第13話 帯

翌朝、辰次が開口一番にめくら娘へと命じる。


「その白い頭巾、とれ。んなもんしてるから尼さんと間違われんだ。あと、その着てるもんも変えろ」


めくら娘の格好は前日と同様、尼もどきの暗い色合いの衣装だった。


「若いくせに、そんな野暮ったい地味な色を着やがって。年寄りくせぇぞ」

「ですが、わたしはこれしか持ってません」

「そうだとおもったから、母さんが若い娘らしいの用意してる。着替えてこい」

「え?」

「いやか?」

「いいえ、ちがくて、その……」

「尼の格好のおまえを連れて歩いたら、俺がまた変な誤解されんだろ。尼さん誘拐してるとか妙なウワサ近所に流されたら、おまえのせいだからな」

「……」

「嫌じゃねぇんだったら、早くしろ」


問答無用とばかりに、辰次がめくら娘をまきのいる部屋へと押し込めた。

部屋ではまきが衣装箱らしき大きなかご葛籠つづらをいくつもあけていた。


「まさかウチで女の子の着つけをする日が来るなんて。若い時のをとっておいてよかったわ。さあ、どの小袖こそでにしようかしら?」


この時代、一般的な庶民の装束として普及していたのは小袖と云われる和服である。

袖の部分が小さく動きやすい。

そのうえ着回しもできるため、普段着として好まれていた。

葛籠つづらからまきは数々の小袖を取り出して広げていく。


「嫁ぐ前のお嬢さんなら、振袖ふりそでがいいんだろうけど……」


振袖とは、小袖の袖が長いもので未婚女性が着るものであった。


「残念ながらアタシはもってなくてねぇ。でも、若い子が着るような色と柄の小袖はあるから安心してね」

「あの……わたし、別に着るものはなんでもいいです」


遠慮がちにつぶやかれためくら娘の声は、まきの耳に入っていないようだった。


「おトキちゃんにはどの色が似合うかしらねえ?」


まきは手にした数枚の小袖を次々とめくら娘の首元にあてる。


「色白さんだから、淡い色合いがいいわね。梔子くちなし色の菊、浅葱あさぎ色の紫陽花あじさいに、薄紫の藤……どれもよさそうね。好きな色はある?あ、やだ、アタシったら。目、見えない子にこんなこと聞くの、失礼だったわね?」

「いいえ……色は、おまかせします」

「そお?それじゃあ……」


室内に広げられた何枚もの小袖のうち、ひとつの色がまきの目にとまった。


「これだわ!おトキちゃんって名前ならこの色を絶対に着なきゃ」


まきが嬉しそうに小袖をめくら娘の首元にあてる。


「鴇色」

「とき、いろ?」

「おトキちゃんにぴったりな色でしょ?」

「そのような名の色があるのですね」

「知らなかった?鴇色はね、淡い桃色で優しい春の色なの。いまの季節にちょうどいいわ」


まきは葛籠の奥をさぐり、細長い布を何本も取り出した。


「帯は金でいいかしら?」

「おび?えぇと……おまかせします」

「なら、金色ね。じゃ、いちから着付けするから。いま、着てるの脱いでね」

「え?いえ、あの、わたし自分で出来ます」

「なにいってんの。ほらほら、脱いで脱いで。女同士、何も恥ずかしがることなんかないわ」


まきがなかば無理やりめくら娘の着物を脱がしていく。

腰帯を解かれ、小袖、下着の白い衣である長襦袢ながじゅばんを剥かれ、めくら娘は赤い腰巻き一枚となった。


「あらまぁ!」


半裸となった彼女を目にし、まきが驚嘆の声をあげる。


「なんて細い腰!こんなにくびれてる子、初めてみたわ」


あらわになっためくら娘の白い腰は、見事な『く』の字だった。


「これは帯を余計に巻いてあげなきゃいけないわね」


めくら娘の真っ白で豊かな膨らみのある上半身をながめ、まきはさらに嘆息する。


「胸も大きくてうらやましいこと。けど、こっちも布をあてて詰めないといけないかしら?」


まきが長襦袢を二枚、めくら娘に着せた。


「これに小袖まで着たら、歩きづらそうよね?」

「はい」

「それじゃ下の一枚、切っちゃいましょ」


鋏を手にし、まきは長襦袢を腰のあたりからバッサリと切った。


「よかったのですか?これ、おまきさんのものでは……?」

「いいの、いいの。これで胸の下に綿入りの細帯を巻けばいいわね。それから帯を巻いて、さらにしごき帯つけて腰のとこ、詰めちゃいましょ」

「しごき帯?それはなんですか?」

「柔らかい布地の細い帯で飾り用の帯よ。腰帯の下にわざと垂れるように巻くの。振袖につけることが多いんだけど、若い娘さんたちはよく小袖にもつけるのよ。お洒落にみえて素敵なのよね」


まきがせっせと残りの着付けをしていく。


「辰次と並んでたからわからなかったけど、おトキちゃんは結構背が高いのねぇ。私の小袖の丈じゃ、ちょっと短いかしら?ほんとは裾がたれるくらいがいいんだけど、手足が長いから、足首ちょうどになっちゃうわねぇ。これは普通より、ちょっと時間がかかるわね」


朱鷺はいわゆる八頭身で和服に不向きな体であった。

そんな彼女の体へ着つけることにまきは苦戦していた。


「すいません。わたしの体、普通の人間とは形が違うみたいで……」

「あらヤダ、そんなこといってないわよ?」


めくら娘は顔をややふせ、どことなく暗い雰囲気になっていた。


「でも、他の人とは違うから……ご迷惑おかけします」


まきは帯を結ぶ手をとめた。


「おトキちゃん。違うよ、アタシはこれっぽっちも迷惑なんておもってない。それに、おトキちゃんを他の女と比べるようなこともしてないわ。比べようがないもの。だって、他の人と違うなんて、あたりまえじゃない。この世には、誰一人として同じ体の形と色をもった女なんていないのよ?」


優しく微笑むまきが、めくら娘の両手をにぎった。


「あのね。いいコト、教えてあげるわ。この鴇色の小袖、この世でおトキちゃん以外は着こなせないとおもうの」

「え?どうしてですか?」

「この小袖の柄はしだれ桜。長い枝に小さな桜の花がさいて縦長に小袖に柄として入ってる。背の高いおトキちゃんがきてると、まるで川に流れる桜の花びらみたいでさらに綺麗に見えるわね。それにこの金の帯。色白のおトキちゃんがつけてるから、さらに輝いてみえるわ」


まきが仕上げとして、紅色の細帯を金の帯のうえに巻く。


「うん、やっぱり紅色にして正解ね。鴇色、金色、紅色。これはもう全部、おトキちゃんだけの色ね」

「わたしだけの?」

「ええ、そうよ」


まきは朱鷺の全身をみながら着付けの微調整をしていく。


「わたしはね、こうゆう女の子の着つけっていうのが大好きなの。いろんな色もってきて、試して、これだねって見つけて。すっごく楽しいわ。さァできた!どう?苦しくないかしら?」


朱鷺は動作を確認するように上半身を左右にひねった。


「いいえ、とても動きやすいです」

「よかった。ついでに髪の毛もやっときましょうね。少し崩れてるわ」


簡素にまとまっていた朱鷺の髪の毛をまきは丁寧にほどいた。


「おトキちゃんの髪は柔らかくて細い猫っ毛だね。かんざしとか、うまくささらないでしょ?」

「はい」

「じゃあ根付ねつひもね」

「ねつけ?」

珊瑚玉さんごだまがついた髪紐よ」


まきが手を伸ばしたのは黄色味がかかった淡い紅色の玉がついた紐だった。

それをまきはめくら娘の髪の毛にあてた。


「おもったとおり。かんざしやくしなんかより、こっちの方がおトキちゃんの明るい髪の毛にはえるわね」


まきが朱鷺の髪の毛を櫛ですきあげながら、優しい手つきで髪の毛をまとめていく。


「おマキさんは、たくさんの着物と飾り物をお持ちなんですね」

「これでも元芸者だからね。現役時代はこれよりもっとたくさんあったわよ」

「芸者?それは、三味線や踊りなどの芸をお座敷で披露する女の人のことですよね?」

「そうよ。京では芸妓さんとか呼ぶんだったかしら?アタシ、これでも柳橋で結構売れっ子の芸者だったの」


柳橋とは浅草より南、芸者のいる料亭があつまる花街である。


「ま、二十年以上も前の話だけどねぇ。ほらできた」


綺麗にまとめられた朱鷺の髪の毛のすき間から、珊瑚玉が慎ましやかに光っている。


「ああ、やっぱり可愛いわねぇ」


まきは朱鷺を頭からつま先までながめ、自分の仕事に満足していた。


「おトキちゃんには品があるから、いいとこのお嬢さんにみえるわよ」

「はあ」


はしゃぐまきに、朱鷺はなすがままに手をひかれる。


「さぁ外で待ってる辰次にみせにいきましょう。きっと、びっくりするわよ」


まきは気持ちが弾んでいた。

やはり、娘には息子にはない楽しさがある。

朱鷺の手をひきながら、できればこの子が長くここにいて欲しいと願うまきだった。

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