガッポ賭けては稼いでくんだ!こりゃあイカサマしてんだろってんで、見ぐるみ剥がしたら、あやしい木の札一枚が出てきた。おめえンとこもそうだろ!?」

「ええ。でも、あれはイカサマ道具じゃなく、本当にただの木の札でしたよ。守り札だから返せとか、暴れましたけどね」

「おんなじだ!俺のトコのツキ男も、あれを守り札だとぬかしやがった。野郎どもきっと仲間グルだぜ!何か奴らにしか使えないイカサマで、勝ちを偽造してるにちげえねえ!」


鉄ノ進はけわしい顔つきになって腕を組んだ。


「……確証は?」

「ねえ。だが二日後、ツキ男は俺の賭場へ来る。そこで必ず、イカサマの証拠をつかんでやる」


にんまりと怪しい笑みをみせる虚弥蔵に鉄ノ進は不安を感じたようだった。


「親父からいわれてますよね?侍相手に余計な喧嘩はするなって」


念を押すように言った鉄ノ進にたいし、虚弥蔵は小さく鼻で笑った。


「兄貴は昔に比べて臆病になったな」

「虚弥蔵さん!」

「わーってるって。兄貴は子分どものことも考えて慎重になってるっていいたんだろ?兄貴に迷惑はかけねぇよ。俺は、ただサシで野郎と博奕ばくち勝負するだけだ」


話は終わったとばかりに虚弥蔵は鉄ノ進に背を向けた。

最後に、虚弥蔵は辰次とめくら娘へ言葉をかけた。


「興味ありゃあ、二日後に俺の賭場へこい。胴元として盆を裁く俺の腕前、とくと見せてやるよ。そっちの嬢ちゃんも連れてきな。兄貴の客は俺の客。たっぷりもてなしてやるぜ」


虚弥蔵は悠々とした足取りで去っていった。

鉄ノ進がため息をついた。


「まったく。面倒事にならなきゃいいけど……それにしても」


気を取り直したように、鉄ノ進は朱鷺の方へ目を向けた。


「ほんとに、女の子ってのは着るもんで変わるもんだなァ」


めくら娘の変わりように鉄ノ進は感心していた。


「昨日の夜とは別人だなぁ」

「……すいません。わたしは、あなた様とどこかでお会いしましたか?」


鉄ノ進はいかつい顔をやわらかくして、苦笑を浮かべる。


「まぁ見えないから、俺のことわかんないのはしょうがないよな。鉄ノ進だ。まわりには鉄って呼ばれてる。おトキちゃんのことは、今朝、親父から聞いたよ」

「では鉄ノ進さんは、一色親分さんの子分さんで?」

「ああ。ガキの頃から十年以上世話になってて、子分のなかじゃ結構古株の方なんだ。でも俺は辰次と10しか違わないから、まぁ辰次の兄貴みたいなもんだと思ってくれ。今日はたしか、辰次にここら辺を案内してもらってんだよな?」

「はい。さらにこれから、こちらの賭場を案内していただく予定です」

「ん?こちらって、もしかしてウチの賭場のこと?」

「はい。こちらで、辰次さんよりばくち遊びの指導をしていただきます」

「んん?それは、辰次が博奕をお嬢さんに教えるってことか?」

「はい」

「それは、ちょっとどうかなぁ……」


表情をくもらせる鉄ノ進へ、辰次は銭をおしつけた。


「ふたり分の遊び代」

「こら、待て!おまえ、ほんとに博奕をやるつもりなのか?」

「コイツが博奕遊びやりたいって言ってんだよ。やらせてやるしかねぇだろ?」

「だとしても、お前はやめとけって!特に女の子の前で博奕なんぞしたら……」

「親父が怒るって?その親父が俺に、この女の世話をよくしろっていったんだ。しょうがねーよなぁ」


辰次は残念そうな口ぶりだったが、顔には笑みをうっすらと浮かべている。


「俺は別にしたくもねぇけどさあ。コイツのためにやるだけだから。な?」


まだ何か言いたそうな鉄ノ進をさっさと通り過ぎ、辰次は帯を引っ張ってめくら娘を賭場の中へと連れていった。

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