第12話 こんなのってない
静寂が訪れる。オージは、髪をかきあげ、はあとため息を付いた。
マオがおそるおそる、という様子でオージに尋ねる。
「フジタカ、どーしたの? ユーヤに怒鳴るなんて……」
「お前らには関係ない」
オージは、それをぴしゃりとはねのけた。マオはぐっ、とつまる。それから、「ゴメン」と黙り込んだ。マリヤさんが、「オージくん……」とオージを不安げに見上げた。オージは、それにも応えなかった。
冷めきった様子で、隼人に向かって歩いてきた。
隼人のもとにかがみ込み、髪を掴みあげた。痛みに隼人が「ひっ」と息を呑む。
「スマホ出せ」
「えっ」
低く冷たい声で言われ、隼人は困惑する。
「データ見せろ。撮ってんだろ?」
オージの言葉に、周囲がざわめいた。「なっ……」「まじかよ、テメェ」と、マオとケンも、隼人に向かう。それを手で制すると、オージは、たたみかける。
「出せよ、デバガメ野郎」
「あっ」とマリヤさんが声を上げる。隼人は、戸惑いながらも、言葉をつむいだ。
「撮ってない。スマホは鞄に……」
オージの目が眇められた。否定したのに、何故余計に空気が怖くなるのか、隼人には全く不可解だった。
「支倉。鞄」
「うーい」
阿吽の呼吸で、ケンが隼人の鞄を開いた。中をあさると、「あった」とスマホを取り出した。そしてそのまま、オージの示す手に向かい、投げる。
「ロックあけろ」
オージは受け取ると、隼人の額に、スマホを突き立てた。
隼人は震える手で、スマホのロックを開けた。怖くて、情けないとも思えなかった。他にどうしていいかもわからなかった。
オージは、隼人のスマホの中をチェックして、それからケンに投げ返した。ケンは隼人のスマホを受け取ると、中を見ようとしたらしく、「ロックかかっちまった」とマオと一緒になって、外そうとしだす。
「今回は見逃してやる。俺のことも、ユーヤのことも撮ってなかったみたいだからな」
その言葉に、マリヤさんが「オージくん、私のため……?」と声を震わせた。オージは構わず、しずかに身を乗り出し、隼人に囁いた。
「ユーヤのことを嵌めてみろ。二度と日の当たる場所を歩けなくしてやるからな」
ぞっとするような、冷たく恐ろしい目と声で、隼人を刺した。そうしてオージは、隼人を押しのけ、ユーヤの走っていった方へ駆けていった。
隼人は呆然としていた。
「おい、ロック開けろよ」
ケンに詰め寄られても、マオになじられても反応できない。しまいに痺れをきらした二人に、スマホごと鞄を投げつけ席に戻った。
隼人は自分のスマホの液晶と、鞄を見下ろし、腕に抱くと――教室の外へ飛び出していた。
怖い。
何で、何で、何で?
何で、こんな目にあうんだろう。
必死に駆けながら、頭の中はそれでいっぱいだった。通りすがる人たちは皆、隼人を見て、ぎょっとして避けた。
隼人の顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。悔しさと悲しさを、もう耐えることができなかった。
悔しい、くやしい、かなしい――。
小説なら、ハヤトなら、皆をやっつけられるのに。――ハヤトなら、皆と友達にだってなれるのに。
自分がなさけなくて、仕方なかった。現実の隼人は、月歌のために怒ることさえ出きない。
「ううーっ」
お姉ちゃん、ごめん。隼人はこんなにも弱い。もっと、背が高かったら。もっと頭がよかったら。もっとかっこよかったら。もっとちゃんと勇気があったら――。
世界に一人ぼっちの気分だった。たどり着いた裏庭で、がばりとうずくまると、隼人はわんわん大声で泣いた。
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