第16話 放課後のひととき

「それでね、オージくん、すぐに帰っちゃって」

「うん」

「こんなことばかり」


 マリヤさんが、物憂げにため息をつく。


「私ばかり、好きみたいなの」


 隼人は「そっか」と相づちをうつ。できる限りやわらかく響くように気をつけながら、言葉を探した。


「大丈夫だよ。藤貴くんは、阿部さんのこと好きだと思うよ」

「……どうしてそう思うの?」


 マリヤさんは悲しげな目に、少しばかりの非難を込めた。「無責任なこと言わないで」と言外に告げている。


「だって、付き合ってるんだし。藤貴くん、阿部さんに優しいし」

「ん……優しい、か……」


 マリヤさんは、いっそう顔をくもらせた。それから儚げに笑う。


「きっと私、欲張りなんだね。付き合えるだけで幸せだったのに……もっと、って思っちゃう」


 そう言って、うなだれた。余計に落ち込ませてしまって、隼人は、わたわたと慌てる。相談にのるのって、難しい。

 そういえば、姉の友達にも「ハヤちゃん、アドバイスしないで! ただ聞いて!」って怒られたことがあったような。

 思い返せば、中学の時のマリヤさんも、「ただ聞いてほしい」って感じだったかもしれない。

 隼人は気を取り直し、「ごめん」と言った。


「欲張りなんかじゃないよ。好きだったらあたり前じゃないかな」

「……そう?」

「うん」

「隼人くんは、わかるの?」


 マリヤさんは、問う。隼人は、「うん」と食い気味に頷く。それから、少し恥ずかしくなってうつむいた。


「そっか」


 マリヤさんは、ふ、とほほ笑むと、顔をそらした。少し落ち着かなげだった。


「私、そろそろ行くね。生徒会、終わる頃だと思うから」

「うん」

「いつもありがと。本当にごめんね、迷惑ばかり……」


 マリヤさんは気まずそうに俯く。隼人は笑って手を振った。


「そんなことないよ。大変だね」

「隼人くん……」


 マリヤさんは、ほっとしたように笑うと、そっとチョコのお菓子をひとつ机に置いた。


「お礼。また明日ね」

「うん。また」


 隼人はマリヤさんを見送る。ひとりきりの教室で、チョコのお菓子を開けた。


「阿部さん、大丈夫かな」


 相当参っているようだ。友達にも心を許せないらしい。マリヤさんの去っていった教室の扉を見る。心配なことがあるからだろうか。チョコのお菓子は、はっきり甘く、口に残った。

 お茶でも飲もう。隼人が鞄を開いた時だった。


「あっ」


 通りがかった人影に、隼人は立ち上がる。そして、声をかけた。


「龍堂くん!」


 影――龍堂は止まり、こちらを見た。隼人は言葉を続けた。


「今、帰り?」

「ああ」

「そっか。お疲れ様!」


 龍堂が、腰に手を当てて、じっと隼人を見つめた。心の奥に入ってくるみたいで、隼人はどきどきする。

 龍堂は、隼人に尋ねる。


「それで?」

「えっ!」

「何の用だ?」


 龍堂の声には、笑みが多分に含まれていた。隼人は嬉しくて、手を握り合わせる。


「用はないんだ。ただ、龍堂くんが見えたから」


 龍堂は、少し虚を突かれたような顔をした。それから、目を細めると、「そうか」

と言った。そうして、歩を進める。


「じゃあな」

「うん!また明日」


 隼人はにこにこと手を振る。龍堂が廊下の角を曲がって、見えなくなるまでじっと見送って、「はあ」とため息をついた。

 欲張りかあ。

 さっきのマリヤさんの言葉を思い返した。


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