2 空の街のガラス工房付き屋台

 ところであなた、手先は器用な方ですか?


 手仕事が嫌いでないならば、引っ越しがてらガラス職人をやってみるというのはどうでしょう。いえね、次の街はガラス細工の屋台が名物でして。ちょっと特殊な屋台を持っている職人がいると聞いたので、家を見て回る前に中を見せてもらおうかと。おや、あまり興味ない? 残念、私は気になってたんですが。


 さて、三日歩き続けた大階段もようやく終わりです。筋肉痛がやばい? それなら今日はあまり歩かず、広場の屋台をのぞいて回りましょうね。


 休憩がてら、まずは飲み物を買いましょう。今日は香草茶と、炭酸水と、柑橘水と、キノコのスープがありますね。ええ、屋台ですから店は不定期に入れ替わります。この街の住人がやっている屋台もあれば、他の街から来ている屋台もある。車輪がついているタイプのが、移動式の店ですね。あ、おすすめは炭酸水です。天然ものなのでちょっと変わった味がしますよ。そっちの青いレモンを少し絞ってもらっても美味しいです。


 レモン炭酸と串焼きを手に入れたら、噴水前に座りましょうか。ええ、青と白の街並みが綺麗でしょう? この国の人は「青空の色」を大切にしているとお教えしましたね。崖の家と同じように、この街の家々の扉も青く塗られています。嵌め殺しの青いガラス窓があるのも同じです。


 ただ向こうと違うのは、この白い壁と白い石畳。ここ「空の街イエル」は、ヴェルトルートでも特別「空」にこだわりを持っている街です。空の青色を引き立てるために壁の色は真っ白で統一しようと、そういう住民の熱意と努力があって、この爽やかな光景は維持されています。


 一息ついたところで、ガラス屋台を見に行きましょう。あそこの端にある……そう、あれです。車輪がついている移動式の、やけに大きなあれ。


 白く塗装された大きな鉄の車輪の、白い馬車。大きな窓を開ければカウンターが出せるようになっていて、そこに商品が並べてあります。軒先に吊るしてある無数の青いガラス玉が美しいですね。


 このガラス玉は「空玉」という名前で、見上げた青空そっくりの色が魅力の、この街の民芸品です。玉はビーズになっているものもありますが、基本的には穴のないものを飾り編みの紐で吊るすのが人気ですね。親指の爪くらいのから、拳大のまで色々です。特にこの店の作品は、青だけじゃないのが特徴です。明け方の青紫に、朝焼けの金、真昼の青空に曇り空、夕焼けの緋色。無数の色が並べてあるのも素敵ですが、ひとつひとつのグラデーションが空そのものだと、絶大な人気を誇ります。あとで一個買っていきましょう。


 さて、そんなガラス職人の屋台。店番の人がいませんね。窓から中をのぞいてみて。ほら、奥でなにか作業をしているおじさんがいるでしょう。


 この店主、大人気の職人ゆえに王都やら、祝祭の時には大神殿の方までしょっちゅう出張に行くんです。その関係で、屋台の中がちょっとした工房兼住まいのようになってるんですよ。南の方の、吟遊詩人一座の旅馬車を参考にしたそうです。ただしガラス工房を兼ねているので、耐火煉瓦を組んだ火床が作ってあります。そこで魔導式の燃焼器を使って……ほら、ガラス棒の先を熱してくるくるっと丸めて。器用なものです。奥の間仕切りの向こうが、生活スペースでしょうか。寝床のはしっこのようなものがちらっと見えていますね。さすがガラス職人、天井から吊るされている青いガラスのランプもおしゃれです。


 真っ白な壁の一軒家を買うのもいいですが、こういうのもロマンじゃないですか? こだわりの一台の馬車に自分の仕事と生活と夢を全部詰め込んで、お気に入りの街で店を開きつつ、ふらっと世界中へ出かけてゆく。白い車輪に青い旗の組み合わせを見れば、誰もが「あの街から来たのか」と思い至る。


 おや、馬車を買いたくなりました? それはそれは、興味を持っていただけて嬉しいです。買えるところを紹介してもいいですが、そもそもあなた、御者できるんですか? 手に職は?

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