第14話 変な女

出てきた朱鷺をひと目するなり、辰次は驚いて目を丸くした。


「なんだよ、ちゃんと女だったのかよ」


すっかりと尼姿から変身した彼女を目にし、辰次は初めて朱鷺を『年頃の若い女』として認識したようだった。


「これ!アンタは、なんてこと言うんだい!」


まきが息子の無神経さにあきれて叱り飛ばした。


「可愛いとか、きれいだねとか、気の利いたことひとつも言えないの?まったくもう。それだから若い女の子に人気がないのよ」

「なっ……!」

「目つきと口が悪いんだから、愛想くらいよくしたらいいのに。態度も悪いから、印象悪いのよねえ」


辰次は苦い顔をした。


「俺には悪いとこしかないってか?」

「あら、そんなことないよ。顔は悪くないし、素材はいいよ。でもねぇ、背が高いから迫力でちゃって。女の子からしたら、悪くみえちゃうんでしょうねぇ」

「けっきょく『悪い』んじゃねぇかよ!もういいわ!」


辰次はすねたように言葉を吐いた。

そのまま、めくら娘へ「いくぞ」といって出て行こうとする彼をまきが止める。


「ちょっと待ちなさい」


まきが紅色の細い帯を辰次へと渡した。


「なんだよ、これ?」

「おトキちゃんは見えないからね。アンタとハグれないように、これをつかんでてもらいなさい」

「んなガキじゃあるまいし。袖ひっぱりゃいいだろ」

「そんなことしたら、せっかく綺麗に着付けしたのが崩れちまうだろう」


『女』というのは面倒くさいと思いつつ、辰次は朱鷺のにぎる杖に目を留めた。


「じゃあ、あっちの杖の方を引っ張ればいいじゃん」


辰次は彼女の杖をつかもうと手を伸ばした。

が、かれの手をよけるように朱鷺が杖を引き寄せた。


「これは大事なものなので、折れたりしたら困ります」


まきが「ほらみたことか」といわんばかりに辰次をみている。

辰次は舌打ちをしたい気分だったが、まきの手前がまんした。


「……わかったよ。ほら、この帯握ってろ」


辰次と朱鷺は互いに紅色の帯のはしっこをにぎる。

ふたりは、まきに「行ってらっしゃい」と送り出された。


「あー……まずは浅草寺行くか」


どことなく辰次の口調はぶっきらぼうだった。

歩みの遅い朱鷺に合わせながら、辰次は浅草寺へとむかった。

浅草寺はいつもどおり、そこそこの人でにぎわっていた。


「右にあんのがなんかの神さまのお堂。左も同じ。あっちも、そっちもみんな同じ、なんかの神さまのお堂」


気だるげに辰次はてきとうな説明を繰り返しつつ、帯を引っ張りめくら娘を連れ歩く。


「目の前にあるでっかい門には、でっかい提灯ちょうちんがぶら下がってて、両側にはでっかい像が……ってこれ意味あんのか?」


だんだんと文句まじりの独り言を辰次はつぶやき始めた。


「見えないやつが見物なんて意味なくね?つかそれって見物っていうのか?」

「辰次さん」


めくら娘が足をとめた。


「ここのお寺には、神社があると聞きました」

「えぇ?あー、そういやあるな」

「お参りによってもよろしいですか?」

「おまいりぃ?まぁ別にいいけど」


辰次は、前日にこども賭博があった神社へとめくら娘を連れてきた。

本日、子供たちはいない。

代わりにいたのは僧侶の俊応しゅんおうと数人の大人たちだ。

俊応の指示のもと、大人たちはいくつもの竹を組んで、柵のようなものを作っていた。


「お主、また来たのか」


辰次を目にしたとたん、俊応は迷惑そうな表情を浮かべた。


「昼寝ならよそいけ」

「あぁ?」


長年の条件反射で、辰次は自然と反抗的な態度になる。


「なんだとジジイ。今日はそんなヒマねーんだよ」

「ふん。どうでもいいが、祭りの準備の邪魔だけはするなよ」

「祭り?ああ、そういや。浅草祭りがもうそろそろだったか」


浅草祭りとは、ここら辺で名物ともされる大きな祭りで、毎年三月の十七と十八日に行われていた。


「今日は十一日だから、祭りの日の十七までまだずいぶんあるよな?準備始めるの早くね?その竹の柵、提灯ぶら下げる用のだろ?」

「ただの提灯じゃないわ。祭りへの寄付をいただいた方へ、感謝をあらわす提灯だ。提灯のひとつひとつに、ご寄進きしん頂いた方の名前をいれて飾る特別なもの。今年は例年より多くの人たちから頂いたからのう。いつもより提灯が多くなりそうだから、こうして早めに準備しておる」

「ふーん。ところでジジィ、山車だしを出す時間と順番はもう決まったんだろ?」


山車だしとは、神輿みこしよりさらに大きな出し物のことだ。

人形などいった飾りに太鼓などの楽器、さらに人を乗せ、車輪がついた派手な乗り物である。

浅草祭りでは周辺の各自治体がそれぞれ山車を所有していた。


「今年はどの順番で出すんだ?」


俊応がジロリとキツく辰次をにらみつけた。


「なんだよ?」

「ちょうどよい機会だ。ここで、お主にはいっておこう」

「はあ?」

「今年こそは、喧嘩をするな!」


辰次は祭りで喧嘩騒ぎの常習犯だった。

原因は彼が無断で山車へ乗り込み、その山車を担ぐ連中と揉めるからである。


「いろんな山車にあがりこんでは喧嘩しおって!祭りの迷惑じゃ!」

「俺は祭りの邪魔しようとして喧嘩してんじゃねぇよ」


祭りが何よりも好きな辰次は、心外だとばかりに反論する。


「俺は山車のてっぺんから見下ろす祭りってのが昔から好きなんだよ。昔はのぼっても文句言われなかったのに。最近は降りろとかいう、うるさいヤツがいるから喧嘩になっちまってるだけだっつうの」

「子供ならまだしも、おまえのようなデカい男に乗ってこられたら、そう言うにきまっとろうが!この万年悪ガキが!」


俊応は説教を悪童へとばす。


「よいか!?おまえもいい加減自分の歳を自覚してだな!」


ガラン、ガシャン


「目下の子供たちに見られているおもって」


ガラン、ガシャン


「年相応の恥ずかしくない行動をだな」

「え?なに?」


ガラン、ガシャン


「だから!」


ガラン、ガシャン


「年相応のっ!」

「は?聞こえねぇんだけど?」

「だから!年相応のだなっ!」


必死に叫ぶ俊応の声は、鳴り続ける大きな鈴の音に消されていた。

この騒音まがいの鈴の音に、とうとう辰次も我慢ならずに叫ぶ。


「つーかさっきから、この音なんだッ!?」


騒音の出どころはすぐそばだった。

賽銭箱前にある神社の鈴が激しく鳴らされていたのだ。

そして、その鈴をやかましく鳴らしている参拝客に辰次は目を丸くさせた。


「なっ、おまえ!?」


めくら娘だった。

彼女がひたすらに垂れさがるひも揺らして鈴を鳴らしていた。

辰次はさらに仰天する。

めくら娘が賽銭箱前の建物内へと土足であがりはじめたのだ。

これには神社の管理者である俊応もあわてた。


「これ娘!なにをしておる!?そこは神さまがおわす本殿奥になる場所!神域で立ち入り禁止じゃ!」


あわてふためく俊応と共に辰次もめくら娘をとめに入る。


「おい!おまえ、何してんだ!?」

「辰次さん?」

「鈴うるっせぇくらいに鳴らしやがって、なに考えてんだよ!?」

「……あの、すいません」


めくら娘は立ち止まって辰次の方へ体をむけた。


「神社であまり大声は立てない方がよろしいかと」

「はァ?」

「世間さまの常識でいくと、辰次さんは迷惑におもわれてしまうと思います」

「たった今、やかましく鈴鳴らしまくったうえに、土足で神さまんトコにあがりこもうとしたヤツから常識どうのといわれたくねーよ!」


奇怪な行動を繰り返すめくら娘に、辰次以上に周囲の人間が困惑していた。

俊応は眉根をよせている。


「このめくらの娘はおまえの連れか?」


そう俊応に尋ねられ、辰次はあいまいに答える。


「えー、まぁ、連れといえばそうなんだけど……」


俊応は坊主よろしく、めくら娘へ説法もどきを始めた。


「よいか、娘よ。神社にある鈴をそう何度も鳴らしては、神さまも迷惑というものだ」

「ですが、その神さまから何も反応をいただけなかったので、やむなく鳴らした次第でございます」

「……ん?」

「ここまで鈴を鳴らしてもご反応を頂けなかったので、拝殿へあがり、神さまへ直接お伺いしようとしたのですが……人様からすれば、ご迷惑だったのでしょうか?」


俊応は目を丸くし、辰次の方を向いた。


「この娘は、その、いったいどうゆう娘だ?」


辰次はただ渋い顔をして黙るしかなかった。

誰一人としてめくら娘の言葉を理解できない。

しまいには周囲の人間たちが、めくら娘と辰次を奇異な目でみはじめた。


「おい。もういいな?そろそろ行くぞ」


辰次はとうとう人々の視線に耐えかねた。

無理やりにめくら娘を神社から連れ出していく。


「辰次さん、江戸の神さまは留守にされるのが普通なんでしょうか?」

「……神さまに聞けば?」


投げやりに辰次はめくら娘へ話を合わせる。

まともな格好にはなったが、理解不能な行動と言動を繰り返すめくら娘に辰次はよりいっそう苦手意識を深めていた。


(やっぱり変な女だ)


辰次は変なめくら娘を連れて、男谷道場のある本所亀沢へと向かった。

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