救国の英雄、安アパートを借りる

金澤流都

英雄曰く「市民権を得るのも大変だった」

 僕は生まれてこのかた実家を出て一人暮らしをしたことなどない。そりゃそうだまだ中学生なんだから。しかも実家がドッシリと農家だったので、家族と一緒に引っ越したこともなかった。

 そんな僕に「住むところを自力で決めろ」というのがどれほどの無理ゲーなのか、いま僕は目の前にいるコワモテ傷顔マッチョに説明していた。


 そもそもなんで僕が住むところを自力で決めねばならないのか、ということを説明していなかった。

 農業高校への進学を決定した中学3年生の、田舎の少し遅い春、いやまだまだギリギリ冬の日、僕は農道を爆走していた農作業用軽トラにはねられて、気がついたら異世界にいた。

 そして運よく「冒険者」なる職種のひとに拾われて、簡単に身元を保証してもらえるなら冒険者になるのが手っ取り早い、と言われてギルドとかいうところにきてギルマスとかいうコワモテ傷顔マッチョと話をしているわけである。


 冒険者として身元を保証してもらうには住居が必要だ、とギルマスは言う。しかし横で退屈そうに、真っ昼間からスキットルの酒を煽っている女冒険者はつーんとした顔だ。


「でもさあおやっさん、けっこう宿無しの冒険者にも身元保証してやってんじゃん。なんでこいつはダメなわけ?」


「そりゃ冒険者を名乗るにはいささかガキすぎるからだ。ガキはどこかから逃げてきた奴隷という可能性がある。ちゃんと住むところを決めないと身元は保証できない。いいからお前適当に部屋を斡旋してくれる業者に連れてけ。そしたらいくらでも身分を証明してやる」


「それ賃貸の連帯保証人になれってことだよね? おやっさん、それはないんじゃないの?」


 女冒険者は呆れ切った顔をしていた。とにかく部屋を決めないことには身分が保証してもらえない。この世界では身分の保証がないと銭湯にも行けないし買い物もできないらしい。それは困る。

 女冒険者はしぶしぶ、住宅斡旋業者のところに僕を連れていってくれた。とにかくいちばん安い物件を、というと、すぐ建物を出てそのまま外壁に梯子をかけた。どうやらこの業者の建物の三階が一番安い物件らしいが、出入りのたびに梯子を使わねばならないようだ。

 女冒険者がぼやいた。


「あーこりゃ間違いなく安い物件だわ。寝てるときに火事が起きたら焼け死ぬね」


 たしかにその通りである。しかしここ以外、家賃的に僕の力で住めそうなところはない。なんと破格のひと月銀貨2枚だという。銀貨一枚は平均的な冒険者の賃金1日分らしい。

 梯子を登って中を確かめると、水道もガスもないただの四角い部屋だった。水を運ばねばならないしトイレのたびに梯子を降りねばならないしで不便そうではあるが、とりあえずここに住んで稼げるようになったらよそに引っ越そう、ということになった。

 女冒険者に契約の保証人をお願いして無事に住むところが決まった。梯子を降りてギルドに向かうと、ギルマスが待っていた。


「住むところが決まってよかった。住みづらいところになっちまっただろ」


「まあなんとか稼いでもうちょっとマシなところに引っ越します」


「それがいい。そいじゃあこれが身分証明のタグだ」


 首から下げる、ドッグタグのようなものを渡された。これで僕はこの街の市民権を得たことになるらしい。


 ……僕がこのあと魔王を倒して「救国の英雄」となり、王女さまの婿になって離宮に居を構えるのは、また別のお話。

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救国の英雄、安アパートを借りる 金澤流都 @kanezya

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