第15話 マリヤさん
甘くてふわふわした気持ちは、放課後になっても続いていた。隼人は一人、教室の掃除をしている。当番の子は皆忙しいらしくて、早くに帰っていってしまった。がらんとした教室を、のんびりと自分のペースで掃除していく。
今度、音楽の授業のとき話しかけてみようかな。
今日の小説をどう書こうか、考えなくてはいけないのに、ずっと頭がぽーっとしている。古文の土屋先生にも、「中条、目を開けて寝るな」と呆れられてしまった。
「はあ」
俺もあんなふうになりたいな。そう思ってみたものの、心の声は違う気がした。
「うん。やっぱり龍堂くんと友達になりたい」
そのためにはどうしたらいいんだろう? 隼人はほうきを動かしながら考える。ハヤトはタイチと友達だけど、隼人はどうすれば、龍堂と友達になれるのだろうか。
「うーん」
友達、というものができたことがない隼人には、友達のなり方というものがわからなかった。
「今日みたいに龍堂くんと一緒にいて、お話できたらいいんだけどな……やっぱり明日、話しかけに――」
「中条くん」
不意に、後ろから声をかけられた。思想の中にいた隼人は、人が来ていたことにも気づかず、驚きに飛び上がった。
あわてて振り返ると、そこにいたのは。
「阿部さん!?」
マリヤさんが、困り顔で立っていた。いつもの嫌悪の表情でなくて、中学の時のような、優しい表情を浮かべている。
どうしたんだろう。隼人はおろおろと尋ねた。
「どうしたの?」
「ん……あのね」
マリヤさんは顔をくもらせた。そしてぺこりと、隼人に頭を下げる。
「中条くん、本当に、ごめんなさい」
時が止まる。吹奏楽部の音が聞こえた。
「えっ」
「今まで、酷い態度とって。みんなの手前、言えなくて……って言いわけだよね」
「え、えっ」
悲しげな、真摯な声音で謝られ、隼人は驚き、戸惑った。
「阿部さん、顔を上げて」
とりあえず、かなしげな謝罪を止めた。マリヤさんは顔を上げる。きれいな目に、きらきらと涙が浮かんでいる。
「俺、大丈夫だよ。気にしないで」
手を振って、励ました。よくわからないけど、付き合いがあるんだろう。マリヤさんは、中学の時から気遣い屋だった。
マリヤさんはそんな隼人を見て、悲しげにほほ笑んだ。
「やっぱりやさしいね、隼人くん」
「え?」
下の名前で呼ばれて、どきりとする。
「隼人くんだよね? 中学の時、図書委員だった」
「あ!」
隼人は声を上げ、それから頷いた。
覚えててくれたんだ。そのことに、隼人は少なからず感動する。マリヤさんは、じっと隼人を見つめた。
「隼人くんとの当番、楽しかったな……私が言えた義理、ないけど……」
昔を懐かしむような、まぶしげな目に、隼人は目を見開く。
「今も同じ。隼人くんといると、息ができるの」
「え、あっ、ありがとう」
『隼人くんといると、私らしくいれる』
中学の時、いつもそう言って笑ってくれた。嬉しかった。
「……また、話してもいい?」
マリヤさんが、すがるような目で隼人を見つめた。けれど、すぐに我に返ったように、口を押さえ、きびすを返す。
「ごめん、忘れて!」
そのまま去ろうとするマリヤさんに、隼人は思わず声を上げていた。
「いいよ!」
マリヤさんは、振り返迷子のように、頼りなげな顔をしていた。隼人は、安心させるように笑う。
「俺でよかったら、話聞くよ」
「隼人くん……」
マリヤさんはうつむき、涙を拭った。「ありがと」と小さな涙声の呟きが響く。
「また、明日ね」
マリヤさんは顔をあげると、にっこり笑った。そして、笑顔のまま、去っていった。
隼人はそれを見送る。温かいような、切ないような、不思議な気持ちだった。
「また、明日」
西日のさす教室の中、隼人は自分の手を見下ろす。浮かぶのはマリヤさん、そして龍堂の顔。
自分の中で、何かが変わっていく。
うまくいえないけど、そんな予感がした。
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