ヴェルトルートに住もう!

綿野 明

1 絶壁の集合住宅

 根源の地と名高い、地底洞窟国家ヴェルトルートに住んでみたいと。


 で、私に良い家を紹介してほしいと。


 まあいいですけど、ご飯は奢ってくださいね。あと宿泊費もあなた持ちですよ。は? ざっと見せてもらいたいだけで、泊まらなくていい? なに言ってるんですか。あなた、この国で家を探してるんでしょう? なら住処を探して国じゅう見て回る間、どこで寝るつもりなんですか。馬車? あなたは好きにすればいいですが、私はごめんですよ。


 さて、じゃあ手始めにそこの大階段を降りましょうか。地底洞窟国家ですから、まずは地底へ降りねばなりません。徒歩であれば道のりはおよそ三日です。昇降機がいい? 残念でした。はじめの一軒、この階段沿いにあるんですよ。


 そうそう。あなたのように初めてのかたは、華奢な手すりだけで柱もなにもない、宙に浮いているようなこの水晶階段を怖がるんですけどね。大丈夫です。こういう超大規模魔術の展開と維持に関して、この国の右に出るものはありません。


 それよりもほら、絶景でしょう。天まで届くような巨大な透明の螺旋階段に朝日があたって、他の何にも例えようのない幻想的なきらめきを見せてくれます。出入国口が縦穴しかないのを不便がるかたもいますけど、大半の人間は、国内で唯一空を仰げるこの大穴を、希望の象徴のように思っています。それゆえに、この階段は水晶細工で出来ているんですよ。青い空の色を透かして見られるように。


 一目見れば永遠に脳裏に焼き付くようなこの情景が、朝一番カーテンを開けたら目に飛び込んでくる。それがこの国境の絶壁に住む上で一番の利点です。この国を出入りする人間のほとんどがここを通ってゆきますから、仕事にも困りません。宿屋に食堂、喫茶店、土産物屋。どこも働き手を募集中ですし、自分でお店を開いてもいい。世界中から訪れる旅人に、面白い話も聞かせてもらえるでしょう。


 お、興味が出てきましたか? それなら、そこの集合住宅の空き部屋を見せてもらいましょうか。一軒家もないことはないですが、人気の場所なので、よほどお金持ちでない限りは一部屋借りる方が無難です。


 玄関は空色の木の扉。ほら、見上げてごらんなさい。まだ三分の一も穴を降りていないくらいですが、上まですでにかなりの距離がありますね。地底に暮らすこの国の人々にとっては、あなたのように地上で生きてきた人々より、青空というのは遠い存在なんです。遠いがゆえに憧れる。ですからこの集落も、地底に降りてすぐのイエルという街も、扉や看板には青い塗料を使います。それだけ大事にしてるんですね。


 そして、扉を開けるとほら! 綺麗でしょう。そう、どんなに安い部屋でもね、必ず一枚は青いガラスを使った窓があるんです。だから曇りの日でも部屋の中には青空色の光が映っている場所がありますし、夜の街灯を透かした時もこれまた綺麗なんです。


 それに見てください。部屋は狭いですが、その狭さが逆に居心地よく感じるような、可愛らしい意匠でしょう? この付近の岩盤はあたたかな赤茶色をしていて、その岩盤を直接くり抜いて作っていますから、こんなふうに堅牢で、内装次第では大樹のうろに住んでいるような気分にもなれます。切り株風のテーブルや椅子を揃えたり、木製の食器を使ったりしている宿がありますから、今日はそこに泊まってみましょうか。参考になると思いますよ。


 こんなふうにあたたかな雰囲気の素敵な住宅ですが、まあ当然多少のデメリットはあります。構造上、家の正面にしか窓を付けられないので、風通しが非常に悪い。それゆえに換気は魔導具頼りです。あなたが魔力持ちでないなら、家賃に魔石の料金が上乗せされます。それから床も壁も石ですので、冬場はなかなかに底冷えしますね。掃除が面倒だろうが、毛足の長いふかふかのラグは必須です。


 どうですか? え、ここに決める? 本当ですか。それは良かった! あちこち案内する手間が省けました。なら早速大家さんのところへ行きましょう。明日は、いえ、あと徒歩で二日かかるので明後日は穴の底の街へ行って、新居の家具や食器を選びましょうか。そのくらいはお付き合いしますよ。


 はい? 家具屋まで遠すぎる? 当然でしょう。こんな小さな壁面の集落で、そう何でもかんでも手に入るわけがありません。小さな診療所があるだけでも儲けものです。おや、なんですか急に。一応他の家も見てからにするって。まあ、さすがに最初の一軒で決めてしまうのは考えなしだなと思っていたので、かまいませんけど……まだご飯も奢られ足りませんしね。

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